第9話 精霊と未知なる力
俺の目の前に現れた“それ”は──あまりにもドス黒い物体だった。
宙にぷかりと浮かび、ぐにゃぐにゃと形を変えながら、
──グワァアアアアアア……!
と、不気味な唸り声を上げている。
その足元には、複雑な紋様の魔法陣が。
「……もしや、囚われの精霊?」
俺は、原作でも同じような設定があるのを思い出した。
──捕まえた精霊を闇落ちさせ、その負の思念を利用して、モンスターを発生させるという……。
どうしてこんなに都合よくモンスターが湧くのか、不思議に思っていたが、原因は、これだったらしい。
誰かが精霊を魔法陣で捕らえ、その上呪いをかけて、騎士団訓練場のモンスター湧きに利用していたのだ。
──誰だよ、こんな外道プレイ考えた奴は……。
経験値的にはオイシイが、倫理的には完全アウト。非道すぎて、まったくシャレにならないレベルだ。
いったい、いつからこんな状態だったんだ……?
人間の身勝手で、モンスターの発生源にさせられるなんて、想像しただけでもゾッとする。精霊の憎悪の念が、森中に広がっていた。
──グワァアアアアアア……!
闇落ちした精霊が、苦しげに呻く。やはり、解放してやるのが筋だろう……。
俺は《マナ・バレット》を構え、魔法陣へ照準を合わせた。
──ズドンッ!
轟音とともに、光の陣は粉々に砕け、黒い鎖のような呪縛が霧散した。
……が、肝心の精霊は、黒いモヤを纏ったまま。
むしろ、さっきよりメラメラと怒りをたぎらせているように見える……。
「まさか、こっちに襲いかかって来る気じゃ……!?」
おいおい、ちょっと待て! 言っとくけど、俺、悪くないからな! むしろ、助けた側なんだから、命の恩人と思ってくれよ!
警戒して間合いを取り、じっと様子をうかがう。すると──、
──グアァアアアアッーー!!
地の底から響くような咆哮が轟いた。
やばいっ! 来るか! と身構えた、その瞬間。
──ボンッ!
爆発音ととも、黒いモヤの中から何かが飛び出した。
眩い光を放ちながら、森の中を飛び回る。──どうやら精霊が正気を取り戻したようだ。
「あ〜、もう疲れたぁ〜! マジ最悪ぅ〜! 肩こったぁ〜〜!!」
「……え?」
思わず固まる俺。
囚われていた精霊、まさかの第一声が、それって……。
いや、もっとこう、神秘的で清廉な感じじゃないのかよ。こっちは結構心配してやったのに、肩こりって……、意外と元気そうじゃねえか。
姿を現した精霊は、見た目は小さな女の子。背中に透き通る羽が生えていて、パタパタさせながら、俺の周りを飛び回る。
背丈は、俺の肩にちょこんと腰掛けられるくらいで、まるで動くフィギュアのようだ。
「君が助けてくれたんだね。ありがとう!」
精霊は満面の笑みで話しかけてきた。声も元気で、意外なほどハキハキとしている。
さっきまでの不気味な黒い塊だったとは思えないし、俺が想像していた精霊のイメージとも違う。
あえて言うなら、どこにでもいそうな、ごく普通の子って感じだ。……まあ、こっちとしても、その方が気を使わなくて済むけどな。
お互いに名前を名のり、軽く挨拶を交わす。
彼女の名は──シルフ。風の精霊であり、この森の守り手だという。
「こんな可憐な私に罠をかけるなんて、いったいどういう神経してるんだか!」
なんて言って、頬をぷくっと膨らませるシルフ。
……自分で“可憐”って言っちゃうのかよ、と思わずツッコミたくなる。
とはいえ、こんなことを平気でやれる魔法使いとなれば、思い当たる奴はひとりしかいない。
──あの性悪執事、セルヴァだ。
シルフは荒れてしまった森の様子を見つめ、がっくりと肩を落とした。森の管理者として、責任を感じているのだろう。
一見して深刻な状況なのはわかったが、この森が闇の力に支配されていたことを思えば、すぐに元どおりにならない。
だがシルフは、次の瞬間にはあっけらかんと笑顔を見せ、俺の顔を物珍しそうに覗き込んできた。
……切り替え、早っ!
