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第22話 警護任務は退屈だ

 俺はこの日、クラウディアから依頼された“極秘”の警護任務についていた。


 要人を乗せた馬車は、すでにイレーネの中心都市を発ち、オレオスへ向かっている。同行している騎士たちはみんな緊張の面持ちで、まるで今から魔王城にでも突入するかのようだ。


 その車列は、騎士団20名プラス俺、の超・大行列。


 馬はずらり、鎧はピカピカ、旗までバッチリはためいていて、どう見ても“極秘任務”のビジュアルじゃない。


 むしろ、


 ──はい! ここに重要人物いまーす! どうぞ狙ってくださーい!


 って、道端で宣伝してるようなものだ。


 まあ、それだけ“とんでもなく偉い人”が乗ってるってことなのだろう。


 だろう、っていうのは、肝心の“要人”が誰なのか、俺はまったく知らされていないからだ。


 任務の性質上、極秘中の極秘だから……、とのことだが。


 いやいや、俺もこうして護衛として働いてるんだぞ? せめて名前くらいは教えてくれてもよくない?


 そんな感じで、ひとり蚊帳の外の俺は、クラウディアの前にちょこんと跨る形で、馬の上から周囲を警戒していた。


 もちろん、得意の《マナ・コントロール》を使った結界だ。


 集めたマナを薄く広げ、感知網のように張り巡らせれば、半径およそ30メートルの動きはすべて把握できる。


 小さな動物が草むらを走っただけでも、「あ、今あっち行ったな」って分かるくらい精度は高い。


 これなら、敵の奇襲にも、即座に対応可能。


 いやほんと、《マナ・コントロール》便利すぎる。


 警護任務は何事もなく進んでいた。驚くほど、順調に。


 そのせいで俺はというと、ほんの少し、ご機嫌ナナメだった。


 何が不満かって?


 それは単純明快、この任務、とにかく退屈すぎる。


 馬でパカパカと、ただ隊列に合わせて進むだけ……。しかも、拘束時間がやたら長い。


 出発してから、すでに10時間。予定ではオレオスまであと5時間はかかるという。


 途中で休憩を挟むらしく、下手すればもっと伸びる可能性も……。


 これで丸1日潰れるとか、マジで勘弁してくれ。


 ──まさか、ここまで“ゆっくり任務“になるとは……。


 いつも、スキル《風駆けの祝福》でビュンッと、ひとっ飛びしていたせいで、俺の時間感覚は完全に狂っていた。


 この任務が終わったら、さっさと別の仕事に取りかかるつもりだったのに、それも無理なようだ。


 【時短・効率化】こそ信条の俺にとって、何ともじれったい任務だ。


 ──ああ〜、俺の貴重な経験値タイムを返せぇ……!


 心の中で嘆き叫ぶ俺だった。


「エリク君、そんな退屈そうにしないでくれ。我々は君のように俊敏ではないのだから。こうして馬車で往来するのが、普通なのだよ」


 気を遣って俺をなだめるクラウディア。


 ──まさか、俺の心の叫びが聞こえたのか?


 それとも俺、そんなに不機嫌丸出しの顔をしていたのかな?


 一瞬ギクッとしたが、クラウディアはどこか楽しそうだ。


 初めて会った頃の、あのガチガチにお堅い印象はどこへやら。今では柔らかな笑顔で話しかけてくる。


「魔法というのは、不思議なものだな。私には到底たどり着けぬ領域だ。魔力を自在に操るなど、とても想像できない」


 ──こればかりは、持って生まれた適性としか言いようがない。


 ステータスを見れば一目瞭然。


 エリクは完全に魔法使い向きだった。そもそも通常攻撃力より魔力のほうが高い時点で、それは明らかだ。


 それに、スキルに《自動回復》がついていたのも大きい。【MP】をいつも満タンにしてくれるのだから。


 ……その代わり、物理攻撃はからっきしで、武器を使った戦いはどうにも苦手だけどな。


「ところでエリク君、ひとつ聞いてもいいかな?」


「何?」


「君は……アクシアのことに、もう未練はないのか? 私に他領のことをとやかく言う権利はないが、君が受けた仕打ちを思うと、どうにもやるせない……。本来なら、エリク君こそ、アクシアの領主になるはずだったのだろう?」


「まあ、継承順位的には、そうだったな」


 先代の息子であるエリク(=俺)が、アクシアの領主になるはずだったが、そんなことはどうでもよかった。


 俺としては“火あぶりエンド”を回避できたことで、すでに気持ちの整理はついている。


 それもこれも、自分の潜在能力を引き出せたおかげだ。


 俺は今の俺に、十分満足していた。


「未練なんてこれっぽっちもないよ。俺は冒険して、経験値を稼いでいるのが性に合ってるんだ」


「だが、もし君の言うとおり、ゲネスが武装蜂起するのなら、いずれ、君がゲネスを討ち倒すことになる。そうなれば、アクシアを治めるのは、エリク君ということなる」


「だよな……」


 そこが、何とも厄介で、何とも重い。


 俺がアクシアを治める領主になる──正直、その未来はまったく想像できなかった。


 人の上に立つ身分より自由でいたい、なんて言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけた話、ただ単純に面倒くさいだけだ。


 俺以外に適任はいないのか……? 


