第21話 Sランクだけど何か様子がおかしい
──それから、数日後。
レッドドラゴン討伐の報せが街じゅうに広まったことで、ギルド周辺はすっかりお祭り騒ぎになっていた。
通りを歩けば、パン屋のおばちゃんが“ドラゴンパン”なるものを焼き、子どもたちは「レッドドラゴンごっこ」と称して、棒を振り回し元気に駆け回っている。
まだ昼間だというのに酒場からは陽気な歌声が響き、行商人たちは「ドラゴン討伐記念セールだよ!」と叫びながら客を呼び込んでいる。
極めつけは、普段は昼寝している犬ですら、尻尾をブンブン振ってハイテンション。
──おいおい、犬まで景気に浮かれるのかよ。
ギルドに入ると、ロビー正面には、俺がお土産として持ち帰ったレッドドラゴンのハンティングトロフィーが、ドーンと豪華に飾られていた。
赤銅色に輝く鱗と、鋭く反り返った牙、そして、今にも噛みついてきそうな形相……。
見上げるだけで背筋がゾクッとするほどの迫力で、「このギルドをナメんなよ」と威嚇しているかのよう。
ついこの前まで人影もまばらだったホールにも、今では冒険者たちがワンサカ詰めかけていた。
そのほとんどが新顔で、談笑する声や装備の金属音、それに酒の匂いが入り混じって、これでもかと活気に満ちている。
──このギルド、急にバブルが来たな。
まあ、それでこそ冒険者ギルドってやつだろう。
ともかく、レッドドラゴン討伐は面倒くさいクエストだったが、終わってみれば大成功。これで“貧乏ギルド”なんて汚名が晴れるなら、安いものだ。
結局、どこの世界でも、景気と見栄が命なんだよな……。
俺はひとり、静かにうなずく。
──だが、変わったのはギルドだけじゃない。
そう。俺自身もまた、大きく変わっていた。
レッドドラゴン討伐を経て、ついに──“Sランク冒険者”へと昇りつめたのだ。
「おめでとうございます、エリクさん! 本日、正式にSランク冒険者として認定されました!」
ギルドのホールに、どっと拍手が湧き上がった。
俺は、壇上でギルドのお姉さんから手渡される認定証を受け取った。
周りを見渡せば、親方や仕事仲間はもちろん、クラウディアやオレオス騎士団まで勢ぞろい。
みんなの歓声が重なって、ホール全体がひとつの熱気の渦みたいになっていた。
「いやあ〜、何だか、大袈裟だなあ〜」
俺はポリポリと頭を掻きつつ、照れ笑いを浮かべる。
続いて、ギルドのお姉さんがうやうやしく差し出したのは、一枚の冒険者カードだった。
それは、Sランク冒険者だけに贈られる特別仕様。
──金色に輝く豪華なカードだった。
「うわぁ、金かかってるなあ〜」
表面にはギルドの紋章と俺の名前が精密に刻まれ、角度を少し変えるだけでキラッと光を弾く。
その眩しさは、まるで「お前はもう、普通の冒険者ではない」と告げているかのよう。
「これで、名実ともに──“最強の冒険者”となられます!」
ギルドのお姉さんが誇らしげに声を張り上げると、ホール中から「おおおーっ!」と割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
あまりに上手くいきすぎて、自分の才能が怖いのだが……。
ついこの前まで“奴隷くん”だった俺が、いまや“英雄”扱い。
【時短と効率化】を信条に、地道に鍛え上げた成果が、実を結んだということか。
レベル頼みじゃなく、スキルを一点集中で極める戦略──これが見事ハマった。
転生して半年もかからずのSランク昇格は、おそらく、この世界で最速記録だろう。
──うむ、さすがは俺。
天才すぎて、自分でもちょっと引くわ。
「やはり、俺の見立ては正しかったってことだな。エリクならSランクも夢じゃねえって思ってたぜ」
親方が、まるで自分が育て上げたかのようなドヤ顔で言う。
「お前にはこれからガンガン働いてもらうぞ!」
「なにせSランク様だからな!」
仲間たちが口々に冷やかしながら肩を叩いてくる。
……おいおい、祝福と搾取がセットなの、やめろ。
そして、クラウディアからは、何と──むぎゅうっっ!! っと、熱い抱擁が飛んできた。
「おめでとうエリク君!! 私は感動しているっ!! 君は天才だ! いや、天才を超えた──“奇跡の男”だ!!」
いつになくクラウディアは興奮している。
「い、痛っ、痛い痛い! 顔が……顔がつぶれるって!!」
ぐいぐい締め上げられ、一瞬息が止まりかける。
祝福されるのはうれしいが、これ完全に物理攻撃レベルだろ!
