第31話 最終決着、ゲネスを討て!
──屋敷に緊張が走った。
部屋にいた全員が息をひそめ、Xの動きを見守っている。
彼女は、堂々と手にした書類の束を高く掲げた。紙の角がきらりと光を反射し、まるで鋭い刃のように空気を切り裂く。
「ワタクシの名は──X。ダークベルク家に仕えながら、密かにゲネスの身辺を調査していました」
その言葉に、誰もが衝撃を受けていた。
ゲネスは目をむき、クラウディアは息をのみ、その他大勢はポカンと口を開けて固まっている。
まあ、俺は知ってたけどね。
「これらの書類は、イレーネの政情不安、そしてオレオスでの要人襲撃。そのすべてに、ゲネスの関与を示す決定的な証拠であります!」
バァンッ! と、Xが書類の束をテーブルに叩きつけた。
その勢いで、ハラハラと紙が宙を舞い上がる。
「わ、私は知らん。そんなもの、み、見たこともない……!」
動揺が限界突破したゲネス。
奴は椅子からよろよろと立ち上がり、苦虫を噛みつぶしたような顔で書類の山を凝視する。
額には、すでに滝のような汗が流れ、手はぷるぷる震えっぱなし。
どう見ても“無実を訴える善人”とは思えなかった。
「誤魔化しても無駄です。この重要機密書類には、すべてゲネス本人の署名が記されています。これこそが証拠と言わずして、何と言いましょう!」
Xは氷のように冷静な声で言い放った。
書類の中には、ポイズンダガーの仕様書、麻薬取引の契約書、要人襲撃の司令書、そして、ご丁寧に売上帳簿までつけていた。
しかも全部、ゲネスの署名入り。
──悪党のくせに、事務処理だけはやたら丁寧だな、こいつ!
「ぐっ……! これは、違う! ……秘書が、勝手にやったことだ!」
あ〜出たよ、出ましたよ。
秘書のせいにして逃げる、あの常套手段。
だが、それはさすがに無理がある。
決裁書類には自筆の署名に加えて、辺境伯の印章までバッチリ押されていた。これを“他の誰かがやった”なんて言い張るのは、さすがに無茶だ。
「ぐ、ぐぬぬぬ……!」
ゲネスの口から、奇妙な唸り声が漏れる。
眉間に血管を浮き上がらせ、顔面は真っ赤なトマトみたいだ。
「執事セルヴァは、実は魔術師でもありました。彼が逮捕されたことで、これら証拠を隠匿するために張られていた結界魔法に、風穴を開けることができたのです」
Xの言葉どおり、あの性悪執事はなかなか腕のいい魔術師だった。あの強固な結界魔法は、セルヴァの魔力に依存していた。
Xも長らく苦戦していたようだが、セルヴァが拘束されたことで魔力の供給が途絶え、結界は弱体化。
その結果、ようやく内部の証拠を引きずり出すことができた、というわけだ。
完璧な流れではないか。
まさに急転直下のどんでん返し。
ついに、ゲネスの尻尾をがっちり掴んだのだ。
──やったね、でかしたX!
と、ドヤ顔で事態を見守っていた俺だが──実は、Xの顔を見るのは、これがはじめて。
最初はまったく気づかなかったが、じーっと見つめているうちに、ピンと来た。
──ああっ! あの時の使用人か!
思い出した瞬間、頭の中でパッと記憶が蘇る。
俺がこの屋敷で孤独に奴隷仕事をしていた頃、気軽に話しかけてきた、あの使用人の女だ。
「坊や」なんて声をかけられて、さりげなく労ってくれたのを思い出した。
……まさか、彼女がXだったなんて。
「エリク様、おかえりを心よりお待ちしておりました」
うやうやしくお辞儀するX。
いつもは精神魔法による脳内会話だったから、てっきり、どこか遠くの方から遠隔でサポートしてくれていると思い込んでいた。
──それがまさか、こんな近くにいたなんて。
「ずっと、そばで支えてくれてたんだな。……ありがとう、X」
彼女がいなければ、俺はここに辿り着けなかった。今さらだけど、自然と感謝の言葉が口に出た。
ちょっとばかりしんみりしていると、クラウディアが場を切り裂くようにビシッと声を上げた。
「ゲネス! 貴様をアルヴァロス王国法違反の罪で逮捕する!」
部屋の空気がピンと張りつめ、誰もが息を呑んだ。
視線は一斉にゲネスの一点へ集中する。
ゲネスはわずかに眉をひそめ、目を閉じた……かと思うと、次の瞬間には、口角を吊り上げ、ギロリと鋭い目で睨み返してきた。
「ふんっ! 私を追い詰めたつもりか? 笑わせるな!」
ゲネスは剣を抜いた。
そしてゆっくりと反撃の構えを取る。
するとその身体から、怒気とも闘気ともつかない圧が立ち上る。
「よく聞け、小虫ども。私はアクシア辺境伯にして、“剣聖”の頂に立つ者。我が刃の前では、いかなる者も抗えぬ!」
──どうやら、最後まで悪あがきをやめる気はないらしい……。
とはいえ、こいつはただの領主ではない。魔物の前線で場数を踏んできた、本物の辺境伯だ。剣の腕前だけは、冗談抜きで本物。
しゃあない。俺も見物モードは終了するとしよう。
実戦モードに切り替える。
「ここは、俺に任せてくれ」
そう言って、俺は静かにゲネスの前へ歩み出た。
「ふん。子どものお前が、私の相手になると思っているのか?」
──いやいや、領主殿。大事なこと忘れてませんか?
