海上に響く刃と祭りの朝
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
朝の潮風が、肌に心地よく触れていた。
島の東側、視界の先には静かな海が広がっている――はずだった。
「えっと……たしか、この辺……」
彩葉がきょろきょろと周囲を見回していると、影が無言のまま、少し先を指差した。
「……あそこ……」
その方向には、人、人、人。
海沿いに集まった島の住民たちが、ざわめきと期待を含んだ視線を一点に向けている。
「あ! 人が集まってる!!」
レナが声を弾ませる。
「海の上にいるのは……直と綾?……」
マミの言葉に、彩葉は目を見開いた。
海上には、無数の木の板や簡易的な足場が浮かべられていた。
その中心――波を踏みしめるように、二つの影が立っている。
直島の守護者・直。
そして、鬼人族の生き残りの娘・綾。
「行ってみよう!」
彩葉が駆け出すと、陽菜も頷いた。
「そうだね」
「海上での戦いか……見ものだな」
村正は腕を組み、楽しげに目を細める。
「そうじゃの」
「おう!」
喰も短く答え、視線を戦場へ向けた。
人だかりの前まで来ると、歓声と潮の音が混じり合い、空気が一段と熱を帯びていた。
「久しぶりに暴れられるぜ! 楽しくやろうな!」
綾が大きく笑い、肩に担いだ武器を構える。
「えぇ、そうですね。楽しくやらないと、祭りにはなりません」
直は穏やかに微笑みながら、大剣を静かに握り直した。
――ゴォン。
開始を告げる鐘の音が、海に響く。
その瞬間、二人は同時に踏み込んだ。
板が軋み、水しぶきが跳ねる。
直線的で鋭い直の斬撃と、豪快で荒々しい綾の一撃が、何度も正面からぶつかり合った。
「す、すごい……」
彩葉は息を呑む。
「速いぜぇ……」
喰が感嘆の声を漏らす。
影は無言のまま、その一挙手一投足を見逃さずに追っていた。
「二人とも……楽しそう……」
マミの言葉に、レナも小さく頷く。
「うん……」
海上では、刃が交わるたびに火花が散り、笑い声が響く。
「どうした直! そんなもんかよ!」
「ふふっ、まだ始まったばかりですよ、綾」
直は綾の攻撃を受け流しながら、足場を蹴って距離を詰める。
綾は豪快に笑い、正面から迎え撃つ。
「さすがは古参ですね」
陽菜が静かに言った。
「私よりも前に産まれた守護者は、やはりすごい」
「そうだな!」
村正は笑いながら続ける。
「俺達も、もっと強くならなくちゃな」
「えぇ」
二人の戦いは勝敗を競うものではなかった。
刃を交え、力を確かめ合い、過去を語り、今を楽しむ――
それは祭りであり、絆の証でもあった。
やがて鐘が再び鳴り、戦いは幕を下ろす。
海上に、拍手と歓声が広がった。
その後、彩葉たちは島を後にする準備を整え、次なる目的地――広島へ向かうため、岡山行きのフェリーへと向かった。
「えっと……楽しかったです」
彩葉が少し照れたように言う。
「えぇ。よかったら、また来て……ね」
直は柔らかく微笑む。
「うん!」
「もう行っちまうのか」
綾は頭をかきながら空を見上げた。
「時間が流れるのは早いなぁ。ま! いつでも来てくれ」
そのとき。
「祝福の光があらんことを……なのです……」
不思議な声が、静かに響いた。
金髪に白い服を纏った少女が、そこに立っていた。
「? えっと、君は……」
「何だ、トーチ。灯台から出てきたのか」
綾の言葉に、直が説明する。
「この子はトーチ。灯台に住む、灯台の守護者です」
「そうなんだ!」
彩葉はぱっと表情を明るくする。
「次来た時、遊ぼうね〜」
「……はい……なのです」
トーチは小さく頷いた。
「彩葉、そろそろ出発するよ!」
陽菜の声がかかる。
「あ、うん! それじゃ!」
アナウンスが港に響く。
――まもなく、岡山行きのフェリーが出発します。
甲板の上。
彩葉たちは手を振り、直や綾、トーチもまた、その手を振り返していた。
船がゆっくりと岸を離れ、島が遠ざかっていく。
海上に残るのは、祭りの余韻と、確かに結ばれた想いだけだった。
――そして旅は、次の地へと続いていく。
第三十話までお読みいただき、ありがとうございました。
直島編の締めくくりとして描いたのが、今回の「決闘祭り」です。
この戦いは、勝敗や生死を分けるものではなく、
**「過去を受け入れ、今を肯定するための刃」**として描きました。
直と綾は、かつて敵同士でした。
けれど時間は、憎しみだけでなく、理解と尊敬も育てます。
刃を交えることが、争いではなく“祭り”になる――
そんな関係性を、この島らしい形で表現できたらと思っています。
直島は、芸術と自然が共存する、不思議でやさしい場所です。
この章では大きな悲劇も激しい絶望もありませんが、
だからこそ「守る理由」や「生きる意味」を、静かに感じ取れる時間になれば幸いです。
それは、また次の物語で。
ここまで一緒に旅をしてくださり、本当にありがとうございました。




