第30話 辺境領アクシアへ
──必ずゲネスに鉄槌を下す。
俺はもう、奴の首根っこを掴んで吊るしてやる気満々だった。今こそ、あの悪徳領主をガッツリ懲らしめてやる時だと。
だが、クラウディアの顔は真っ青だった。いつものキリッとした団長フェイスはどこへやら。
「エリク君、すまない……」
しょんぼりと、肩を落とすクラウディア。
おいおい、ちょっと待てくれ。なんで謝る流れになってんの?
ポイズンダガーの密造、魔薬の製造、そしてイレーネの弱体化工作。どれも証拠はバッチリのはずだろう?
──まさか、ここにきて“想定外”イベント発生か?
「ゲネス捕縛の手続きを進めていたのだが。……向こうが一枚上手だったようだ」
クラウディアは眉を顰め、苦々しい声で言った。
聞けば、拘束したセルヴァから、自白が得られなかったらしい。
──まさか、セルヴァの単独犯ってこと?
いや、違う。そうじゃない。
クラウディアの話によると、セルヴァはこう供述したという。
事件の首謀者は、ゲネス本人ではなく、その息子ワルロ・ダークベルクだと。
──って、あのバカ息子が!?
いやいやいや、待て待て待て! 絶対にそれはあり得ないだろ! あの能天気ボンボンバカに、そんな頭脳プレイができるわけない!
バカ息子の取り柄なんて、俺の足を引っ張ることくらいしかなかったぞ!
……だが、現実は非情だ。
シナリオは、俺たちの思うようには進んでいなかった。
セルヴァの供述を裏付けるように、ゲネスはすでに裏で動いていた。
ポイズンダガーを使った襲撃事件も、魔薬の密造も、すべて“バカ息子”ワルロの仕業ってことにして、国王への報告を先に済ませていたのだ。
しかもその上で、ワルロを国外追放にして“潔白のアピール”までしっかり完備。
刑を執行することで、この一連の事件を“解決済み”に仕立て上げていた。
──まったく、ゲネスの自己防衛スキル、レベルカンストだろ、コレ。
「ああ〜〜、マジでムカつく!」
こういう立ち回りだけは異常に早いんだよな。悪事がバレた時の逃げ道まで、最初から計画に組み込んでやがったんだな。
……にしても、あのバカ息子、今頃どうしているんだか。
正直、鬱陶しい奴ではあったが、実の父親に罪を擦りつけられるのは、さすがにちょっと気の毒だ。
ま、原作じゃあその“濡れ衣役”が、俺だったんだけどな。
アクシアを抜け出しておいて、ほんっっっとうによかった!
「すまない、エリク君……。私の力不足だ……」
クラウディアの声は震えていた。握りしめた拳が白くなるほど強く、悔しさが滲み出ている。
「おいおい、そんな顔するなよクラウディア。眉間のシワが増えちまうぞ」
俺は軽く笑ってみせた。
「まだ決着はついてない。むしろ、これからが本番だろ」
「……エリク君。まさか、他に手があるのか……?」
クラウディアが半信半疑の目を向けてくる。
俺はドヤ顔で親指をビシッと立てた。
「もちろんあるさ。クラウディアは最初の手筈どおり“国王の捜査令状”をゲットしてきてくれ」
「わかった。エリク君を信じるよ」
俺には秘策があった。このカードを切れば、ゲネスの化けの皮なんて、ビリっと一発でひっぺがせるはずだ。
そして、その日の夜明け。
俺たちはゲネスを捕らえるため、再びオレオスの地をあとにした。
* * *
それから、クラウディア率いるオレオス騎士団と俺は、正式な捜査令状を携えて、辺境領アクシアへと入った。
さすがに国王陛下の署名付きとなれば、ゲネスといえど門前払いはできないらしい。難なく領内に入ることができた。
王様の権力、恐るべし。
俺にとっては久しぶりのアクシアだった。この地で、俺は“奴隷”として人生をスタートさせたのだ。
景色は何ひとつ変わっていなかった。変わったのは……俺の方。
今や俺はSランク冒険者だ。
あの時、蔑んで笑っていたゲネスが、今の俺を見たらどんな顔をするだろうか。
──さあ、再会の時間だ。
俺たち騎士団一行は、ついにゲネスの屋敷へと辿り着いた。
アクシアの衛兵どもが『お前ら何しに来た?』とでも言いたげな目でギロリと睨んでくる。
──うわぁ……これ、完全に刑事ドラマの“ガサ入れシーン”じゃん。
俺、主役ポジションじゃね?