俺はSランク冒険者なんですけど?
名実ともに“最強クラス”なんですけど?
見た目はちっこい12歳でも、中身とスキルはガチなんだぞ。
「エリク……お前の顔を見るたび、あの忌々しい兄の面影がよぎった。それがどうにも我慢ならなかった」
──そうか、そんな理由で俺を奴隷にしていたのか。
「お前はここで死ぬがいい。だがその前に教えておこう。兄のフィリップを殺したのは、この私だ!」
一瞬、世界が止まった。
そしてゲネスは、底知れぬ悪意を漂わせ、声を上げて笑い出した。まるで、部屋全部が悪魔の口に飲まれたみたいだった。
──こいつ何開き直って、とんでもないことをバラしてんだよ。
クラウディアもXも、騎士団も皆血の気が引いたように青ざめている。
原作を知っている俺は、まあ……薄々わかってはいたけど。
うん、やっぱりか、って感じだよな。
「──我が刃の前に、跪いて散れぇッ!!」
ゲネスが怒号とともに踏み込んできた。
剣が唸りを上げ、渾身の力で振り下ろされる。
──ズドォォォーーン!!
凄まじい衝撃が部屋を揺さぶった。
壁がみしみしと鳴り、床がビリビリと震える。
そして剣は、確かに俺の体を貫いた──ように見えた。
「な……、なぜだ……!?」
ゲネスの顔が、面白いくらいに引きつっていく。
そんな顔をするなら、最初から挑発なんてしなきゃよかったのに。
剣は間違いなく俺の体をとらえている。
なのに、俺はぴんぴんしていた。
──バカだなこいつ。
まんまと俺に攻撃を加えやがった。
まあ、ある意味、これを待っていたんだけどな。
俺のスキル、《自動回復》と《CT短縮》はレベルマックスで備わっている。つまり、ダメージを受けても一瞬で全回復。
さらに、追い討ちのように《狂戦士の咆哮》が発動する。一瞬でもHPが20%以下になると発動する特殊スキルだ。
その瞬間、体の奥底から力が湧き上がった。うん、この感覚。完全にチートモード突入だ。
──今や、俺の全ステータスは10倍。
「うむ……。この俺に本気を出させたことは、素直に褒めてやろう。だからといって、手加減してやる理由にはならないがな」
──制限時間は5秒。
では、さっそく処刑といきますか。
俺はたじろぐゲネスに向かって助走を取った。
そして床を蹴り上げると、まるで放たれた矢のように一直線に、ゲネスの腹にドロップキックを叩き込んだ。
──ドッガァァァァァァァァァンーーッ!!
「ふごぉおおおおおおおーーッ!!」
ゲネスはくの字になって、ド派手にぶっ飛んだ。
俺の10倍増しドロップキック──その威力は凄まじく、ゲネスの体が屋敷の壁を次々ぶち抜いていく。
──バキバキバキバキバキバキバキィーーッ!!
ゲネスの姿が見えなくなるほど遠くに飛ばされ、ようやくそこで止まった。
最後にめり込んだ壁に“人型の穴”を作ったまま、ぐったり気絶していた。
──ふんっ、今回も楽勝だったな。
いやぁ……やっぱ俺って、最高にイケてるSランク冒険者だわ、ふふん。
「エリク君!」
「エリク様!」
クラウディアとXが俺の元に駆け寄ってきた。
ふたりとも、勝利の喜びで目をキラキラと輝かせている。
──これで、“原作破滅エンド”は完全回避だ。
ゲネスはぶっ倒れて逮捕確定、武装蜂起ルートもきれいさっぱり消滅した。屋敷の壁は派手に壊したけど、まあ細かいことはどうでもいい。
長かったようで決着は一瞬……ってか、我ながら今回の計画、マジで完璧すぎた。
これで、俺は名実ともに“自由”を手に入れたのだ。
ようやく俺の念願が叶う。
──さあ、ここからは全部俺のターン。無双モード、解禁だ。




