第23話 戦闘開始……、のはずだった
──戦闘がはじまった。
森は一瞬にして修羅場と化した。
覆面の武装集団とうちの騎士団が、刃を交えながら入り乱れる。
木にぶつかって悲鳴を上げる騎士、転んで泥まみれになる敵、飛び散った葉っぱに埋もれる戦場……。
まさに、死闘そのものだった。
だが、そんな修羅場の中心で、俺は別の意味でぶちキレていた。
──これで、もらえる経験値がたったの2だと……?
ただでさえ、ノロノロ任務でイラついているのに、ここで襲撃イベント発生とは……。
馬は殺されるわ、足止めされるわで、明日の予定まで丸つぶれである。こいつら、俺からどれだけ経験値を奪うつもりなのか。
上等じゃねえか! なら、俺の必殺技を見せてやる!
もはや一切の手加減なしで、片っ端から無茶苦茶にシバき倒してやるつもりだった。
なのに、だ。
意気込んで構えたというのに──
気がつけば、なぜか戦場のど真ん中で取り残されていた。
──あれ? 俺だけ、ぽつん?
周囲を見渡すと、覆面どもと騎士団がキッチリ20対20で組み合っている。
悲しいかな、人数的に俺だけ余っていた。
──なんだよこれ。俺のヤル気を返してくれ……。
まったく拍子抜けにもほどがある。さっきまで、ひとりで燃えていた自分が、急に恥ずかしくなってきたではないか……。
だが、ひとり蚊帳の外にいたおかげで、ふと名案がひらめいた。
こういう時にこそ、機転が利いちゃうのが俺なのだ。
それは、この状況を実は余裕で突破できる……神アイデア。
その名も──『要人、先に連れて帰っちゃう作戦』
このまま、乱戦に突っ込んで要人を守り抜くのは、得策ではないし、俺らしくない。
ここは“プロ時短主義”を貫いて、混乱に乗じて要人をスルッと回収するのが正解だ。
その方が安全だし、何より任務がすぐ終わる。
オレオスに戻って親方から次の仕事をもらえば、本日の経験値ノルマにも余裕で届くはず。
うん、完璧。
我ながら、最高のプランではなかろうか。
──よし、それじゃ作戦開始といこう!
俺は混乱のどさくさに紛れて、いそいそと馬車に乗り込んだ。そしてドアノブに手をかける。
「エリク君、何をしている!?」
ビシッと背中に鋭い声が突き刺さる。
振り返ると、クラウディアが顔を真っ赤にして叫んでいた。まるで裏切り者を見るような目だった。
「えっ、いやあ、その……、ちょっと考えがあって……」
ごにょごにょと言い訳をしながら、俺はドアを勢いよく開けた。
すると、奥の座席に小さな影がちょこんと座っていた。
……おいおい、まだ子どもじゃないか。
そこにいたのは、どう見ても俺よりずっと年下の、あどけない少年だった。怯えた目で、ガタガタと震えている。
「え、ええっ……、な、何……、どうしたの……っ!?」
と、戸惑う少年。
俺はできる限り、爽やかさ100%の笑顔をひねり出す。
「大丈夫だから。怖がらなくていい。それより、ここから出よう。今から俺が、オレオスまで送り届けるから」
「で、でも……」
俺は少年の手を取り、半ば強引に外へ引っ張り出した。
そして、迷いなく──ひょいっと抱き上げる。
少年、フリーズ。
俺、ドヤ顔。
「──行くぞ! しっかり掴まってろよ、少年!」
「えっ、えっ!? ま、待ってよ……!?!?」
俺は馬車から飛び降りると同時に、スキル《風駆けの祝福》を発動した。
次の瞬間、空気がバチンと弾け、世界が一気に“早送りモード”に切り替わる。
そのまま、猛スピードでオレオスへ向けて駆け出した。
「ギャアァァァァァァーーッ!!」
悲鳴を上げる少年。
風圧で髪が逆立ち、涙とヨダレが美しいシュプールを描いていた。
このスピード、慣れていない人間には地獄だろう。だが、悠長にしている暇はない。
“時短主義”に、減速という概念はないのだ!
──少年よ、踏ん張ってくれ!
俺は土煙を巻き上げながら、森の中を一直線にぶっ飛ばした。
木々が流星のように後ろへ消えていく。
そして、あっという間に、オレオスの街並みが視界の奥に浮かび上がった。
──さすが俺の【敏捷】145。
これはもはや単なる移動手段じゃない。
領地をひとっ飛びどころか、大陸横断も余裕でいけるレベル。
──よし、そのまま街に突っ込むぞ!
