讃岐山脈、憎悪の目覚め
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
彩葉たちは、マミの後ろ姿を追って山道を進んでいた。
讃岐山脈。
木々が密集し、昼なお薄暗いその場所は、空気そのものが重く沈んでいる。
やがて、岩肌を削るようにして作られた洞窟の前に辿り着いた。
「……これは……」
彩葉が小さく呟く。
洞窟の奥から、肌を刺すような気配が流れ出していた。
「禍々しいオーラを感じるな……」
村正が刀の柄に手を置く。
「えぇ」
山乃は頷いた。
「ここで間違いないようですね。
……鍵は、市からもらっています」
山乃は金属製の鍵を取り出す。
「入りますよ……」
「えぇ」
陽菜が短く答えた。
「影よ」
栞が振り返る。
「無理せんでもよいのだぞ?」
「……い……え……」
影は一度、拳を握りしめ。
「……わ、たしも……はいり……ます……」
「そうか」
栞は柔らかく微笑んだ。
「まぁ、いざとなれば妾たちがおる」
「あぁ、そうだぜ」
喰も頷く。
「そ、そうですよ……」
レナは緊張した面持ちで付け加えた。
マミは何も言わず、ただ洞窟を見つめている。
「……あ、そうでした」
山乃はふと思い出したように影の前に立つ。
「これを、かぶってください。影さん」
「……?」
差し出されたのはヘルメットだった。
「ほう」
栞が目を細める。
「ヘルメットか」
「えぇ」
山乃は穏やかに言う。
「影さんは人間ですので。一応……」
影は少し戸惑いながらも、静かにそれをかぶった。
「さて……行きましょうか」
山乃はこちらを振り返り、ニコッと笑う。
鍵が外れ、フェンスが開かれる。
最初に山乃が中へ入り、彩葉たちも続いた。
洞窟の中は、昼間だというのに夜のように暗い。
「暗いですね……」
レナが小さく呟く。
「まぁ、長年放置されてたからな」
村正は周囲を警戒しながら歩く。
「そ……そうですよね……
なんか……出そう……」
(妖怪だろう、お前は)
村正は心の中でそう突っ込んだ。
「……そろそろ着きますね……」
山乃の声が低くなる。
「確かに……」
陽菜も空気の変化を感じ取る。
「気配が……強くなってますね……」
「うん……」
彩葉も頷いた。
「大丈夫か?影」
喰が声をかける。
「……うん……」
影は短く答えた。
「……あれです!」
山乃が足を止め、奥を指差す。
そこには、石でできた石碑のようなものが立っていた。
「確かに……」
陽菜が目を細める。
「ここからオーラが出ているように見えますね……」
「ど、どうするんです?」
レナが不安そうに問う。
「この新しい封白石を――」
その瞬間。
「……っ! 危ない!」
山乃が叫んだ。
「……え?」
影が振り向いた、その刹那。
天井から、黒い塊が影に向かって落下してきた。
次の瞬間。
山乃が影の前に飛び出し、即座にシールドを展開する。
――ガァァンッ!
黒い何かが、結界に激突した。
「…………!!!!」
「ッ! ハァッ!」
山乃が力を込める。
「ッ!!??」
「な、なに!?」
彩葉が叫ぶ。
「あれは……」
陽菜の表情が強張る。
「このオーラ……」
村正が低く呟く。
「もしかして……」
「……えぇ……」
山乃が静かに答える。
「……祟面です……」
次の瞬間。
山乃の姿が変わった。
白い身体。
首はなく、胸の中央に顔があり、足は一本、腕は二本。
「え!?」
レナが目を見開く。
「その姿は……」
「ヤマノケ、本来の姿か……」
栞が息を呑む。
「あれが本体!?」
喰が叫ぶ。
「……えぇ」
山乃は少しだけ申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんなさいね、驚かせて……」
闇の中から、憎悪に満ちた声が響く。
「なぜだ……!」
祟面の声は、洞窟全体を震わせた。
「なぜ人間の味方をする! 山の怪!」
「……なぜ、ですって?」
山乃の声は静かだった。
「……そんなの……決まってるでしょう……」
そして、力強く言い放つ。
「……わたくしは……
わたくしは……人間が、大好きだからよ!」
「人間が……好き?」
祟面が嘲笑う。
「何をバカげたことを……
なぜ、みにくい人間の姿をとる!」
山乃の声が震えた。
「この身体は……
大好きな娘の姿を、真似ているにすぎない……」
一瞬、沈黙。
「……あの娘は……もう、いない……
だから……忘れないように……」
声に、強い感情がこもる。
「……そんな彼女のことを……
彼女の、愛したかった人間のことを……
“みにくい”などと言うな!!!」
「……まぁ良い!」
祟面が叫ぶ。
「キサマもろとも、消し去ってくれる!」
「まずい!」
村正が叫ぶ。
「ここは洞窟だ!相性が悪い!」
「で、でもどうするの!?」
レナが混乱する。
その時。
「……ポポポ……」
不思議な声が響いた。
「っ!?」
栞が振り向く。
「っ……待って!百江!」
山乃が叫ぶ。
「……ポポポ……瞬間移動……」
視界が歪み、足元が消える。
「わわわ………………!」
彩葉は思わず目を閉じた。
――次に目を開けると。
「……ん……あれ?……ここは?」
彩葉は周囲を見回した。
「ここは……隠れ家……」
紙袋をかぶった少女が、静かに答える。
「山乃?」
背の高い、美しい女性が微笑む。
「少し落ち着きなさい……
みなさんも、ゆっくりしていってくださいね」
「あ、あぁ……」
村正は戸惑いながらも頷いた。
「申し遅れました……」
背の高い女性が一礼する。
「私は百江……八尺様です」
「……くねくねの、寧々……」
紙袋の少女が名乗る。
「よ、よろしく……」
彩葉は小さく頭を下げた。
影は、ただ静かに二人を見つめていた。
――洞窟で目覚めた憎悪。
そして、新たに現れた怪異たち。
物語は、さらに深い領域へと踏み込んでいく。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
讃岐山脈で明らかになった祟面の存在、そして山乃の本当の想い――
戦いの裏にある「愛」と「憎しみ」が、これから物語を大きく動かしていきます。
次話では、怪異たちの隠れ家と祟面への対処が本格化します。
引き続き、彩葉たちの旅を見守っていただけたら嬉しいです。