妙なテンションになりながら、俺はクラウディアと数人の騎士を引き連れ、重々しい廊下を進んだ。
そして案内されたのは、屋敷で一番ゴージャスで広い部屋だった。
そこに、あのゲネス・ダークベルクがいた。
──相変わらずムカつく顔面だな。
ゲネスはふてぶてしく椅子にふんぞり返り、余裕たっぷりの表情を浮かべていた。
「私はオレオス騎士団、団長クラウディア・ハイス。ポイズンダガーおよび魔薬密造容疑で、捜査させていただきます」
クラウディアの声は静かだが、芯のある鋭さがあった。
対するゲネスは眉ひとつ動かさず、まるで自分が“裁く側”であるかのように見下ろしてきた。
「今回の事件の報告は、すでに国王陛下に伝えたはずだが?」
「まだ、我々の捜査は済んではいません。ゲネス閣下には、捜査に協力していただきます」
クラウディアは一歩も引かず、冷静に言い返す。
空気が一瞬、ピンと張り詰めた……と思いきや、彼女の隣にいた俺を見るなり、ゲネスはニヤリと口元を緩めてみせた。
「おお、エリクではないか。ずいぶん立派になったものだな」
まるで旧友にでも会ったかのような口ぶりだ。この男の図太さには、感心するどころか、むしろ呆れる。
「お前も聞いているだろう。この事件の首謀者が、私の息子ワルロだったということを」
何をぬけぬけと抜かしてやがるんだ……。息子を身代わりにして逃げる父親がどこにいるかよ……。
「あの愚息が裏で部下を使い、勝手な真似をしていたのだ。まったく……あれは弱さゆえに暴走する。エリク、お前もよく知っているだろう? ワルロの無能ぶりを」
たしかに、ワルロはどうしようもないバカ息子だ。
だがな、実の子に罪をなすりつけるお前は、もう外道の極みじゃないか。
「お前がSランク冒険者になったと聞いて、実に驚いた。私は昔から、お前の才能を誰よりも理解していたつもりだ」
……どの口がそんなことを言うんだ。
その割には随分と好き勝手やってくれたじゃねえか。俺はお前に奴隷にまで落とされたんだぞ。
才能を“理解してた”なら、せめてもうちょいマシな、スタートラインに立たせろよな!
「恥を忍んで、父として私自らが処断した。これで違法な武器や魔薬の蔓延を根絶できる。事件解決に尽力してくれたクラウディア・ハイス殿には、心より感謝を表したい」
よくもまあ、そんな白々しいことを堂々と言えたもんだ。
これで“幕引き”にするつもりか?
──だが、絶対にそうはさせない。
急にアホくさくなった俺は、大きくため息をつきつつ言った。
「で、言い分はそれだけか? いや、聞かなくても分かるけどさ。正直、もうちょっと面白い弁解を期待してたんだが」
「……」
「ゲネス……、俺がここに戻った理由はひとつ。お前を地獄に叩き落とすためだ。首謀者は、紛れもなくお前だ」
わずかに眉をひそめるゲネス。
さっきまでの余裕の笑みは、完全に消えた。
「エリクよ……、何か証拠があって言っているのか?」
「ああ、もちろんあるさ」
──証拠は、すべて揃えてある。
次の瞬間、部屋のドアが、バァンッと勢いよく開いた。
両腕に分厚い書類の束を抱えた人物が、颯爽と現れた。
「ここに、ゲネスの関与を裏付ける資料があります!」
高らかに宣言し、俺たちに物証を見せつけた。
──彼女の名前は、X。
この屋敷でゲネスの悪事を暴こうと、潜入捜査を続けていた俺の味方だ。
これが、俺の切り札だった。
Xが持っていたのは、ゲネスの関与を裏付ける“動かぬ証拠”だ。
それを目にした瞬間、ゲネスの顔が凍りついた。
「……貴様、どうしてそれを!」
ふふん……。
待ってたぜ、この瞬間を。
俺を奴隷に突き落とし、好き放題振り回してきたツケ、全部まとめて清算してもらう。
──さあ、覚悟しろよ、ゲネス! これから地獄を見せてやる!