「ところで、君はどうしてマスクをつけているの? 私に素顔を見せてくれないの?」
そういえば、俺はマスクをかぶったままだった。ズタ袋に穴を開けただけの簡易版。そりゃ、怪しいよな……。
仕方なく、俺はマスクを外した。
「……ふーん」
「何だよ、反応なしかよ!」
気まずくなるから、もうちょっと何か言ってくれ。
だが、楽しそうにクスクスと笑うシルフ。俺の顔をじろじろと舐めるように見てくる。
しかも、羽が顔に触れるくらい近くで、……ってか近すぎる! 距離感ゼロでグイグイくる、遠慮のないタイプだ。
そんなシルフは、超ごきげんって感じだったが、俺の方はモンスター狩りの稼ぎ場が消滅して、地味に凹み中。
こんなことなら、もう少しレベル上げしてから助ければよかったと、後悔する。
「……もう、いいかな。時間がないし、俺は帰るわ。達者でな」
俺はそそくさとマスクを被り直し、帰り支度を整える。
「ええっ! もう行っちゃうの!? 私、久しぶりに解放されたんだよ! この感動に、もうちょっと、付き合ってくれてもいいじゃない!」
シルフがズタ袋の裾をぐいっと掴んで引き留める。
──何だよ、この自己中すぎる精霊は。
お淑やかさとか、神秘性とか、そういうのどこ行ったんだよ。……って、ちょ、首! 首が締まってるから、引っ張るなよ!
「ねえ! 私が誰かわかってる? 精霊だよ、風の精霊シルフだよ! そこらの妖精もどきと一緒にしないで! 今なら、加護がもらえるチャンスなんだから!」
「……加護?」
その単語に、俺はハッと動きを止める。
精霊の加護といえば、れっきとした“特殊スキル”だ。属性に応じた能力をゲットできる、激レアボーナス。
俺は慌てて向き直り、土下座一歩手前くらいの勢いで、深々と頭を下げた。
「……加護ください、シルフ様!」
これは思ってもみなかった特典付与だ。まさかこんな展開になるなんて、攻略サイトにも載ってないぞ!
「よろしい! 私から君に授ける精霊の加護は、3つあるよ。そのうちのひとつを選んでね」
シルフが胸を張って宣言すると、目の前にふわりと選択画面が浮かび上がった。
1.《そよ風の結界》 風を体にまとわせ、防御力を高める。
2.《渡りの羽根》 二段ジャンプが可能になる。
3.《風駆けの祝福》【敏捷】アップする。
俺は真剣に考える。
出された選択肢をひとつひとつ吟味する。
1.の《そよ風の結界》は……、うん、悪くはない。だが、俺にはすでに《自動回復》があるのだ。防御を固めなくても回復でカバーできるから、優先度は低めだ。
2.の《渡りの羽根》は……、正直ちょっと惹かれる。二段ジャンプとか少年の心をくすぐるよな。だが実用的かって言われると……、完全にネタスキル。
となると残るは3.の《風駆けの祝福》だ。【敏捷】アップは手堅いし、動きが速くなるってことは、広い意味で【時短】にもなる。俺のスキルとの相性も、かなり良さそう。
──ということで、消去法で、3番に決定!
その旨を伝えると、シルフは俺の手をそっと取り、さっきまでの騒がしさが嘘のように、神妙な面持ちで祈りの言葉を紡いだ。
「風の精霊の名において──、エリクの行く先に、幸あらんことを」
ふわりと頬を撫でる柔らかな風。
温もりが体の芯に染み込むように広がり、──次の瞬間、体がすっと軽くなるのを感じた。
──これが、精霊の加護か……。
まさか奴隷生活の真っ最中で、こんな神イベントを引き当てるとは。
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【名前】エリク・ダークベルク
【種族】人間(転生者)
【年齢】12
【職業】奴隷
【Lv】4
【EXP】1011/4000
【HP】40/40
【MP】22/22
【攻撃力】8 【防御力】12
【敏捷】100 【魔力】19
【運】3
【スキル】自動回復Lv4
CT短縮Lv3
【魔法】無属性魔法マナバレット
【属性】風駆けの祝福
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……んんっ?
【敏捷】の数値が──100!?
ひゃくって、どんなん?
まさかこんなに上がるなんて……、風の精霊さん、やけに大盤振る舞いじゃないですか!
「これで、君の敏捷性は、人を凌駕するものになったよ」
にっこりと微笑むシルフ。
そんなあっさり“超越した”みたいに言われてもちょっと困る……。
けど、その言葉どおり、体の軽さが尋常ではなかった。まるで風の中に溶け込んでいくみたいな、そんな感覚。
足元から得体の知れない“何か”が俺を突き動かす。
──何だろう、この衝動は……。
理由はわからない。
けど、俺の足が、走りたがっている!
ヤバい、走りたい!
いやもう、これ、走るしかないだろ!
気づけば、考えるよりも先に体が勝手に動いていた。
俺は唸り声を上げ、森の中を駆け回る。
「うおぉおおおおおおおーーーっ!!」
──【敏捷】100。
いやこれ、完全にオーバースペックじゃねぇか!!




