桜菊祭・前編
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
夜の帳が下りた東京の空の下、無数の灯りが揺れていた。
提灯の朱、屋台の白熱灯、行き交う人々の笑顔――それらが溶け合い、街全体がひとつの生き物のように脈打っている。
「わぁ……!」
彩葉は思わず声を上げた。
「人がいっぱい……あの街みたい。屋台も、いっぱいあるよ!」
「……!」
「おぉ〜!」
影と喰の目は、宝石のようにきらきらと輝いていた。
「ふふっ。みんな、祭りは逃げないから、落ち着いてね」
陽菜はそう言いながらも、その表情はどこか楽しそうだった。
「まったく……お主らは子供じゃのう」
栞はくすりと笑い、懐から札束を取り出す。
「金はたくさんある! 好きな屋台に行くと良い!」
「おぉ〜……!」
「良いのか!?」
喰は驚き、影は信じられないというように栞を見上げる。
「どこ行こうかな〜」
彩葉は屋台の列を見渡し、胸を躍らせた。
「……少しは遠慮したらどうだい」
陽菜が苦笑いで言うと、栞は肩をすくめる。
「まぁよいではないか。子供を見る親のようで、妾は楽しいぞ」
「栞がいいなら、まぁいいけど」
こうして一行は、祭りの人波へと溶け込んでいった。
――たこ焼きの屋台では、喰が熱々の玉を頬張りながら涙を浮かべる。
「熱っ!? ……でも、うめぇ!!」
――金魚すくいでは、影が真剣な顔でポイを水面に沈め、小さな金魚をそっとすくい上げる。
「……とれ……た……」
――りんご飴の屋台では、彩葉が大きな赤い飴を両手で持ち、嬉しそうにかじる。
「甘くて……きれい……」
――射的では、陽菜が軽く構えただけで景品を次々と落とし、周囲からどよめきが起こる。
「さすがだね……」
栞はそんな様子を少し離れたところから眺め、満足そうに目を細めていた。
「人と守護者と妖が、同じ場所で笑っておる……
これが、この祭りの本当の意味なのじゃろうな」
その言葉を、誰も否定しなかった。
――だが。
視点はゆっくりと上空へ移る。
夜空のさらに上、祭りの光が届かない場所。
そこには、歪んだ感情が渦巻いていた。
「人間との……友好の祭りだと!?」
低く、怒りに満ちた声が闇を震わせる。
「ふざけるな……!」
黒い気配が膨れ上がる。
「俺は……俺達は……壊してやる!」
眼下に広がる、平和で無邪気な光の海を睨みつけながら、声は叫んだ。
「こんな……腐った世界を!!!」
その憎悪は、まだ誰にも気づかれていない。
しかし確実に、桜菊祭の夜へと近づいていた――。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
桜菊祭・前編では、彩葉たちが東京の祭りの賑わいを全身で楽しむ様子と、人・守護者・妖が同じ時間を共有する「平和な瞬間」を描きました。
その一方で、空の上では確実に不穏な気配が動き始めています。
この祭りが「友好」を象徴するものであるからこそ、それを憎む存在の感情もまた強く、物語はここから大きく動き出します。
彩葉が見つめる世界は、守りたいものに満ちているのか、それとも――。
後編は本日12時に投稿予定です!
ぜひ引き続き、彩葉たちの物語を見届けてください。




