歪められた夜 ― 強制満月の顕現
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
熱帯の国――ブラジル。
その沿岸都市サルバドールは、昼であるにもかかわらず、不気味な静けさに包まれていた。
空は晴れている。
風も穏やかだ。
だが、街には生者の活気がない。
建物の窓は閉ざされ、通りにはスケルトンが彷徨うだけ。
まるで、この街そのものが「来るべき夜」を恐れているかのようだった。
その中心部。
守護者たちは、廃ビルの影に集まっていた。
レナが空を見上げる。
「でも、どうするの?」
青空には、当然ながら月はない。
「満月……それに、今日何曜日だっけ?」
ロビソンは条件が揃わなければ現れない。
満月。
そして、特定の日。
だが――アンナは静かに言った。
「……人為的に起こす方法がある」
「え?」
レナが目を丸くする。
マミも驚いた。
「そんな方法が?」
アンナは、小さく頷いた。
「うん」
そして、ポケットから一つの球体を取り出した。
「これを使う」
レナが覗き込む。
「ボール?」
それは、手のひらサイズの球体だった。
透明でもなく、不透明でもない。
内部が歪んで見える、不思議な球体。
アンナはそれを見つめながら言った。
「これは――歪みボール」
空気が、僅かに張り詰める。
「これを使えば」
「範囲内の時間と位相を歪めて」
そして、静かに告げた。
「強制的に、その日に変えることができる」
「……!」
レナは言葉を失った。
マミも目を細める。
「そんなことが……」
メデューサが、ふと気づいたように言った。
「もしかしてそれ……」
アンナを見る。
「時の大精霊の?」
アンナは、少しだけ懐かしそうに頷いた。
「うん……」
「昔、もらった」
その言葉には、長い時間の重みがあった。
彩葉は、その球体を見つめる。
時間を歪める力。
それは、世界の理に干渉する力。
「これで、出現させるとして……」
彩葉はアンナを見た。
「どうやって救うの?」
アンナは即座に答えた。
「刻印なら、私も書ける」
そして、仲間たちを見渡す。
「抑えてくれる?」
彩葉は強く頷いた。
「うん!」
その瞳に迷いはない。
アンナは小さく頷いた。
「……それじゃあ」
歪みボールを握る。
空気が、重くなる。
そして――
投げた。
歪みボールは、ゆっくりと空へ舞い上がる。
回転しながら。
上昇しながら。
そして――
パキンッ
上空で、砕けた。
瞬間。
世界が――歪んだ。
空間が波打つ。
景色が揺らぐ。
空が歪む。
まるで、水面の中から世界を見ているかのように。
そして――
空が、夜へと変わった。
青は消え。
黒が広がり。
そこに現れたのは――
満月。
完全なる円。
完全なる夜。
強制的に創られた、満月の夜だった。
その瞬間。
響いた。
「ガルルルルルルルル……」
低く。
唸る声。
陽菜が前を見る。
「さっそくお出ましみたいだね」
闇の中。
それはいた。
赤い目。
異常に太い首。
膨れ上がった筋肉。
人でありながら、人でない姿。
ロビソン。
「グルルルルルル!!!!」
咆哮が夜を裂いた。
彩葉は一歩前に出る。
「みんな!」
仲間たちを見る。
「頑張るよ!」
「うん!」
「おう!」
「えぇ!」
全員が構える。
その時だった。
サルバドールの高層ビルの上。
誰かがいた。
月を背にして。
立っている。
ブカブカのオレンジのフードパーカー。
深く被ったフード。
そのフードからは――
触角のようなものが二本、垂れていた。
小柄な体。
だが――
その存在感は異様だった。
どこかで見たことがある。
いや――
“よく似ている”。
その人物は、静かに笑った。
「ふふふっ」
そして――
呟いた。
「姉さま」
その声は。
レナのものと――
酷似していた。
「お元気そうですね」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




