太宰府天満宮と試練開始
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
晴れ渡る青空が、ゆっくりと流れる白雲を抱きながら広がっていた。
やわらかな風が境内を吹き抜け、木々の葉を揺らし、鈴の音のような葉擦れの音を奏でる。
その空気の中へ、ふわりと降り立つ影があった。
彩葉たちだった。
「ついた……なの」
アビの声とともに、エアーライドの浮遊感が消え、足裏に確かな地面の感触が戻る。
目の前には、朱と木の温もりが調和した社殿。長い年月を越えて人々の祈りを受け止めてきた、重みある佇まい。
「ここが……太宰府天満宮……」
彩葉は、思わず息を呑いた。
ただ“きれい”という言葉では足りない。空気そのものが澄み切っていて、胸の奥が静かに洗われていくようだった。
「きれ~い」
レナは目を輝かせ、境内を見回す。
「……はい……」
マミも、どこか緊張したように頷く。
「菅原道真公様の社。噂に違わぬ霊格じゃの」
栞は扇子を軽く閉じ、感心したように呟いた。
そのとき。
「おやおや……団体様かな?」
柔らかく、しかし芯のある声が響いた。
彩葉たちが振り向くと、市女笠をかぶった一人の少女が、にこやかな笑みを浮かべて立っていた。
白と紅を基調とした装束は、巫女とも違い、どこか古風で、それでいて不思議な存在感を放っている。
「今日は参拝?それとも……なにか、私に用かな?」
「……これは……」
栞の目が、わずかに見開かれる。
「これはこれは……菅原道真公様? じきじきに来てくれるとはの」
「何だって!?」
村正が思わず声を上げる。
「でも、歴史では……」
陽菜が口を挟みかけた、その瞬間。
「……あのね」
少女――菅原道真公は、指を立てて軽く首を振った。
「歴史に書かれている菅原道真公は、あくまで“想像上の姿”。
本当はね、私は女なの」
「そ、そうなんですね……」
陽菜は一瞬戸惑いながらも、すぐに納得したように頷いた。
「すごいお方なの……」
アビは尊敬のこもった眼差しで、菅原道真公を見上げる。
「ふふっ……まあね」
道真公は少し誇らしげに微笑み、そして真剣な表情に戻った。
「それで? 私に何か用かな?」
彩葉は一歩前に出て、深く息を吸った。
「実は……」
彩葉たちは、断界同盟を名乗る存在のこと、入道が残した不穏な言葉、そして太宰府が狙われている可能性について、包み隠さず伝えた。
「……ふむ」
話を聞き終えた道真公は、しばし黙考する。
「なるほどね……。太宰府といえば、ここも有名だ。
わかった、気をつけておこう」
一同がほっとした、そのとき。
「……その前に」
道真公の声が、空気を引き締めた。
「?」
彩葉が首をかしげる。
「君たちに、試練を与える」
「えぇ!?」
喰が思わず声を上げる。
「……わ、私も?」
影が小さく指差しながら確認する。
「もちろんだよ」
道真公は、はっきりと言った。
「君たちも戦うつもりなんだろう?
だったら、今より強くなってもらわないと困る」
「それはそうだろうが……」
陽菜は周囲を見渡し、懸念を口にする。
「そんな時間はあるのかい?」
「問題ない」
道真公は、きっぱりと言い切った。
そして――
パチン、と指を鳴らす。
空間が震え、境内の周囲に淡い光の膜が張られていく。
景色はそのままなのに、外界との繋がりだけが断たれたような、不思議な感覚。
「これは……」
村正が、刀の柄に手をかける。
「時間の流れを遮断する結界だよ」
道真公は穏やかに説明した。
「外では一瞬。中では、君たちが納得するまで鍛えられる」
その瞳が、彩葉たち一人一人を見据える。
「さあ――試練を開始しよう」
張り詰めた空気の中。
「ねぇねぇ、私も混ぜてよ」
明るく、弾むような声が割り込んだ。
「ん?」
道真公が振り向く。
「……お前もいたんだったな。花火」
そこには、導火線のような尻尾を揺らし、楽しそうに笑う少女が立っていた。
「ふふっ」
花火と呼ばれた少女は、いたずらっぽく笑う。
「ちょうどいい。彼女たちの試練を手伝ってもらえる?」
「はーい」
その返事と同時に、空気が揺らぐ。
「それじゃあ……」
道真が再び指を鳴らす。
——ズン。
「増えた!?」
彩葉が叫んだ瞬間、目の前に複数の“道真”と“花火”が現れた。
「ふふっ。このくらい、神ならできるよ」
無数の視線が一斉に彩葉たちを捉える。
「始めようか」
張りつめた空気の中、彩葉は仲間たちの顔を見渡し、小さくうなずいた。
——太宰府の地で、新たな試練が幕を開ける。
それは、これから訪れる戦いへの、避けられぬ第一歩だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
三十六話では、物語の舞台を太宰府天満宮へと移し、
神域ならではの静けさと重み、そしてその奥に秘められた“試練”の始まりを描きました。
菅原道真公は、歴史や伝承の中では恐れや畏敬の対象として語られる存在ですが、
この物語では「守る者」「導く者」としての側面を強く意識しています。
そのため、厳しさの中にも優しさがあり、試練を与える理由も“突き放すため”ではなく
彼女たちを前へ進ませるためのものです。
また、時間を遮断する結界という仕掛けは、
戦いの緊迫感とは別に「成長のための余白」を作るために用意しました。
ここから先、守護者たちが何を学び、何を得るのか――
その変化をしっかり描いていきたいと思っています。
そして最後に登場した花火。
張り詰めた空気の中に差し込む、少しだけ賑やかな存在ですが、
彼女がこの試練にどう関わっていくのかも、今後の見どころの一つです。
次話からはいよいよ、
守護者一人一人の力と覚悟が試される章へと入っていきます。
彼女たちの成長を、どうか最後まで見届けていただければ幸いです。
次回も、よろしくお願いします。