──褒められるのも、ここまで本気だと拷問だな。
「まさか、あのレッドドラゴンを、たったひとりで討ち倒すとは!」
「しかも、戦い方がめちゃくちゃカッコよかったぞ!」
「君のおかげで、このオレオスも救われたんだ!」
他の騎士団も興奮気味に押し寄せてくる。
腕を組んで大声で褒められるわ、肩をバンバン叩かれるわ、はたまた、頭をぐりぐり撫でられるわで、もう揉みくちゃだ。
──まさに、ベタ褒めの嵐って感じだ。
照れくさいを通り越して、頭がクラクラする。
のぼせそうになりながら、しばらく激賞を受けていると、ふとクラウディアが真面目な表情に戻り、静かに口を開いた。
「実は、エリク君に伝えたいことがあるんだ。我らがオレオス領主、グランツ・ラインフェルト様から、謁見の承諾が下りたんだ」
「おおっーー!!」
またまた周囲から歓声が巻き起こる。
グランツ・ラインフェルト──このオレオスを治める公爵だ。
真面目で正義感が強く、民衆からの信頼も厚い人物といわれている。
だが残念なことに、原作ではゲネスとの戦力差を埋められず、武装蜂起され、不運な結末を迎える役どころでもある。
それでも、俺はついに、そんな大物に顔が効く立場になったのかと、しばし感慨に浸る。
と同時に、これはゲネスの暴挙を食い止め、原作どおりの悲劇を回避するルートに入ったということでもある。
──やはり、ゲネスの逃げ得だけは、絶対に阻止せねば。
その後、
場所を騎士団庁舎へ移し、そこで改めて詳しい話を聞くことにした。
クラウディアは、謁見のお膳立てとして、ある任務を俺に依頼してきた。
「君に手伝ってほしいことある。──これより10日後、北方領イレーネから、とある要人がお戻りになる予定だ。君には我々と共に、護衛をお願いしたい」
──要人警護ってやつか。
「山賊やモンスター出現の可能性がある。油断すると何が起こるかわからない危険地帯だ。エリク君がいてくれれば、私たちも心強い」
北方領イレーネ周辺は、治安があまりよろしくない地域だ。
要人を護衛するとなれば、その警備も当然厳重になる。
──まあ、俺としては護衛くらい朝飯前だけどな。
それに、湖に落とした件の罪滅ぼし(?)もあるし、クラウディアの頼みならできる限り協力するつもりだ。
「わかった、引き受けるよ」
──俺はクラウディアの依頼を快諾した。
「ありがとう、エリク君!」
というわけで、領主の謁見と警護任務が決まった。
だが、肝心の「誰を護衛するのか」については、最後まで伏せられた。
それは、俺が疑われているわけでなく、警護情報は騎士団の中でも、ごく限られた者だけに共有されるという、厳格な決まりがあるらしい。
まあ、そりゃそうだ。
警護対象が漏れたら意味がないし、スパイが紛れ込んでいたら目も当てられないもんな。
ただ……それでも、妙な胸騒ぎがする。
任務の内容を知らされないのは当然なのに、なぜか落ち着かなかった。
──この件、どうも“ただの要人警護”じゃなさそうだ。
もしかすると、この任務こそが、この世界の歴史を大きく変える、分岐点のような気がする。
果たして吉と出るか、凶と出るか……。
まあ、どっちに転んだとしても、俺は楽しむだけだけどな。
──そして、ついに、警護任務の日を迎えた。




