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第28話 襲撃犯、全力で追ってみた

 ──ここはオレオス騎士団庁舎。


 やたら威圧感のある石づくりの廊下を抜け、重厚な扉をコンコンと叩く。


 中から声がして執務室に入った。


 すると、俺の目に飛び込んできたのは──書類の山! 山! 山!


 そこには、机が沈みそうな勢いで積まれた書類と格闘するクラウディアがいた。


 ペンを握る手つきはもはや剣技の域だ。“執務の女王”ここにありって感じでキビキビと書類を処理している。


 そんなクラウディアが、俺の気配に気づいて顔を上げた。


 そして、すっと眉を上げ笑顔を作った。


「エリク君、待っていたよ」


 俺がここに来たのは、クラウディアにどうしても伝えたい報告があったからだ。それは、昨日イレーネの洞窟クエストで起きた一連の出来事だ。


 俺は一つずつ状況を説明する。


 風の精霊シルフが呪いをかけられ、モンスター発生源として利用されていたこと。


 そして、彼女の証言から、犯人があの性悪執事セルヴァであると判明したこと。


 さらに、その目的がイレーネ領の弱体化を狙った、計画的な策略であるということも……。


 報告の途中、「シルフをモンスター製造機にしてレベル上げした」と、うっかり口を滑らせた時は、クラウディアに苦笑されてしまったが。


 ともあれ、すべて話し終えると、クラウディアは眉をひそめ、静かに息を吐いた。


「そうだったのか……。まさか、ここまで手の込んだことをして来るとは……」


 クラウディアの表情には、怒りと深い憂慮が入り混じっていた。


 いつも冷静沈着な彼女が、ここまで表情を変えるなんて。


 ……いや、怒った顔、普通に怖いんだが。


「イレーネ領はオレオスの防衛線としても重要な場所だ。そこを崩されるのは、我々にとっても脅威となる……」


 クラウディアの声色から、事の深刻さがはっきりとうかがえた。その言葉のひとつひとつが、部屋の空気を張り詰めさせていく。


 しばらくの沈黙のあと、考えを巡らせていたクラウディアは、決意を固めたように口を開いた。


「……実は、私からも、エリク君に伝えたいことがあるのだ」


 そう告げると、クラウディアは机の引き出しをそっと開け、慎重な手つきでひとつの包みを取り出した。


 そして、淡い布に巻かれたそれを、静かに机の上に置いた。


 布をほどくと、あらわになったのは、黒く鈍い光りを放つ短剣だった。


「ポイズンダガー……?」


 俺は思わず声を漏らした。


 見た瞬間、俺の脳内センサーが“危険物注意”って赤ランプを点滅させた。


「これは、ルーク様襲撃の際、犯人が現場に落としていったものだ」


 ──これが、犯人の遺留品。


 一見するとどこにでもある短剣にしか見えない。だが、刃の根元から刃先まで、細い溝が刻まれていた。


 これは、毒液を流し込むための仕組みだ。


 相手にほんのかすり傷でも負わせれば、致命毒をドバッと注入するという代物である。


「これは我が王国で厳しく規制されている、極めて殺傷能力の高い武器なのだ」


 聞けば、ポイズンダガーは通常のルートでは絶対に出回らない、ヤバい代物らしい。


 製造したら即アウト、密造が見つかれば、その場でお縄。


 そりゃあ、クラウディアが烈火の如く怒るのも無理はない。こんなものでルークを襲ったのだから。


 それに、毒を使うなんて明らかに騎士道の精神から外れている。


「これは戦場の掟を踏みにじる卑劣な武器だ。私はこんなものを使う犯人を許しはしない」


 クラウディアの瞳が鋭く光る。


 王国的にも、道徳的にも、あと倫理的にもアウト。とにかく、こんなヤバい武器は危険物指定されて当然だ。


「我々はこの遺留品を手がかりに、秘密裏に犯人の特定を進めていた。そして、つい先日、この武器を違法に扱っていた人物を突き止めた」


 ──おお、特定したのかよ!


