第2話 奴隷からの“楽しい”成り上がり
──アルヴァロス王国には、3つの大領地がある。
西方領オレオス、北方領イレーネ、そして、魔物との戦いが絶えない辺境領アクシア。
このアクシアは、力こそすべての“武闘の地”だった。叩き上げの騎士たちによって築かれた辺境伯家が、今日もこの荒野を統べている。
原作ゲームでは、“辺境伯編”と呼ばれるサブクエストにすぎなかった。だから、俺も一度はプレイしているはずなのに、細部の記憶は曖昧だ。
だが、この地が舞台というのなら、没落貴族エリク──つまり“俺”が無関係でいられるはずもない。
原作通りなら、待ち受けているのは王国の衰退と、血にまみれた争乱の世界。
だからこそ、俺は必死に思い出そうとしていた──生き残るために、何としても、この先の展開を。
と、俺がひとり思い詰めていると──
「何をぼさっとしているんだ、バカエリク!」
──はあ? 誰がバカだって!?
突然、子どもの影が、俺の懐に飛び込んできた。
反射的に木刀を構える。
──カンッ、カンッ、カンッ、カンッ!
相手は顔を紅潮させ、矢継ぎ早に打ち込んできた。
目は完全にイっちゃってるし、口元はニヤニヤしっぱなしだし、何だかやばい奴だった。
「お前の落ちぶれたツラを見るのは最高だな。すっかり貧民に染まって、哀れな犬みたいでお似合いだぞ!」
あ〜、やっぱりな。
こいつも俺を見下している系の一員か……。
何の説明もなく、剣術の試合に引っ張り出しておいてこれだよ。
自分に優位な状況で、よくそこまでイキがれるよな。
だがな、俺にもガキの相手くらいできるのだ。俺は前世で子どもの頃、ちょっとだけ剣道をかじっていたのだ。
その程度の手合わせなら十分。
みんなの前で大恥をかかせて、そのイキッた鼻をポッキリへし折ってやる。
「……こ、この、バカエリクめ。生意気だぞ……!」
意外な粘りを見せる俺。
クソガキの額にじわりと汗が滲む。
次第に木刀の勢いは鈍り、クソガキに焦りが見えはじめた──その時、
踏み込んだ拍子に、俺の足を引っ掛けやがった。
──こいつ……、汚ねえ!
バランスを崩した俺にめがけ、木刀が振り下ろされる。
「隙だらけなんだよ、このバカエリクが!」
──ガコォッ!!
「ぎゃあぁあああああーーっ!!」
頭を押さえてその場に転げ回る俺。
周囲からドッと笑い声が上がり、惨めさに顔が熱くなる。まさか1日で2回も頭を打つなんて……。ほんと、どんな呪いだよ、これ!
「お父様。僕の言った通りでしょう? やはりエリクは使いものになりません」
……お父様? このクソガキの、父親がいる?
痛みを堪えて頭を上げると、視界に、ひとりの男の姿が映った。
冷たい目に、鋭い輪郭。貴族然とした装い。その男は、まるで値踏みするように、無言で俺を見下ろしていた。
──この顔、見覚えがあるぞ……。
ゲームでもひときわ人相の悪いキャラで、プレイヤーの間では“最凶の辺境伯”として名が知られていた。
そう、こいつが──ゲネス・ダークベルク。
アクシアを支配する辺境伯だ。
画面越しではただの悪役キャラにすぎなかったが、今、目の前にいるゲネスからは、獰猛な獣に睨まれているような凄みを感じる。
その表情にも、立ち姿にも、邪悪な気配が宿っていた。まるで、人の悪意そのものが形となって現れたよう。
そんなゲネスは、隣にいるバカ息子の肩を、誇らしげに抱き寄せた。
「この剣聖の名家にふさわしいのは、我が息子──ワルロだ!」
その瞬間、取り巻きどもが待ってましたとばかりに、拍手と歓声を上げる。
台本でもあるのか、ってくらいの白々しさ。俺は背筋がむず痒くなるほど気持ち悪かった。
どうやら、俺はバカ息子の権威を示すための“咬ませ犬”にされたらしい。
いい大人がそろいもそろって、こんな痛々しい茶番とは……。
「それにしても、兄上もよくもこんな出来損ないを残したものだ。ここは辺境領アクシアだ。力のなき者に居場所はない」
──はあ? それ、俺のこと?
