第25話 騎士団長の独白(クラウディア視点)
──エリク君との出会いは、まさに衝撃的だった。
きっかけは、ギルドから届いた一件の捜索依頼。内容は、ダンジョンへ侵入した冒険者の救出──それ自体は、さして珍しい話ではない。
だが、依頼書を見た私は思わず目を疑った。
──対象は12歳の少年。
冒険者というより、まだ“子ども”と呼ぶほうがふさわしい年齢だ。
新たに発見された未踏ルートの探索中に、消息を絶ったのだ。無謀にも単独行動で、しかも一週間もの間、音信不通という……。
その一文を読んだだけで、事態の深刻さが嫌というほど伝わってきた。
ダンジョンとは、人の理が及ばぬ“死地”だ。一歩判断を誤れば、熟練の戦士でさえ帰らぬ骸と化す。まして、12歳の子どもが、たったひとりで潜るなど、常識では考えられない。
胸に浮かんだのは、冷徹な結論だった。
──生存の望みは、限りなく薄い。
……それでも、
わずかでも生きている可能性があるなら、見捨てるわけにはいかない。私はそう自分に言い聞かせ、ダンジョンの奥へと歩を進めた。
だが、そこで目にした光景は、私の常識を根底から覆すものだった。
──まさか……、そんな、バカな……!?
そこは、もはや“戦場の残滓”と呼ぶべき惨状だった。
周囲にいたはずのモンスターはすべて討伐済み。骸は跡形もなく灰と化し、血の匂いすら残っていない。
そこにあるのは、不気味なほど澄んだ静寂だけ。
その中心に──ひとりの少年が立っていた。
彼はまるで何事もなかったかのように、淡々と次の敵を探していた。まだ幼さの残る顔に浮かぶのは、恐怖でも興奮でもない。
ただ、澄み切った冷静さだけ。
──エリク・ダークベルク。
彼と会った時の衝撃は、今でも私の胸に鮮明に焼き付いている。彼の存在そのものが、私にとって“奇跡”の具現そのものだった。
そして、私はこの日、彼の“力”をまざまざと見せつけられることになる。
少年と接触を果たしたのも束の間、闇の奥から魔物が姿を現したのだ。
その圧倒的な巨体を誇るのは──ミノタウロス。
屈強な冒険者でさえ恐怖で身をすくませるほどの魔物だが、彼は迷いなく、その巨体に向かって突進した。
後から知ったことだが、彼にはダメージを受けることで、一時的に能力が向上する常識外れの特異体質であるという。
しかし、その時の私は、そんなことを知る由もなかった。
私の目の前で、彼は何のためらいもなくモンスターの攻撃を“受けにいった”のだ。
──危ないっ!
私は肝を冷やした。
同時に、これは私の判断ミス──いや、私の完全なる失態だと、強く唇を噛んだ。
だが次の瞬間、彼はまるで当然のように、ふたたび“奇跡”を起こした。
全身から溢れ出した魔力が嵐のように渦巻き、一撃の魔法となってミノタウロスを瞬く間に沈めたのだ。
あまりの光景に、私はただ立ち尽くすしかなかった。
言葉を失い、胸の奥が震えるのを感じた。
戦慄と驚愕が入り混じる中、ひとつの確信だけが、はっきりと浮かび上がった。
──彼は、理解を超えた存在だ。
努力や才能の枠を超えた、常識では測れない規格外の強さを持っていると……。
私は彼に強い興味を抱いた。
もちろん、それは騎士団長としての職務からくる関心だが、正直に言えば、個人的な興味があることも否定できなかった。
少年エリク・ダークベルクには、何か特別で、言葉にはできない魅力があったのだ。
私は彼を庁舎に呼び、じっくりと話を聞くことにした。
かつて彼が、名門ダークベルク家の子息だったこと。そして、先代のフィリップ閣下の逝去をきっかけに権力闘争に巻き込まれたこと。家を追われ、身分を奴隷へと落とされたこと。
彼の口から次々と語られるその事実に、私は胸の奥に複雑な感情が湧き上がった。
憐れみ、驚き、怒り……そして何よりも、彼がどれほど過酷な運命に耐えてきたのかを、痛いほど思い知らされた。
──だが、それでも彼は絶望しなかった。
