うどんと、通り過ぎる影
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
「わぁ〜! ここが四国!」
視界いっぱいに広がる空と、どこかのんびりとした空気。
彩葉は両腕を大きく広げ、深呼吸するように声を上げた。
舗装された道の先には、低い建物と遠くに見える山並み。
潮の香りと、ほんのりとした小麦の匂いが混じる風が吹き抜けていく。
「……空間転移、成功ですね」
コトリが静かに周囲を見回し、淡々と告げた。
隣で六花が元気よく首を縦に振っている。
「んー! んー!!」
「うん、間違いなさそうだね」
陽菜が柔らかく微笑む。
コトリは一度だけ皆に視線を向けると、淡い微笑を浮かべた。
「それでは……私達は進捗を確認するため、四国にいる仲間のもとへ向かいます」
「うん、ありがとね」
陽菜がそう答えると、コトリは一歩踏み出しかけて、ふと思い出したように振り返った。
「……あ、そうです。ここはうどんが有名ですよ」
「.....うどん?」
影が首をかしげる。
「ええ。香川県名物です。もし時間があれば、ぜひ」
レナの目がきらりと光る。
「美味しそう……」
「うどんか〜……」
喰は腕を組み、少し考える。
「食べたことないな」
「……食べてみたい……です」
影が小さく呟いた。
「ふむ……」
栞は顎に手を当て。
「そうと決まれば、ゆくしかあるまい」
「決まったようですね」
コトリはくすりと笑った。
「もし仲間に会ったら……手伝ってくれると、嬉しいです」
「おう!」
村正が短く答える。
「それでは」
コトリは最後にもう一度、にこりと笑った。
六花は両手を振りながら、
「んー! んー!!」
と、声にならない声で別れを告げている。
「バイバーイ!」
レナも慣れないながら大きく手を振る。
「またね〜!」
彩葉が手を振ると、二人と一体は淡い光に包まれ、空間の向こうへと消えていった。
「……行ってしまいましたね」
陽菜がぽつりと呟く。
「うん。それじゃあ——」
彩葉は拳をぎゅっと握り、元気よく叫んだ。
「しゅっぱーつ!」
香川県・旅路
まず彼女たちが向かったのは、素朴な佇まいのうどん屋だった。
店の前には短い行列。
白い暖簾が風に揺れ、湯気が外まで漂ってくる。
「ここかな?」
「……並んでいる人が多いな」
村正が周囲を見回す。
「人気店っぽいね!」
彩葉は楽しそうだ。
やがて店内に入り、運ばれてきたのは、澄んだ出汁に白いうどん。
影はじっと丼を見つめている。
「……これが、うどん……」
レナは目を輝かせて丼を覗き込む。
「いただきます!」
一口。
「……!」
その瞬間、レナの表情がぱっと明るくなる。
「お、美味しい……!」
「私も!いただきまーす!」
彩葉が箸を持ち上げ、一口。
「……!」
一瞬の沈黙のあと。
「おいしい!!」
「だろ?」
喰はすでに豪快にすすっている。
「……優しい味だ」
栞はしみじみと頷いた。
「……温かい……」
影は小さく微笑む。
食後は街を歩き、港を眺め、土産物屋を冷やかし、
時間はゆっくりと流れていった。
「楽しかったね〜」
夕暮れが街をオレンジ色に染める頃、彩葉は伸びをしながら言った。
「ほんと、あっという間に夕方だよ〜」
「そうだね〜」
レナは隣で頷いた。
その時だった。
「……ポポポ……」
どこからともなく、奇妙な声が聞こえた。
「?」
影が足を止める。
「どうした? 影」
喰が尋ねる。
影はじっと遠くを見つめたまま、小さく呟いた。
「今……背の高い……女の人が……」
村正は、その言葉を聞いた瞬間、視線を細めた。
「……あいつなら、問題ないな」
「え?」
喰が振り向く。
「知ってんのか? 村正?」
「ん? あぁ……まぁな」
それ以上は語らない。
栞はその様子を見て、静かに頷いた。
「……ふむ……」
「みんな、どうかしたの?」
彩葉が不思議そうに尋ねる。
「なにか話していたようですが」
陽菜も首を傾げた。
「いや、なんでもない」
村正は歩き出す。
「今日はここまでだ。宿を探そう」
「あ、うん、そうだね」
彩葉は少しだけ不安そうにしながらも、皆の後を追った。
「宿……」
レナは少し緊張したように呟く。
「……初めて……」
夜、宿にて
宿は古いながらも清潔で、畳の匂いが心地よい場所だった。
「わぁ……」
レナは部屋を見回し、そっと息を吸った。
荷物を置き、明かりを落とす。
一日の疲れが、静かに身体に広がっていく。
「……今日は、いい日だったな」
喰が布団に転がりながら言う。
「うん」
彩葉は微笑んだ。
影は窓の外を一度だけ見つめ、
遠くに消えた“背の高い影”を思い出すように目を伏せる。
やがて、灯りは消え。
夜は、深く、静かに流れていった。
朝
障子の向こうから、やわらかな光が差し込む。
鳥の声。
遠くの街の気配。
「……朝だ」
彩葉が目を覚まし、ゆっくりと身体を起こす。
レナもゆっくりと目を開ける。
布団の中で、少しだけ微笑んだ。
「……宿、楽しい……」
新しい一日。
香川の朝。
そして——
まだ語られていない出会いの予感だけが、
潮の匂いに混じり、静かに漂っていた。
第二十一話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は戦いや緊張から少し距離を置き、
「旅」と「日常」に焦点を当てた一話になりました。
四国――香川県という場所は、物語の流れの中でも
登場人物たちが肩の力を抜ける、貴重な時間だったと思います。
うどんを食べる、街を歩く、宿に泊まる。
どれも小さな出来事ですが、
それぞれが「守るために戦う存在」である彼女たちにとって、
こうした時間こそが“人の世界”を実感する瞬間でもあります。
特にレナにとっては、
「仲間として旅をする」「初めての宿に泊まる」という経験が、
失った過去から一歩踏み出す大切な一日でした。
彼女の小さな喜びや戸惑いが、
この話の静かな芯になっています。
穏やかな夜と静かな朝。
しかし物語は、確実に次の波へ向かっています。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。次回もお楽しみに!




