異空列車と東京
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
潮の匂いが遠ざかり、街の気配が近づく中で、彩葉はふと疑問を口にした。
「ねえ、陽菜……桜菊祭にはどうやって行くの? 流石に遠そうだし……お金とか、あるの?」
「確かに、桜菊祭のある東京は遠いね。でも――いい列車があるんだ。ついてきて」
「……列車……」
影が小さく呟く。
「どんな列車だ?」
喰が興味深そうに聞くと、陽菜は意味ありげに笑った。
「それは、お楽しみ」
こうして三人と一匹は、再び歩き出した。
「……さっきの駅じゃないか」
喰が足を止める。
「ここの列車に乗るの?」
「そうだよ。これをかざすと……」
陽菜がカードのようなものを改札にかざした瞬間、空気が一変した。
音が遠のき、色が沈み、世界が薄く歪む。
「……暗く……なった……?」
「なんだか……あの世みたいだぜ」
「さ、入るよ」
陽菜に促され、駅構内へと足を踏み入れる。
「……あれ? 駅名が……きさらぎ駅……?」
「そう。異空間移動列車が止まる駅だよ」
「……こんにちは」
静かな声が響いた。
振り向くと、頭に小さな猿の人形のようなものをいくつも乗せた少女が立っていた。
「あ、こんにちは」
「おはよう、猿夢」
「うん……おはよう……あなたたちも、東京に行くの?」
「うん、そうだよ。猿夢は何しに行くの?」
「……最近、各国で異変が起きてるから……その見回り。もうすぐ祭りでしょ」
「そうだね。頑張って」
「なぁ……こいつ、人間じゃないよな? 何者なんだ?」
喰の問いに、陽菜はさらりと答える。
「彼女、怪異だよ。怪異って言っても、怪異警官だけどね」
「……ん……怪異警官の猿夢。警備したり……危険なやつと戦ったりする」
「そうなんだ。よろしくね」
「……よろし……く」
「よろしくな」
「……うん……電車……来たみたい」
不自然に歪んだアナウンスが、構内に流れる。
「マモナク、快速レッシャがマイリます。黄色い線のウチガワにオナラビくだサイ……オアシモトニご注意シテくだサイ」
「さ、入るよ」
「はい!」
「おう!」
「……うん……」
車内に入ると、見慣れたようでどこか違う景色が広がっていた。
「中は……前に乗った列車と同じだ……」
「この列車、記憶に左右されるからね」
「この列車は……快速列車……すぐ着くよ」
窓の外には、紫色の空と、どこまでも続く畑。
現実とは違う、けれどどこか懐かしい風景。
「……外……空が紫で……畑が続いてる……」
「不思議な光景だな……」
「あ、そろそろ着くよ」
再び、歪んだアナウンスが響く。
「マモナク■■■駅に止まりマス。オアシモトニご注意してくだサイ」
列車は静かに停車し、四人と一匹はホームへと降り立った。
「着いたぞ〜!」
「久しぶりに来たな〜、東京の街……」
「……私は……そろそろ行く……また……」
「あ、また〜」
影も小さく手を振る。
「ここは、なんて街なんだ?」
「アニメとか漫画とか、いろんなものがある街だよ」
「じゃあ、祭りまでは時間があるんだろ? 少し見ていこうぜ」
「それ、いいね。二人はどうする?」
「……見てみたい……です……」
「うん!」
「それじゃ、行こうか」
「うん!」
「行こうぜ〜!」
「……うん……」
こうして彩葉たちは、喧騒と光に満ちた東京の街へと足を踏み出した。
桜菊祭を前に、新たな出会いと出来事が、静かに待ち構えていることをまだ知らずに。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第十話では、彩葉たちが「異空列車」という少し不気味で不思議な存在を通して、京都から東京へと足を運びました。現実と異界の境目が曖昧になる列車や、きさらぎ駅、そして怪異警官・猿夢との出会いは、これから起こる出来事への前触れでもあります。
彩葉にとっては、人間の街に続いて“異空間を越える旅”という新しい経験の連続です。まだ守護者として未熟な彼女が、仲間たちと一緒に世界の広さや不可思議さを知っていく――そんな成長の一歩として、この話を書きました。
次からは、東京という大きな舞台で、桜菊祭を巡る出来事や新たな怪異、そして守護者たちの関係性が少しずつ動き出していきます。
彩葉が何を見て、何を感じ、どんな選択をするのか、引き続き見守ってもらえたら嬉しいです。
それでは、次話もお楽しみに。




