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アルケオン  作者: れんP
日本編

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27/35

封印の先で、ボールは空へ跳ねた

この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。

それは神話でも、空想でもない。

人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――

**守護者アルケオン**と呼ばれる存在だ。


彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。

意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。

だが、生まれた瞬間から強いわけではない。

迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。


これは、

忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が

初めて世界と向き合い、

初めて誰かと並んで歩き出す物語。


戦うことだけが、守ることではない。

それでも――

守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。

夜空を裂くように、邪気が渦巻いていた。

 祟面(タタリメン)――人の憎悪が凝り固まり、意思を持った感情体。その存在は、空気そのものを重く歪ませ、呼吸をするだけで体力を奪っていく。


「クハハハハ!! どうした? もう限界か!!」


 祟面の面が激しく振動し、幾重にも重なった声があたりに響く。

 地面が砕け、衝撃が波のように広がった。


「っ……!」


 彩葉(いろは)は息を荒くしながら踏みとどまった。バッグのストラップが揺れ、体の奥に溜まった疲労が否応なく意識に浮かび上がる。


「まだ……いける……!」


「無理をするな、彩葉!」


 陽菜(ひな)が援護射撃を放ち、村正(むらまさ)が前に出る。


「これほどの敵は久しぶりだな……ハハ」


「笑ってる場合なんですか!?」

 レナの声には焦りが滲んでいた。


 (しおり)もまた息を整えながら周囲を見渡す。


「ふむ……攻防一体とはいえ、流石に消耗が見えてきたのじゃ」


 その様子を一歩引いた位置から見つめ、百江(ももえ)は静かに状況を判断していた。


「……このままでは、こちら側の消耗が勝つわね」


「えぇ……」


 山乃(やの)は唇を噛みしめる。


「アレは憎悪の塊。世界中の憎悪が消えない限り、完全には死にません。しかし……わたくしたちがここを離れれば、結界が……」


 その言葉が終わるより早く――


「あ、あの!!」


 控えめだが、確かな声が割り込んだ。


 一同の視線が向けられた先にいたのは、バスケットボール模様のベレー帽をかぶった少女――マミだった。


「……私を、封印場所に連れて行ってください!」


「え!?」


 百江が目を見開く。


「でも、それは……一人で行かせるわけには――」


「でも!」


 マミは拳を強く握りしめた。


「私は……守りたいんです。この場所を」


 震えながらも、その声には迷いがなかった。


「封印すれば……あいつは、消えるんですよね?」


 山乃は一瞬、言葉を詰まらせたあと、静かに頷く。


「えぇ。祟面は、まだ封印と繋がっている状態のはずです……。百江の転移能力があれば、行けるでしょうが……」


「だったら、お願いします!」


 マミは頭を下げた。


 一拍の沈黙。


「……山乃?」


 百江が問いかける。


「いいのです」


「百江……?」


「彼女の目は、決心のついた目です」


 百江は微笑み、優しく言った。


「行かせてあげましょう」


「…………」


 山乃は一瞬目を伏せ、やがて頷いた。


「……百江が言うなら」


 懐から小さな白い石を取り出す。


「これが封白石(ふうはくせき)です。洞窟奥の封印具の、くぼみに……」


「はい!」


 マミはしっかりと受け取った。


「それじゃあ、行くわよ」


「行ってきます」


 転移の光が二人を包む直前、

 山乃と百江は、確かに微笑んでいた。


 ――その頃。


「クハハハハ! 貴様らの力はそんなものか!!」


 祟面が嘲るように叫ぶ。


「疲れてきてるんじゃないか?」


「……」


 陽菜は答えず、銃を構え直した。


「はぁ……はぁ……」


 彩葉の肩が上下する。


