焼け跡に残るもの
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
朝の光は、柔らかく街を包んでいた。
宿での朝食を終えた彩葉たちは、静かな四国の街を歩いていた。
昨夜の余韻がまだ身体に残っているのか、足取りはどこか穏やかだ。
「いい朝だね」
彩葉がそう言って、空を見上げる。
雲は少なく、澄んだ青が広がっている。
平和――そう言葉にすれば簡単だが、この空の下にどれほどの歴史が積み重なっているのか、彼女はまだ知らない。
そのとき。
「……これは……」
レナが足を止めた。
視線の先には、広い敷地。
草木に囲まれた公園の中央に、明らかに異質な建造物が残されている。
崩れた校舎の跡。
黒く焼け焦げた壁。
そして――奇妙なほど無傷で残った体育館。
「廃校……ですね」
陽菜が静かに言った。
「しかも、体育館以外壊れてやがるな……」
村正は顎に手を当て、破壊の痕を見渡す。
「……この壊れ方は……」
「えぇ」
陽菜は焼けた壁面に近づき、指でなぞるように見つめる。
「第一次神怪世界大戦の時の空爆……でしょうね。この焦げ方は」
空気が、少しだけ重くなった。
栞は古びた看板の前に立ち、文字を追っている。
「ふむ……」
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「今はどうやら、平和の象徴として公園にしてるようじゃの……」
「平和の象徴……」
彩葉はその言葉を繰り返し、崩れた校舎を見つめる。
「……何があったんでしょう。第一次神怪世界大戦って?」
陽菜は少し間を置いてから、答えた。
「人類以外と共存を目指す『日本側』と――
人類以外を道具として使い、戦争の道具にしようとした『アメリカ側』の戦争だ」
彩葉は、言葉を失った。
「……」
「どうなったんだ?...」
喰が腕を組んだまま聞く。
「日本側が勝ったさ」
村正は淡々と言った。
「でなきゃ、俺達はここにいない」
影は何も言わず、ただ地面を見つめている。
「……あのときはの」
栞は遠くを見るような目で語る。
「存在が、共存を目指し戦い合った……
……もう、あんな戦いはごめんじゃ……ん?」
そのとき、栞の視線が一点に留まった。
「祠がある……」
「祠?」
影が小さく首をかしげる。
「……あの祠は、いったい……」
そう言いかけた瞬間だった。
――ブロロロロロロ……!
空を引き裂くような音が、低く、重く、頭上を覆った。
全員が反射的に空を仰いだ。
「……あれは!」
村正の声が鋭くなる。
「爆撃機じゃと!?」
栞が目を見開く。
「まさか……アメリカ側が条約を破って……!」
陽菜の声が強張る。
「問題ありませんよ」
その声は、不思議なほど落ち着いていた。
「え?」
彩葉が振り返った、その瞬間――
ヒューーーーーー……!
「……っ!」
次の刹那。
――ドカァァァァン!!
凄まじい爆音と衝撃。
地面が揺れ、空気が裂ける。
「わわわぁ!」
レナが思わず彩葉にしがみついた。
だが――
爆撃機は、炎と共に空中で砕け散っていた。
「ね?」
先ほどの声の主が、何事もなかったかのように言う。
「えっと……あなたは……」
彩葉は、改めてその人物を見る。
桃色の髪を揺らす、背の高い少女。
制服のような服装に、腰には識別章。
「それに……あれは……」
「あぁ」
少女は軽く会釈した。
「申し遅れました。
わたくし、ヤマノケの山乃と申します。一応、怪異警官です」
「怪異警官の人……私は...」
彩葉は少し驚いたように呟く。
「はい、存じています。
彩葉さん、陽菜さん、喰さん、影さん、栞さん、村正さん、レナさん……ですね。
コトリから話は伺っています」
山乃は頷く。
「そして、あれは『トドマリ』といいます。
……そうですね、想霊の仲間です」
「トドマリ……」
村正が低く復唱する。
「い、今のは!?」
レナが震えた声で聞く。
「あの体育館に住んでいる守護者による攻撃です」
山乃は、体育館の方角を指差した。
「彼女は戦争をひどく嫌っていて……
トドマリが近づくと、ああやって破壊するんです」
「……」
「まぁ、危険性が分からないとはいえ……
トドマリは想霊ですので」
山乃は一息つき、彩葉たちを見る。
「これから、彼女のもとに行くんですが……
ついてきますか?」
彩葉は一瞬だけ迷い、そして頷いた。
「……うん。会ってみよう。みんな」
「あぁ」
村正が応える。
「なにか理由がありそうだ。
この時代、戦争を嫌ってるやつなんて、そうそういないからな」
「いろんな、しなのじゃ」
栞も静かに同意する。
「……はい……」
影が小さく頷く。
「おう!」
喰は迷いなく言った。
「私も!会いたい!」
レナは力強く手を挙げる。
「もちろん、ついて行くよ」
陽菜も微笑んだ。
「決まりのようですね」
山乃は穏やかに笑う。
「それでは、わたくしについてきてください」
こうして一同は、桃色の髪の少女の後を追った。
――視点は、変わる。
薄暗い体育館の中。
ひび割れた床に、埃が舞う。
「ダンッ……」
「ダンッ……」
「ダンッ……」
乾いた音が、反響する。
バスケットボールが床を叩く音。
「………………許さない…………」
低く、抑えた声。
「ダンッ! ダンッ! ダンッ!」
その音は、怒りと憎しみを刻むように、
体育館の中に響き渡っていた。
第二十二話、ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は、四国編の本格的な導入として
「平和」という言葉の裏側にあるものを描きました。
焼け落ちた校舎、無傷で残る体育館。
第一次神怪世界大戦という過去は、もう終わった出来事でありながら、
今も確かに“痕”として残っています。
そして、戦争を嫌う守護者の存在。
彼女はただ過激なのではなく、
「二度と同じことを繰り返したくない」という、強い感情を抱えています。
山乃とトドマリの登場によって、
この土地にはまだ語られていない想いがあることが、
少しずつ見えてきたのではないでしょうか。
次話では、
体育館にいる守護者と、彼女が抱え続けてきた過去に
より深く踏み込んでいくことになります。
それでは、次回――
二十三話も、よろしくお願いします。