目指すは騎士団庁舎だ。
俺は最短ルートで駆け抜ける。
あまりの速さに、道ゆく人たちは風しか感じていなかった。誰ひとりとして、少年を抱えてダッシュしている俺に気づかないのだ。
これは願ったり叶ったりだった。
おかげで、要人の身元もバレずに済むのだから。
一瞬で庁舎に到着すると、勢いそのままに階段を駆け上がる。そして、いつもの部屋の扉をバーンッと開けた。
──よし! 到着!
俺はぐったりした少年を、そっと椅子に座らせた。
「君はしばらくここにいて。俺は現場に戻って、クラウディアと戦ってくる」
「……」
少年は白目を剥いたまま、背もたれにだらりと沈んでいた。口元には、うっすらとヨダレあとが。
──完全に、意識飛んでるな、これ……。
まあ、無理もない。
ひとまずこのまま、ここで眠ってもらうことにしよう。
「よし! 戦いに戻るか!」
俺は再びスキルを発動し、騎士団庁舎からバキュンと飛び出した。土煙を巻き上げながら、マックススピードで現場へ駆け戻る。
すると、十秒も経たないうちに、戦場が視界に飛び込んできた。
クラウディアたちは、まだ激しく斬り込んでいた。
剣と剣がぶつかる火花、荒い息づかい、張り詰めた空気──そのどれもが、まさに“死線”だった。
「今戻ったよ、クラウディア!」
「君はどこで何をしていたんだ!」
クラウディアが、半ば怒鳴るように叫んだ。
「……いや、そのう……、中の人を、オレオスまで届けてきた」
「なっ、なにっ! オレオスに……!?」
敵と刃を交えながら、クラウディアの目が点になる。ちゃんと説明したいところだが、それは後回しだ。
今は、目の前の敵を片付ける方が先決だ。
──よし! とりあえず、まとめて吹き飛ばす!
「マナ・コントロール!」
──バコォンッ!!
「うわぁああああーーッ!!」
覆面集団が、まるでボウリングのピンみたいに、まとめて吹っ飛んだ。転がり方まで綺麗にそろって、見事すぎるストライク。
「……まっ、魔法使いがいるなんて、情報にはなかったぞ!」
うろたえる敵の声が森に響く。
──悪かったな、魔法使いがいて。
敵の叫び声を聞きながら、俺はニヤリと笑う。
形勢は一気に逆転した。
押され気味だった騎士団は、勢いを取り戻す。
敵は足並みを乱し、じりじりと後退をはじめた。
「いいぞ、相手は怯んでいる。ここで一気に畳みかけろ!」
クラウディアの鋭い檄が飛ぶ。
騎士たちが気勢を上げ、前へと踏み込んだ──その瞬間。
「……全隊、退却だ!!」
覆面のリーダーの号令とともに、まばゆい光が弾け、魔力がドンと炸裂した。
「──っ!?」
視界が一瞬で真っ白に塗りつぶされ、敵の気配を見失う。
やがて光が収まった時には、すでに覆面集団の姿はなかった。
「──テ、テレポートか!」
どうやら、敵は転送可能な魔道具を持っていたようだ。そこにいた誰もが、敵のいなくなった森で呆然と立ち尽くしていた。
──くそう……、取り逃したか。
どこまで抜け目ない奴らなんだ……。
火力、装備、練度──どれを取ってもハイレベルで、一挙手一投足まで無駄がなかった。まさしく精鋭部隊そのものだった。
──いったい、あいつら何者なんだ……?
「エリク君、ありがとう……。礼を言うよ。君がいなければ、今頃どうなっていたことか……」
クラウディアは肩で息をしていた。
鎧はところどころ裂け、髪も乱れている。あの覆面集団が、彼女にとって相当な脅威だったのは間違いなかった。
「ところで確認だが……、中にいた少年をオレオスまで届けたというのは本当か? それは、君の超人的スキルを使った、ということなのだな……?」
うん、と俺は小さく頷いた。
「……はぁ。まったく、君ってやつは、破天荒すぎる……。私はまったく頭がついていかない……」
クラウディアは額に手を当て、ため息をついた。
たしかに、あの一瞬でオレオスまで行って帰ってきた、なんて言われても、理解できるやつはいないだろう。
俺にとっては“ちょっとしたランニング”くらいの感覚だったのだが。
──ともあれ、危機は脱した。
今回もあっけなく任務完了。
そんな、ぶっ飛んだ感じで決着をつけた俺だったが、後日、予定通りオレオスの領主に会うことになった。
グランツ・ラインフェルトに謁見するには、今回の一件は絶好の手土産になるだろう。
これでSランク冒険者の実力を、余すところなく見せつけられたはずだ。
そんな、満足げな俺だったけど、ふいにある光景がよぎった。
──あっ! 忘れてた!
俺は大事な“要人”を騎士団庁舎に置きっぱなしにしていたのだ。
気絶していたとはいえ、今ごろどうなっているだろうか。
大丈夫かなぁ、と気にかける俺だったけど……。そもそも、あの少年って、いったい何者なんだ?




