復讐の雷槌 ― クラーケンの娘クララ ―
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
神界の首都ユグドラシル。
その中心にそびえるオリュンポス神殿の大広間。
神々と英雄が円卓を囲み、会議は続いていた。
彩葉は静かに呟く。
「ロキ……」
その名を聞くだけで、胸の奥に重たい感覚が残る。
李=芳乃が腕を組みながら言う。
「たしか断界同盟を率いていると言っておったな」
ゼウスが重々しく頷いた。
「うむ」
「会議の後、我とヴァルハラの統治神オーディンで調査を行った」
「そして結論は同じだった」
ゼウスの声が低く響く。
「やはりロキの仕業だ」
神殿の空気が少し重くなる。
陽菜が不安そうに尋ねた。
「やっぱり……そうなんだね」
「居場所は掴めているのかな?」
ゼウスは頷く。
「あぁ」
「神界とヴァルハラをつなぐ道の上空」
「そこに謎の飛行城が存在する」
「天使たちが確認した」
ヘルメスが指を鳴らす。
空中に光の映像が浮かび上がった。
巨大な空飛ぶ城。
黒い雲に包まれた不気味な要塞だった。
ゼウスが続ける。
「調査の結果――」
「そこがロキの居城だと判明した」
村正が目を細める。
「空飛ぶ城か……」
「いかにも神らしい発想だ」
ゼウスはさらに続けた。
「だが問題はそれだけではない」
「城の門番として――」
一瞬の沈黙。
「かつて雷神トールと引き分け死んだ」
「ヨルムンガンドが確認された」
ユキが小さく首をかしげる。
「ヨルムンガンド?」
メデューサが静かに説明する。
「ヨルムンガンドは……」
「世界を覆い尽くすほどの巨大な体を持つ大蛇」
「強い毒を持ち……」
「その毒でトール様を殺したと言われている」
メデューサは眉をひそめた。
「しかし……」
「トール様に敗れたはずでは?」
ポセイドンが腕を組みながら言う。
「あぁ」
「俺たちもそう思った」
「だがロキのやつが禁呪を使い復活させたらしい」
ポセイドンは鼻で笑う。
「まぁ」
「本来の大きさよりは小さいがな」
ベアトリスが考え込む。
「じゃあ……」
「まずはそのヨルムンガンドをなんとかしないと」
その時だった。
神殿の扉が――
バンッ!!
勢いよく開いた。
「その大蛇……!」
「私に相手をさせてください!!」
神殿の視線が一斉に向く。
そこに立っていたのは――
青い髪の少女だった。
海を思わせる瞳。
背には巨大な海獣の紋章。
アフロディーテが少し驚いた声を出す。
「あら」
「会議中に割り込んでくるなんて」
ゼウスが静かに目を細める。
「よい……」
「それでお主はたしか……」
少女は深く頭を下げた。
「会議を中断させてしまい申し訳ありません」
「私は神話生物クラーケンの娘」
「クララ」
彼女の声は震えていない。
「そして――」
「いまは亡き主」
「トール様の眷属です」
神々がざわめく。
ヘパイストスが顎を撫でる。
「あのトールの眷属か」
「鍛え直した神器『ミョルニル』はどうだ?」
クララは胸元の大槌を見た。
雷を宿した神器。
トールの武器。
「はい」
「ヘパイストス様」
「問題ありません」
ゼウスが静かに尋ねる。
「して」
「その件はどういったわけだ?」
「敵討ち……か?」
クララは拳を握った。
「はい」
「私は……」
「主の敵を討ちたいのです」
その瞳には強い決意が宿っていた。
「必ず」
アポロンが困ったように言う。
「無茶では?」
「主神」
「あの毒蛇は神でさえ殺す毒を持っている」
アフロディーテが笑った。
「でも」
「あの目は本気の目だよ?」
アポロンが眉をひそめる。
「しかし……」
アレスが腕を組んで言った。
「意思を尊重すべきでは?」
ゼウスは少し黙った。
そして――
「わかった」
「許可しよう」
神殿がざわめいた。
「主神!」
アルテミスが驚いた声を出す。
「それはいささか無謀では……」
ゼウスは静かに言った。
「止めてもあの娘は行くだろう」
「その目は本気の目だ」
「行くと決めたら行く」
「そういう意思を感じる」
彩葉がゆっくり頷いた。
「私もそう思います」
ヘラが微笑む。
「……いいんじゃないですか?」
「私は応援しますよ」
アテナが元気よく手を挙げた。
「私も!」
ヘスティアが優しく言う。
「英雄とは……そういうものですから」
「やると決めたことはやり遂げる」
「素晴らしいです」
ゼウスは頷いた。
「しかし」
「単身で乗り込ませるわけにはいかぬ」
ゼウスは彩葉たちを見る。
「クララ」
「彩葉たちとともに戦え」
「いいな?」
クララは深く頭を下げた。
「はい!」
「ありがとうございます!」
デメテルが穏やかに言った。
「決まったようだね」
ゼウスが立ち上がる。
神殿の空気が張り詰めた。
「うむ」
「それと」
「オリュンポスからアテナを送る」
アテナが笑う。
「はい!」
「任せて!」
ゼウスは続ける。
「アレス」
「他の神々に伝達せよ」
「都市の防衛を高めるように」
アレスは頷いた。
「了解した」
ゼウスはさらに命じる。
「ポセイドン」
「デメテル」
「アポロン」
「ヘルメス」
「アルテミス」
「アフロディーテ」
「ヘパイストス」
「ヘラ」
「都市と神殿の防衛を頼む」
神々が同時に答えた。
「はい!」
ゼウスは最後に言った。
「ヘスティア」
「引き続き炉の炎を守備してくれ」
ヘスティアは静かに頷いた。
「承知しました」
ゼウスはゆっくりと彩葉たちを見た。
神の威圧。
しかしその目には期待が宿っている。
ゼウスが力強く言った。
「そして――」
「英雄一行よ」
神殿に雷のような声が響く。
「ロキを打ち倒せ!!」
彩葉たちは立ち上がった。
「はい!!」
こうして――
ロキ討伐の戦いが
ついに始まろうとしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます
次回もお楽しみに