「妾とて、無尽蔵ではないの」


 栞の額にも汗が浮かんでいた。


 その時。


「……ん?」


 祟面が動きを止める。


「まて……あの娘はどこ行った!? さきほどまで、あの場所にいたはず……」


 面の奥の視線が鋭くなる。


「……まさか!?」


「っ……!」


 彩葉が気づいた瞬間――


 祟面は空を蹴り、飛び去った。


「封印のある場所へ……!」


「追うわよ!」


 だが、その先には――


 洞窟の奥。

 重く淀んだ邪気が、壁のように立ちはだかっていた。


「……すごい邪気……」


 マミは足を止める。


「……進めない……」


 それでも、ぎゅっと封白石を握りしめる。


「でも……進まなきゃ……」


 背後から、確実に近づく気配。


「……急がないと……」


 視界の先に、古びた封印具が見えた。


「……あった……!」


「させるかぁぁぁ!!」


 咆哮とともに祟面が迫る。


「あっ……!?」


 次の瞬間、マミの手から封白石が消えた。


「クハハハハ!!」


 祟面の面に、白い石が挟まっている。


「残念だったな!! もう少しだったのに!!」


 嘲笑が洞窟に響く。


「欲しいか? だったら――奪い返してみろ!!」


「…………」


 マミは、静かに祟面を見上げた。


「……私に、奪い返してみろ……だって?」


「な、何だ? そうだ! やってみろ!!」


 ――次の瞬間。


「っ!? 速い!」


 マミの動きは、風のようだった。


「……スティール」


「なっ!? いつの間に――」


 マミの手に、封白石が戻っていた。


「そして――」


 軽やかに跳躍する。


「シュート!!!」


 空中で身体をひねり、

 華麗に着地。


 カチッ――


 封白石が、正確にくぼみに収まった。


「なっ……貴様……何者だ……!」


 祟面の声が震える。


「私?」


 マミは静かに答えた。


「私は……ただの、バスケットボールの守護者だよ?」


「な、貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 光が溢れ、封印が発動する。


「……これで……封印された……よね……」


 そう呟いた瞬間、

 マミの身体は力を失い――


 ゆっくりと、崩れ落ちた。


「……っ……」


 意識が、ゆっくりと浮上していく。


「……あれ……?」


 天井が見えた。木の梁、柔らかな灯り。鼻をくすぐるのは、土と木の匂い。


「ここは……?」


「起きました?」


 穏やかな声が横から聞こえた。


「ここはハウスの中ですよ」


 顔を向けると、そこには百江がいた。心配そうに、けれどどこか安堵した表情で。


「ハウ……ス……?」


 数秒遅れて、記憶が一気に押し寄せる。


「……っ! 祟面は!?」


 思わず身体を起こそうとして、百江にやさしく制される。


「大丈夫ですよ。祟面は……ちゃんと封印されていました」


「……」


 その言葉を噛みしめるように、マミは目を伏せた。


「……よかった……」


 胸の奥に溜まっていた緊張が、すうっと溶けていく。


 そのとき――


「へぇ~! そうなんだぁ!」


 聞き覚えのある明るい声がした。


「えぇ、そうなのよ」


 知らないはずなのに、どこか懐かしい声。


「……?」


 マミはゆっくりと視線を向け――

 そして、息を呑んだ。


「…………ッ!? いっちゃん……?」


 そこにいたのは、白髪の老婆だった。

 深い皺に刻まれた優しい目元は、確かに――


「……えぇ、そうよ」


 老婆は、少し申し訳なさそうに微笑んだ。


「遅くなってごめんなさいね」


「……なんで……?」


 声が震える。


「いっちゃんは……あの日の空爆で……」


「えぇ……」


 老婆は静かに頷いた。


「あの日ね、防空壕から出たあと、すぐに山奥へ移ったの。あなたに会えずじまいで……」


 視線を落とし、続ける。


「他の子達もね、ずっと会いたがってたわ……」


「……っ……!」


 マミは堪えきれず、老婆に抱きついた。


「……っ……よかっ……生きてて……!」


 嗚咽が言葉を崩す。


「……いっちゃん……!」


「……なぁに?」


 背中をさする、細い手。


「私……!」


 マミは必死に言葉を探した。


「私! 一緒に暮らす! 最後までっ……!」


 その瞬間――


「いいのよ」


 老婆は、やさしく、しかしはっきりと遮った。


「マミちゃんも……わかっているんでしょう?」


 静かな声。


「私が……もう、長くないって……」


 マミは何も言えなかった。


 ――気づいていた。