 俺がクエストに明け暮れている間に、裏でそんな進展があったとは。


 仕事が早いなクラウディア。


「その人物は、イレーネとアクシアの領境を往来する交易商だ。私はその人物が襲撃犯とつながっていると見ている」


 ──なるほど。交易商から犯人へつながる線が見えてくるわけか。


 泳がせておいて、決定的な現場を押さえるってわけだな。


「エリク君の力を、私に貸してくれないか」


 クラウディアが真っ直ぐに言った。


 その瞳には、一片の迷いもなかった。


 俺は直感した。


 クラウディアは、本気で勝負に出るつもりだ。これまで防戦一方だったオレオスが、ついに反撃へと舵を切るのだ。


 俺だって、このままゲネスに自由にさせるつもりはない。


 あいつとは必ず決着をつけ、原作の破滅ルートを完全に回避しなければならない。


 その時が来たのだ。


「──わかった」


 俺はぐっと深く頷いた。


 この戦いを、クラウディアと共に挑む覚悟だ。



 * * *



 辿り着いた先は、ひと気のない小さな村だった。アクシア領の外れにある、名も知らぬ集落だ。


 かつては、交易の中継地点としてそれなりに栄えていたらしいが、今は荒れ果てていて、建物の半分が空き家状態になっている。


 俺とクラウディアは見通しのいい丘の上に身をひそめ、村の様子を伺った。


「予定では、もうすぐのはずだ……」


 クラウディアが静かに呟く。


 情報によれば、今日、この村で大きな動きがあるという。


 果たして、辺境伯ゲネスのしっぽを掴むことができるのか。


 そんな思いが胸をよぎった頃、一本道の先から、馬車がゆっくりと近づいてきた。そしてそのまま、村の小さな教会の前で止まった。


「あれが、交易商の馬車だ」


 御者が周囲を見回しながら軽く手で合図を送ると、馬車の中から数人の男たちが降りてきた。さらに建物の影に隠れていた連中も、ぞろぞろと姿を現した。


 どいつもこいつも、しきりに周囲を警戒している。


 ──見るからに怪しい動き。


 すると、クラウディアがピシャリと声を上げた。


「いたぞ! あのハゲ頭の男だ!」


 視線の先には、俺たちがマークしていた交易商がいた。部下らしき男たちに、テキパキと指示を飛ばしている。


 ──男の名はディトマー。


 表向きはやり手の商人として名を馳せているが、裏では違法な取引に手を染めているようだ。


 ──こいつが、違法なポイズンダガーの取引に関わっていたのか……。


 男たちは教会の扉を開け放つと、何かを両手に抱え運び出してきた。


 それは素焼きの壺で、ひとつ、またひとつと、手際よく馬車の荷台に積み込んでいく。


「いったい、何をしているのだ……?」


 俺もクラウディアも、思わず首をかしげる。


 壺はどれも慎重すぎるほど丁寧に扱われていた。ただの物資にしては、あまりにも用心深い。


 ──これは、怪しすぎる。


 ポイズンダガーの出どころを追ってきはずが、展開はまったく違う方向へ……。教会を隠し場所に使うなんて、想像以上のヤバさだ。


 しばらく作業が続いたあと、ようやく壺の積み込みが終わった。


 馬車はカラカラと音を立ててながら村を離れ、イレーネ領へと続く街道を進む。


 その様子を見届けた俺は、クラウディアと視線を交わした。


「……あの馬車、このまま見逃すのか?」


「いや、そうではない。イレーネ領内に入ったら、あの馬車を検問する手筈だ。そこで積み荷を確認させる」


 なるほど、さすがクラウディア。すでに手は打ってあったか。


「じゃあ、俺たちはこれからどうするんだ?」


「今から教会に潜入する。何が隠されているのか、それを突き止めよう」


 ──おお、ついに来たぞ。潜入ミッションだ!


 まるで映画のワンシーンみたいでワクワクする。


 気分はすっかりスパイ映画の主人公。


 俺たちは息をひそめ、丘を下った。そして闇に紛れるように、教会の影にそっと忍び寄る。


 教会の扉を押し開くと、静寂を裂くように、キィーっと小さな音が響いた。


 ここが、奴らのアジトだ。


 ──必ず、証拠を掴んでやる。


 こうして、俺たちの反撃は静かに幕を開けた。

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