静寂に潜む捕食者 ― サンパウロの空洞
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
熱帯の国ブラジル。
彩葉たちはアンナの過去を聞き、その決意と想いを胸に刻みながら、新たな目的地――サンパウロへと到着していた。
だが。
そこに広がっていたのは、都市とは思えないほどの――異様な静寂だった。
「ここが、サンパウロ?」
レナが周囲を見渡しながら言う。
高層ビルが立ち並び、本来であれば人と車の喧騒に満ちているはずの大都市。
しかし――。
「人がぜんぜんいないよ?」
その言葉通りだった。
道路には車が放置されている。
店のシャッターは半分閉まり、看板は風に揺れて軋んでいる。
信号機は意味もなく点滅を繰り返し、誰も渡らない横断歩道を照らしていた。
都市は生きている。
だが、人間だけが――いない。
「うぅ~、やっぱりここにもスケルトンがぁ~……」
マイが震えながら指差す。
視線の先。
崩れたバス停の影から――白い骨の腕が見えていた。
カタ……カタ……
スケルトンがゆっくりと徘徊している。
生者を求めて。
「人がいないのは多分、警戒しているんでしょうね」
リリアが冷静に分析する。
「子どもが襲われないように……」
その言葉は重かった。
守るために、人々は隠れている。
「うん……」
メデューサが静かに頷く。
「少し怖いかも……」
影が小さく呟く。
「まぁ、ここまで人がいないとな」
喰も周囲を見渡しながら警戒を強める。
風が吹く。
紙くずが転がる。
その音だけが、やけに大きく聞こえた。
「もう少し探してみよう」
フェトゥが言う。
「うん」
花火が頷く。
彩葉たちはゆっくりと街の奥へと進んでいった。
道路を歩くたびに、違和感が増していく。
店のガラスには、内側から打ち付けられた木の板。
壁には――警告の文字。
“夜に出るな”
“子どもを外に出すな”
“血を吸われる”
“肝臓を取られる”
“音を立てるな”
殴り書きのような文字。
恐怖の痕跡。
人々は確かにここにいた。
そして――逃げたのだ。
「……」
彩葉は拳を握る。
守らなければならない。
この街を。
この人たちを。
その時――。
「止まって」
ベアトリスが静かに言った。
全員が足を止める。
「足跡……?」
地面を指差す。
そこには――確かに足跡があった。
人間のもの。
裸足ではない。
靴を履いた、普通の人間の足跡。
だが。
「人間ぽいけど妖力がただよってる」
ユキがしゃがみ込み、触れずに観察する。
目を細める。
「たしかに、怪しい気配ですわ」
ココア=モカ=コフィアも感じ取っていた。
人間。
だが、人間ではない。
何かが混ざっている。
「うん、そうだね」
陽菜が頷く。
「行こう」
村正が短く言う。
迷いはない。
マミが拳を握る。
「子どもを襲う悪いやつを倒す」
決意の言葉。
「うん!」
彩葉が力強く頷いた。
足跡を追う。
それは大通りを外れ――。
細い路地へと続いていた。
ゴミが散乱している。
腐敗臭。
血の匂い。
壁には引きずったような跡。
まるで――何かを運んだような。
さらに奥へ。
さらに奥へ。
やがて。
街の外れに辿り着いた。
そこには――。
「……空洞...なの?」
巨大な穴が開いていた。
地面が崩れ落ち、地下へと続く闇が口を開けている。
自然にできたものではない。
何かが――掘ったのだ。
巣のように。
捕食者の住処のように。
そこから漂う。
濃密な妖気。
そして――血の匂い。
「ここにいる」
フェトゥが確信する。
全員が武器を構える。
静かに。
慎重に。
地下へと降りていく。
暗い。
光が届かない。
湿った空気。
水滴の音。
そして。
奥から聞こえる――声。
「クソっ!!」
老人の声。
「クソっ!!クソっ!!クソ!!!」
激しい怒り。
「……あの野郎!」
地面を叩く音。
「ワシの分の獲物まで持って行きよった!!!」
歪んだ声。
「クソ!クソ!!クソ!!!」
飢え。
執着。
狂気。
そして――。
ピタリと声が止まった。
「……」
沈黙。
次の瞬間。
「……侵入者か」
低い声。
気づかれた。
闇の奥。
赤い目が――開いた。
「……うまそうな匂いだ」
その言葉は。
明確な――捕食宣言だった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