 昔より遅い脈。小さくなった心音。


「だからね」


 老婆は微笑む。


「あなたは、もう自由なのよ」


「……」


「お友達をたくさん作って、たくさん笑って……」


 どこか遠くを見るように。


「あの頃みたいに」


「……うん……」


 マミは、涙をこらえながら頷いた。


「……二人だけにしてあげましょ?」


 百江が小さく言う。


「うん……」


 彩葉も、そっと視線を逸らした。


 しばらくして。


 ハウスの外に、マミと老婆が並んで出てきた。


 二人は寄り添いながら、ゆっくりと山を下りていく。


 彩葉たちも、その後を静かに続いた。


 やがて――

 山のふもとで、別れの時が来た。


 言葉は多くなかった。

 けれど、十分だった。


 老婆が去ったあと、風が吹き抜ける。


「……次の目的地?」


 山乃が尋ねる。


「うん」


 彩葉は少し考えてから答えた。


「自分探しの旅をしてるんだけど……どこに行けばいいのか、まだわからなくて」


「だったら」


 百江が提案する。


「直島と静岡を経由して、広島の原爆ドームに行くといいわ」


「広島……」


「あそこも歴史があるし、自分探しにはいい場所よ」


「……うん」


 寧々も小さく頷く。


「直島は……アートの島……自然も綺麗で……落ち着いた場所……」


 少し考えながら。


「今までのこと……まとめるには……いい……かな……?」


「そうだね」


 彩葉は微笑んだ。


「そうしよう。みんなはどう?」


「うん」


 陽菜が頷く。


「直島の守護者には会ったことがないから、挨拶がてら行こう」


「そうだなぁ」


 村正が腕を組む。


「島に入ったこともないし、広島の食べ物も美味いって聞く」


「オレも問題ないぜ」


 (くろ)が笑う。


「……うん……」


 (エイ)も、小さく。


「異論はないのじゃ」


 栞が言う。


「広島の歴史には、興味があるのじゃ」


「行ってみたーい!」


 レナが手を挙げる。


「決まりのようですね」


 山乃が微笑む。


「それでは、フェリーへ案内しますね」


 港。


「それじゃ、さようなら! ありがとうございました!」


「えぇ」


 山乃が頷く。


「また来てね」


 百江が手を振る。


「広島には……怪異警官の本部があるから……」


 寧々(ねね)が控えめに。


「よかったら……」


「うん!」


 彩葉は元気よく答えた。


 そのとき――


「ま、待ってくださーい!」


「……?」


 振り返ると、息を切らしたマミが立っていた。


「マミちゃん!? どうしたの?」


「私も……!」


 マミは、はっきりと言った。


「連れて行ってください!」


「え!?」


「いいのですか?」


 陽菜が尋ねる。


「はい!」


 マミは笑った。


「街の皆さんに挨拶してたら、遅くなっちゃって……」


 少し不安そうに。


「……ダメ……ですか?」


「そんなことないよ!」


 彩葉はすぐに答えた。


「大歓迎だよ!」


「また、にぎやかになるな」


 村正が苦笑する。


「……お友達……増えた……」


 影が小さく呟く。


「そうだな!」


 喰が頷く。


「私も大丈夫」


 レナも笑う。


「みんな、いいそうだよ」


 陽菜が言う。


「もちろん、僕も」


 アナウンスが響く。


「――まもなく、フェリーが出発します」


「あっ……行こ!!」


 彩葉はマミに手を差し出した。


「……はい!」


 マミはその手を取り、フェリーへ駆け出す。


 甲板から外を見ると――

 街の人々が、手を振っていた。


 彩葉たちも、手を振り返す。


 やがて――

 水平線の向こうに、次の目的地が姿を現す。


 直島。


 ボールは、もう地面には落ちない。

 空へ、次の未来へ――

 高く、跳ね上がっていた。

第二十七話では、祟面との決着だけでなく、マミという守護者が「過去」と向き合い、「これから」を選ぶまでの物語を描きました。

戦いの勝敗以上に大切だったのは、憎悪を封じることと、想いを手放すこと、その両方だったと思います。


失われた時間は戻りません。けれど、想いは形を変えて、次の一歩を支える力になります。

マミが選んだのは「守る場所に留まる」ことではなく、「歩き出す勇気」でした。


そして彩葉たちの旅も、ここからまた新しい景色へ向かいます。

直島、そして広島――

過去と向き合う場所で、彼女たちは何を見つけるのか。


次も、どうか見届けてください。

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