第17話 オレオス騎士団、現る
「私はオレオス領騎士団、団長。クラウディア・ハイスだ」
中央に立つ彼女は、ひときわ威厳を放っていた。澄み切った声が辺りに響くと、ざわついていた空気がすっと静まり返る。
キラッキラの鎧に身を包み、凛として立つその姿は、まさに“威光”そのもの。
ぽかんとする俺をよそに、クラウディアは淡々と続ける。
「我々は、君の捜索依頼を受けてここに来た。ギルドから君が帰還していないと連絡があったのだ。期限を過ぎても戻らないのでね」
──捜索依頼? 期限?
その言葉に、俺はハッとした。
……そういえば、ダンジョン挑戦には制限時間があるんだった。期限内に帰還して、ギルドに報告しなきゃいけないっていう大事なルール……。
俺はそのことを──
きれいさっぱり忘れていた!!
ヤッベェー、これは大失敗だ……。これは絶対怒られるやつ。ギルドのお姉さん、絶対ブチ切れてるよな。
完全にやらかした俺は、不安になってクラウディアに尋ねる。
「……俺がダンジョンに入ってから、何日経った?」
「今日で7日目だ」
「はっ!? 7日だって!? もうそんなに経ってるの!?」
体感では2日くらいのつもりだったのに、まさか丸一週間とは!
ダンジョンは地下深く、陽の光なんて一切届かない。昼も夜もわからない場所にずっといたせいで、俺の時間感覚はぐちゃぐちゃにバグっていたらしい。
「……まさかとは思うが、君は飲まず食わずでモンスター狩りを続けていたのか?」
「……まあ、そんな感じだけど」
何でもないことのように答える俺に、怪訝な表情のクラウディア。
でも、それは本当のことだ。
喉が渇いた時に湧き水をすすったくらいで、まともに食事なんてしていない。
それでも《自動回復》のおかげで、腹は減らなかった。
……いや、正確には、モンスター狩りに夢中になり過ぎて、食べること自体すっかり忘れていた、って感じだ。
まあ、理由がどうあれ、ヤバいことには変わりはないが……。
「……我々はここに来るまで、モンスターに一度も遭遇しなかったのだが、まさか、君が全部倒したのか?」
──はっきりとしたことは言えないが、まあ、……たぶん、そう。
俺が小さく頷くと、クラウディアは目を丸くした。
「……まったく、驚かされる。私は君という人間に興味が湧いたよ。この件は後日、詳しく聞かせてもらう。だが今は、街に戻るのが先決だ。我々とともに帰還してほしい。いいね?」
口調は穏やかだが、その奥に拒否を許さない威圧感があった。
俺が逆らう理由はない。ちょうどレベルも6に上がったところだし、クエストの目的も達成済み。
ここはおとなしく、役人の指示に従っておくのが正解だろう。
ようやく話がまとまり、張りつめていた場の空気も少し和らいだ。
俺は3人の騎士に囲まれ、ダンジョンの出口へと足を向ける。
──その時だ。
まるで俺たちの油断を狙いすましたかのように、突然、ダンジョン全体が大きく揺れた。地の底から、不気味な震動が押し寄せる。
──ゴゴゴゴゴゴゴォォォッ!!
「なっ……、何だこれはっ!?」
壁がぐらりと歪み、天井から岩片がパラパラと雨のように降り注ぐ。
クラウディアが即座に反応し、剣を構えた。
すると、俺たちのすぐ近く、広間になっていたその中央あたりから、地中を引き裂くようにして巨大な黒い影が姿を現した。
……いやいや、何だこのド派手な登場は!?
「──魔物の襲撃か! 全員、警戒しろ! これは……大物だぞ!」
クラウディアの声が響き渡り、一瞬で空気が張り詰める。
その直感は、間違いなく的中していた。
いや、それ以上か。
地面を踏み砕きながら現れたのは──このダンジョンのボス、超大型のミノタウロスだった。
──ウォオオオオオォォォーーッ!!
大地を揺るがすような咆哮が、ダンジョンの奥まで響き渡る。
巨大な牛の頭には、鋭く伸びた2本のツノ。隆起した筋肉が鎧のように盛り上がり、握りしめた両刃斧がギラリと光を反射する。
斧を振りかぶるたび、「ビュオォンッ!」と空気が裂ける音がした。
天井すれすれまである巨体は、人間なんて簡単に踏みつぶせるだろう。
──デカい、デカ過ぎるだろ……、マジで。
その荒ぶる姿は、まさに“凶暴さ”そのものだった。
「エリク君、危ないから下がっていろ! ここは我々に任せるんだ!」
その直後、巨斧が床を叩き割り、石片が弾丸のように飛び散った。衝撃波が足元を揺らす。
騎士たちは紙一重でかわしながら、陣形を組んで応戦する。
だが、どう見てもあのボスモンスター相手に勝てそうになかった。
それでも、クラウディアたちは、俺を守るために必死に剣を振るい続ける。
目の前で繰り広げられる戦闘は、まさに命懸け。
一瞬たりとも気を抜けない。
だが、こんな状況にも関わらず、不謹慎ながら、俺はあることをひらめいた。
──これ……、《バーサークモード》を試せるんじゃね?
