月下に蠢く翠と見えざる病
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
彩葉たちは、アビのエアーライドで夜空を切り裂くように飛び続けていた。
灼熱の大地は昼の顔を失い、代わりに深い闇と静寂をまとっている。やがて地平線の向こうから、淡く白い月が姿を現した。
月光は赤茶けた大地を照らし、影を長く引き延ばす。
乾いた風が吹き抜け、昼とはまるで別の世界のようだった。
「ついたなの〜」
アビの明るい声が、静寂を破る。
ゆっくりと高度を落とし、ケニアの大地へと降り立つ。
「お月さま……綺麗」
ユキは空を見上げ、小さく呟いた。
「うん」
ベアトリスも同じ月を見つめ、短く頷く。
その空気を切り裂くように、ムトゥリヴが視線を前方へ向けた。
「……いるな……森緑人……」
月光に照らされた大地の各所で、何かが動いていた。
それはかつて人間だったもの。だが今は、植物の蔦や根に絡め取られ、意思を失った存在だった。皮膚には葉脈のような模様が浮かび、瞳は虚ろに光を反射するだけ。
洗脳され、植物に支配された人間だったものが、あちこちを徘徊している。
「前より増えてる気がする……」
ロゼ・シュジャーが低い声で言った。
「どうする?」
村正が周囲を見渡す。
「突撃するか?」
「……それしかなさそう」
ムトゥリヴは静かに答えた。
「隠れられる障害物も少ない……」
その時だった。
「……ん?」
ユキが耳を澄ます。
「なにか、変な音が聞こえる」
夜の向こうから、微かだが確かに響く音。
「ポン……ポン……フワワ……」
「音?」
レナが不安そうに辺りを見る。
「たしかに、不思議な音ですね」
リリア=エジソンも首を傾げた。
「……菌、ウイルス系の守護者が、ウイルスや菌をばらまいてる音……」
マイは静かに断言した。
「守護者がいるのか?」
李=芳乃が目を細める。
「この数の洗脳されたものがいる中ということは……」
栞が言葉を継ぐ。
「かなりの力を持つ存在じゃな」
ムトゥリヴは小さく息を吐いた。
「……アフリカで、菌、ウイルス系の守護者といえば……思い当たるのは一人しかいない」
「誰?」
マミが問いかける。
「ドイツのペストの守護者と同じ分類」
ロゼ・シュジャーが静かに告げた。
「菌、ウイルス、微生物系に属する……あの子だね」
「誰なのです?」
アビが首を傾げる。
「マラリア」
ムトゥリヴとロゼ・シュジャーが、同時にその名を口にした。
「!?」
栞の表情が強張る。
「まぁ、驚かれますわよね」
ココア=モカ=コフィアは、どこか柔らかな微笑みを浮かべた。
「でも問題ありませんわ。あの子はとても優しいお方で、生き物に近づきたがらないですの」
「だから、大丈夫ですわよ?」
その声は、不思議と安心感を伴っていた。
「そうなの?」
メデューサが首を傾げる。
「えぇ」
ココアは頷く。
「生き物が近づくと、すぐ逃げていくので……だから合流は難しい気がしますの」
「じゃあ、合流はやめとく?」
花火が問いかける。
「でも」
ロウが腕を組む。
「戦力は増やしたいですね。……その守護者は、狙われないのかな?」
「それは……」
ロゼ・シュジャーは少し考え、
「狙われると思うよ?」
「じゃあ、どうしてるんだい?」
フェルルが尋ねた。
「……あの子は」
ムトゥリヴは月明かりを見つめながら言う。
「変異、変質、洗脳が得意だ。多分、まぎれてる」
「なるほど……」
影が小さく呟く。
「そういえば」
喰が腕を組む。
「マラリアって何だ?」
「とても危険な病原体じゃ」
栞が低く答えた。
「死人も出ているのじゃ」
「ほんとに大丈夫なのか? そいつ……」
喰は眉をひそめる。
「……能力も使える」
ムトゥリヴは静かに言った。
「だから、仲間にしたい……」
村正は頷き、前方を指差した。
「じゃあ、音の方に行こう」
「そのほうが良さそうですね」
陽菜も同意する。
「うん!」
彩葉は力強く頷いた。
「行きましょう!」
月下の大地を、洗脳された影が徘徊する中、
正体不明の音が導く先へ――。
彩葉たちは、見えざる病と潜む守護者の気配を追い、静かに歩き出した。
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