 いるならそいつに座を譲ろう。


 そんなことを考えていると、頭の中に、パッとひとつの顔が浮かんだ!


 ──ローズだ!


 妹のローズ。


 そういえば、俺はすっかり彼女のことを忘れていた。


 たしか、母親とともにアクシアを追放されたあと、Xの仲間に匿われているはず。何とか探し出したいところだが……。


 ──もう少し待っていてくれ、ローズ……。ゲネスをやっつけたら、必ずお兄ちゃんが迎えにいってやるからな!


「エリク君、悪いことは言わない。よく考えておいてくれ。私は君が領主になることを、陰ながら望んでいるのだ。──それと、ひとつ注文をつけさせてもらう」


「ん? 何だ?」


「この任務が終われば、オレオス領主、ラインフェルト様に会ってもらう。だが、あくまでも“Sランク冒険者エリク”として振る舞ってほしい」


「ああ、その話か……」


 なるほど、今のところ、俺は微妙な立場にあるってことだ。


 もしダークベルク家の血筋がオレオスにいると広まれば、オレオスを巻き込んで事態ががこじれる恐れがある。


 オレオス側が慎重になるのも当然だ。


「今はまだ、アクシアとの関係悪化は望んでいない。だが、ラインフェルト様はエリク君の事情をよく理解されている。きっと力になってくれるはずだ。それだけは信じて欲しい」


 ──うむ。話は飲み込めた。


 俺ひとりでゲネスに対抗するのは無理があるし、やるなら信頼できる協力者が必要だ。オレオスが手を貸してくれるなら、それ以上に心強い援軍はない。


 ゲネスの悪事を暴くには、何より“動かぬ証拠”が要る。それをそろえて、奴を追い詰めることが、原作回避につながる。


 俺はクラウディアの話に、静かにうなずいた。



 * * *



 気がつくと、陽はすでに西に傾きはじめていた。ちょうど馬を休ませる時間だった。予定どおり、泉がある場所で休憩をとることにした。


 そこは、木々が生い茂る森のど真ん中。


 俺はもう、この時点で嫌な予感しかしなかった。


 この場所がとても安全とは言いいがたく、いや、むしろ、絶対何か起きるでしょって空気だ。


 こういう時に限って、面倒ごとがやってくるのが世の常である。


 俺は感覚を研ぎ澄まし、《マナ・コントロール》で結界の精度を最大限に上げる。


 すると、予感は見事的中した。


 ──後方、約30メートル。


 マナの結界が、微かに揺れる。


 ……いる。


 何かが動いている。


 これは絶対に動物なんかじゃない。


 明らかに人の形をしていて、2本の足で地面を踏みしめ、ゆっくりとこっちに近づいてくる……。


「クラウディア! 何か来るぞ! 人間だ、間違いない!」


 俺の叫びで、場の空気が一気に張りつめる。


 これは、山賊か……? いや、それにしては動きに連携が取れている。


 数はどんどん増えていき、森のあちこちから人の気配が押し寄せる。


 ──その数、20。


「皆、武器を取れ!」


 クラウディアの張りつめた声が飛んだ──その瞬間。


 森の奥から木々をかき分け、何かが飛び出してきた。


 ──シュッ!


 ──ヒヒーン!


 飛んできた矢が馬の首を貫き、悲鳴と共に地面に崩れ落ちる。続けざまにもう一頭も射抜かれ、馬車がガタンと大きく傾く。


 馬車を引いていた馬が、同時に2頭やられた。


 どうやら敵は、こちらの足止めに成功したようだ。

 

 ──うわっ! マジで最悪!


 こんなことされたら、オレオス到着がさらに遅れるじゃん!


 ……って、この状況でスケジュールを気にしてるのもどうかと思うが。


 俺はまったく空気を読まず、戦況よりも経験値を失う可能性を心配していた。


 そんな中、ぞろぞろと姿を現した敵は、山賊とは明らかに違う、完全武装した戦闘集団だった。


 俺は怒りに震えた。


 ただでさえ“のんびり護衛モード”でイライラしてたのに、こんなところで足止めなんてふざけんな!


 しかも、この任務の経験値は、たった2ポイント。


 まだ1日分のノルマの半分も届いてねぇ!


 ついに堪忍袋の緒が切れた俺は、奴らに向かって叫んだ。


「おいコラ、お前らぁ! 俺の経験値、返しやがれぇぇぇ!!」


 ──明らかに、俺の怒りのベクトルは完全にズレていた。

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