今の試合見てなかったのかよ、このバカ親は。
あんな卑怯な手を使われなきゃ、勝っていのは俺の方だろ。
……とまあ、言ったところで無駄だよな。
これは剣術の試合でも、スポーツでもない。ただの政治ショーだ。結果なんて、最初から決まっている。
マジでアホくさくて、やる気なくす。
すると、ゲネスは黙り込む俺を見下ろし、不敵な笑みを作った。そして次の瞬間、奴は俺の耳を疑うような言葉を吐き捨てた。
「──敗者エリクよ、お前にふさわしい人生をやろう。今日よりお前は、このダークベルク家に“奴隷”として身を捧げるのだ」
……奴隷、だと?
子ども相手に、そこまでやるのか。
権力闘争が絡むと、人はここまで残酷になれるのか。
俺はセルヴァ、いや性悪執事に首根っこを掴まれ、試合会場から引きずり出された。そして何も告げられず、どこかへ連れて行かれた。
……あ〜、マジで最悪。
ムカつくにもほどがあるが、ここは素直に従うしかない。
だって、こんな無茶苦茶な連中をまともに相手するの、面倒くさいもんな。
俺が押し込まれたのは、屋敷の外にあった物置小屋だった。性悪執事がドアを閉めると、外から閂をかけられた。
中は薄暗く、空気がじっとりと湿っていた。埃とカビの匂いが鼻につき、積まれた木箱の隙間には、使われなくなった道具がごちゃごちゃと放り込まれている。
──今の俺は奴隷なだけに、まさに『ものを言う道具』ってわけか。
せめて、俺が入る前に掃除くらいはしておいてくれよ。
とはいえ、ひとりになれたのは不幸中の幸いだ。これでようやく落ち着いて記憶を整理できる。
原作では、あのゲネスが北方領イレーネを実効支配したあと、王国法を破り、隣接する西方領オレオスに武装蜂起する。
困り果てた国王が助けを求めたのが、プレーヤーである主人公。その依頼が、いわゆる“辺境伯編”のサブクエストってわけだ。
俺も当時プレイして、ゲネスの凶行を阻止したのだが……。
結果、ゲネスは罪に問われなかった。アイツは用意周到に身代わりを仕込み、すべての罪をなすりつけて、逃げ切ったのだ。
これだけは胸糞展開だったから、はっきりと覚えている。
そして、俺はゲネスの顔を思い出して、ピンと来た。
身代わりにされた人物の名は──エリク・ダークベルク。
──って俺じゃん!
今、俺が転生してるキャラじゃん!
しかもエリクって、原作では“火あぶり”にされたんだよなあ……。よりによって、俺がこの世で一番避けたい死に方ナンバーワン。
プレイ中は「まあ、モブだしな」で、さらっと流していたけど、いざ本人になるとマジで洒落にならねえ……。
エリクが処刑されるのは成人したあと。
この世界は15歳で大人の仲間入りになる。つまり、俺に残された猶予は、たった3年。
何としても原作回避し、生き延びなくてはならない。
俺はステータス画面を呼び出した。
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【名前】エリク・ダークベルク
【種族】人間(転生者)
【年齢】12
【職業】奴隷
【Lv】1
【EXP】1/100
【HP】10/10
【MP】7/7
【攻撃力】2 【防御力】3
【敏捷】3 【魔力】4
【運】1
【スキル】自動回復Lv1
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ご丁寧に職業欄には《奴隷》の文字が刻まれていた。……うーん、ちょっと悲しいけど仕方がない。
そして経験値の欄に1ポイントついていた。これはさっきの剣術イベントが、ちゃんと経験値なったってことだ。
──なるほど、奴隷でも経験値を積めばレベルアップが可能、ってわけだな。
さらに固有スキルには《自動回復Lv1》が。
これは減った体力やMPが自動的に回復するスキルだ。
そういえば、ぶん殴られた頭の痛みがもう消えてる……。これがローズが言っていた「お兄様は頑丈にできてる」ってやつか。
最底辺スタートで、この初期スキルはありがたい。
ステータスを見れば、笑えるくらい弱小キャラだけど、これ以上落ちようがないと思えば、逆に気も楽ってもんだ。あとはレベルを上げるだけ。
原作を回避し、自由を取り戻す。
そのためなら、俺は奴隷でも経験値を稼いでやる。
──これが俺の闘い方だ。
名付けて、『奴隷からの最速レベルアップ計画』
さあ、はじめようじゃないか──最底辺からの逆転劇を!