生き延びるために、そして、いつか“すべてを取り戻す”ために、幼い身でありながら独学で魔法を習得したという。
その努力と意志の強さに、私は言葉を失った。12歳の少年が、これほどの覚悟と力を秘めていたことに、私は戦慄すら覚えた。
彼の話は、初めて聞く者には到底信じがたいものに映るかもしれない。
だが、私たちがこれまでに掴んだ、辺境領アクシアに漂う“不穏な噂”や“影の存在”の情報と照らし合わせると、彼の語る内容には、むしろ驚くほど整合性があった。
まだ彼を“本物のダークベルク”と断定するには時期尚早だ。それでも、彼が信じるに足る存在であることだけは、疑う余地はなかった。
その眼差しの奥に宿る意志の強さと、これまで耐えてきた過酷な運命を思えば、私は自然と肯定せずにはいられなかった。
そして、彼の“奇跡”はまだ続いていた。
──あのレッドドラゴンを、討伐してしまったのだ。
まさに、伝説の再現と言っていい。
その功績により、彼はわずか一戦でSランク冒険者へと昇格した。あまりにも突然で、あまりにもあっという間の出来事だった。
さらにその後、領主グランツ・ラインフェルト様の息子ルーク様を、襲撃から守り抜く功績も残した。
──あの時、彼がいなければ、今頃どうなっていたか……。
おそらく、私はあの場で命を落としていたに違いない。あの戦闘を生き延びられたのは、間違いなく彼のおかげだ。
今、私の目の前では、エリク君によるルーク様への魔法指導が行われている。私は少し離れた場所から、その様子をそっと見守っていた。
ルーク様は、エリク君より3つ年下の9歳。
それでもエリク君を“師匠”と呼び、真剣な眼差しで魔法の構えを学んでいる。年の近さなど関係ないと言わんばかりに、尊敬と憧れが入り混じった表情だ。
それは無理もないことだろう。
ルーク様もまた、エリク君の力を間近で体験したひとりだ。
すでに、彼の持つ不思議な魅力にすっかり引き込まれていた。以来、ルーク様は質問攻めが止まらず、しばしばエリク君を困らせてしまうほどだった。
かくいう私もまた、ルーク様と同じように、エリク君の魅力に取り憑かれたひとりだ。
気づけば私は──亡き弟の面影を、無意識のうちにエリク君に重ね合わせていた。
もし弟が生きていれば、今頃ちょうど彼と同じ12歳。
好奇心旺盛で、少し生意気だが、純粋な瞳をした弟だった。
ふとした仕草や笑顔が、驚くほどエリク君に似ていた。
時折、彼に対して、まるで本当の弟のように接してしまうことがあった。私はそんな自分に気づくたび、戸惑いを覚えた。
彼がSランクに昇格した時は、特にひどく、私は興奮のあまり彼を抱き締めるほど、よろこびを爆発させた。
そんな私を、彼は迷惑そうにしていたが……。
それでも私は願わずにはいられない。
亡き弟を見守るように、この少年の歩む道を見届けたい。
彼がどんな困難に立ち向かい、どんな未来を切り拓くのか、その瞬間を、この目で確かめたい。
彼はゲネスの武装蜂起が3年後に起こると告げた。
まるで未来を見通すかのように、冷静で正確な予見だった。
相手はあの辺境伯。
武力では我々に勝ち目はない。
──だが、エリク君がいれば……。
彼となら、武力衝突を回避しつつ、ゲネスの陰謀を暴き出せるはずだ。
私は確信している──この難局を、必ず乗り越えられると。
騎士団長として、この領土と民を護る者として、そして、ひとりの人間として、私は彼の持つ力と、その力が紡ぎ出す未来に確かな希望を見出したのだ。
そのためなら、この身を厭わず捧げよう。
──私は、オレオス騎士団・団長クラウディア・ハイス。
この名に刻まれた使命を胸に、私は日々を生きている。
領主グランツ・ラインフェルト様に忠誠を誓い、その名誉と誇りを糧とし、民の盾となり続ける。
たとえ、深い闇が迫ろうとも、命を以て守るべきものがある限り、私は決して膝を折らぬ。
いつの日か、新たな繁栄の光が掲げられるその時まで、私はこの地に在り続けよう。




