南十字の都、風はやさしく
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
太古の大地を震わせた戦いは終わり、赤土の平原には静かな風が戻っていた。遠くでユーカリの葉が擦れ、乾いた空気にほのかな青い香りが混ざる。
「感謝するよ。ありがとう」
アケイシャが柔らかく微笑む。
「い、いえ!」
彩葉は少し照れながら首を振った。
「ふふっ、優しいんだね。次はニュージーランドに行くのかな?」
「はい! 怪異警官の人を手伝いに行きたくて……でも、話し合ったんですが、」
「?」
「この国を案内してくれませんか? もっと世界を知りたくて」
アケイシャは一瞬、空を見上げ、それから小さく笑った。
「……ふふっ、うん、いいよ。おいで」
「わーい!」
レナが両手を上げて跳ねる。
――やがて一行は、オーストラリアの首都キャンベラへと足を踏み入れた。
整然とした街路は広く、青く澄んだ空がどこまでも高い。都市でありながら、どこか静謐で、呼吸が深くなるような空気が流れている。
最初に訪れたのは、湖のほとり。
「きれい……」
影の視線の先に広がるのは、バーリー・グリフィン湖。水面は鏡のように光を反射し、中央からは白い水柱がまっすぐ天へと噴き上がっている。キャプテン・クック記念噴水だ。
陽光を受けた水滴が虹を生み、湖畔では人々がのんびりと散歩をしている。サイクリングを楽しむ者、芝生で読書をする者、笑い声が風に乗る。
「自然がいっぱい!」
ユキが目を輝かせる。
「計画都市だからね。自然と共存する設計なんだ」
アケイシャの案内で、なだらかな丘へと登る。アンザック・パレードの直線道路がまっすぐに伸び、その先に白く壮麗な建物が見える。
「あれが国会議事堂だよ」
丘の上に広がる近代的な建築。芝生の屋根の上には巨大な旗がはためいている。風を受けて揺れるその姿は、この国の誇りを静かに語っているようだった。
内部に入ると、磨き上げられた大理石の床と、赤と緑に分かれた議場の色彩が印象的だ。
「議場の色が違うね……」
「上院と下院で色が分かれてるんだ。自然を意識した配色なんだよ」
陽菜は静かに頷く。
世界にはそれぞれの歴史があり、形があり、思想がある。その一端に触れていることを実感する。
次に訪れたのは、オーストラリア戦争記念館。
荘厳な空気が漂い、回廊の壁には無数の名前が刻まれている。
「……」
マミは言葉を失う。
戦いの歴史。守るための犠牲。
静かな献花台に立つと、さきほどの激戦が脳裏をよぎる。
「平和って、当たり前じゃないんだね」
ぽつりとこぼれたベアトリスの言葉に、アケイシャはゆっくり頷いた。
「だから守る価値がある」
重さと温もりのある言葉だった。
午後はナショナル・ギャラリーへ。
先住民アボリジニのアートが壁一面に広がる。点描で描かれた大地、精霊、夢の物語――ドリームタイム。
「色が……生きてるみたいなの」
アビは絵に吸い込まれるように見入る。
「この国の“はじまり”の物語だよ」
太古の自然と重なる感覚に、彩葉は静かに胸を打たれた。
夕暮れ時、再び湖畔へ戻る。
空がオレンジから紫へと溶け、湖面がその色を映す。遠くで黒鳥が羽ばたき、水面に波紋を描いた。
「ほんと広いね、世界って」
レナが芝生に寝転びながら言う。
「うん……知らないことばっかり」
彩葉は夕焼けを見つめる。
戦いもある。悲しみもある。
けれど、それだけじゃない。
人の営みがあり、文化があり、笑顔がある。
「次はニュージーランドだね」
アケイシャが穏やかに言う。
「はい。でも……また戻ってきたいです」
「いつでも歓迎するよ」
南十字星が、ゆっくりと夜空に浮かび始める。
太古の大地にも、確かな平和が根づこうとしていた。
そして彩葉たちの旅もまた、新たな景色へと続いていくのだった。
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