さっき手に入れたばかりの新スキル──《狂戦士の咆哮》。
今こそ、その出番かもしれない。
雑魚キャラ相手では発動しなかったけど、ミノタウロス相手なら、ワンチャンある……かもしれない。
発動条件はHPを20%以下まで減らすこと。
うまくコントロールできればいいが、失敗すれば……普通に死ぬ。
──だがしかし! こんなチャンス、二度と来ない!
クラウディアには悪いが、俺の冒険心が止まらない。
──ここは、俺の好きにさせてもらう!
「俺は、狂戦士になりたぁぁぁーーいッ!!」
気の狂ったの叫びと共に、俺は戦闘の真っ只中に飛び込んだ。
「何をしている! 下がれと言っただろう!」
クラウディアの制止を振り切り、俺は巨大ミノタウロスの前に立ちはだかる。
──さあ、撃ってこい! さあ、早く! さあ!!
完全に頭おかしい俺。
だが──この狂気こそ、俺の力になるはずだ!
ミノタウロスの視線が俺をとらえた。
そして次の瞬間、振り上げた巨大な斧が、まるで大地ごと押し潰すかのように、俺に目がけ振り下ろされる。
──ズドーーンッ!!
衝撃と共に、全身が眩い光に包まれ、体中に力が溢れ出した。
──キタキタキタキタァァァーーッ!!
スキル《狂戦士の咆哮》、発動ッ!!
まるで別人になったみたいだ。
血が騒ぎ、全ステータスが跳ね上がる。
“狂戦士モード”完全体──最強すぎて笑えてくる。
その効果は、たったの5秒。
だが、それで十分だ。
俺はすぐさま魔法をぶっ放す!
「いくぜ! これがバーサークモード、《マナ・キャノン》だーーッ!!」
──ズガァァァァァァァァァンーーッ!!
轟音を響かせ、巨大な光の球が放たれた。
それがミノタウロスの体にぶち当たると、一瞬にして貫いた。
衝撃で怪物は宙を舞い、激しく壁に叩きつけられる。
──やっべ! これ、気持ちいいッ!!
HPをミリ残したスキル発動。思えば危ない橋を渡ったが、もはや、そんなこと、どうでもよかった。
全身を駆け巡る高揚感が、これが“正解”だと、叩きつけてくる。
《マナ・キャノン》──これは、ボスを一発で葬れる、本物の火力だった。
あっけに取られる騎士団を尻目に、恍惚の表情の俺。
半ば白目を剥き、頬も引きつっていて──自分でも分かる。これは、間違いなくアウトな顔だ。
騎士団たちはドン引きしていたが、それでも、今回のダンジョン攻略は大収穫すぎた。
もう、大、大、大満足すぎて、俺のテンションは爆上がりしていた!!
* * *
それからほどなく、俺は騎士団たちとともにギルドへ帰還した。建物の前には、多くの人だかりができていた。
ギルドの職員や親方、そして仕事仲間や、この街の住人まで。 みんなの表情は硬く、張りつめている。
……まあ、怒るのも当然だよな。
ダンジョン挑戦の期限を守らなかったのは、完全に俺の落ち度だ。
憂鬱さを抱えつつ、お説教を覚悟する。
──が、次に起こったのは予想外の展開だった。
駆け寄ってきたギルドのお姉さんが、ためらいもなく俺を抱きしめた。
「よかった……。無事に帰って来てくれて……」
柔らかく、そして驚くほど温かい腕に包まれ、俺は一瞬、言葉を失う。
──え、ちょ、マジで!?
まさか、ギルドのお姉さんから、こんな熱い抱擁を受けるとは……。
「本当に、心配していたんですよ……」
ねぎらいの言葉に、安堵と温かさが、じんわりと染みこんでくる。
いつの間にか、人だかりが俺を囲むように輪になっていた。どうやら街の人たちも、俺の帰りを待っていてくれたようだ。
「稼ぎ頭に死なれちゃ、困っちまうからな……」
鼻をすすりながら、親方が呟く。
──別に、心配なんていらないのに……。
こっちは、余裕でダンジョン攻略したんだが。俺としては、ちょっとしたレベル上げくらいの感覚なんだが。
──まあ、それでも悪い気はしないけど……。
どうやら俺は、知らないうちに、この街の一員になっていたようだ。
奴隷上がりの俺にも、帰りを心待にしてくれる人がいたなんて。
久しぶりに、人の温かさを肌で感じた。
自然と胸の奥が熱くなる。
……これが、安心ってやつか。
そんな気持ちを噛みしめがら、俺の初クエストは、無事、終わりを迎えた。




