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第10話 俺、風になる

 スキル《風駆けの祝福》──その性能、マジでぶっ壊れてた!


 俺はテンションMAXで、森の中を疾走する。


 足が地面を踏みしめるたびに、バインッ!と反発が、爆発みたいに跳ね返ってくる。まるで大地そのものがトランポリンみたいに、俺を弾いて加速させる。


 ──やっば、速すぎるぞ、俺!


 視界が目まぐるしく流れていく。


 木々は緑の残像に変わった。


 枝葉なんて、俺が避けるまでもなく、風圧でバサバサと勝手にのけぞっていく。


 ──これはもう、俺自身が弾丸だ!


 気分はまさに、《マナ・バレット》そのものだった。


『──君は、もっと高みに行けるわ。遠慮はいらない。もっと風を信じて、飛ぶように走ってごらん?』


 どこからか、シルフの声が響いてきた。実況かナビでもしてるみたいに、俺の疾走を楽しんでいる。


 ──それにしても、このスキル、マジでチートだろ。


 《自動回復》のおかげで、スタミナ切れなんて起こらない。実質、俺が飽きるまで、永久に走り続けられる仕様だ。


 俺はモンスター狩りができなくなって、どうしようかと悩んでいたが、《風駆けの祝福》があれば、行きたいところへ、ひとっ飛び。


 ──この街を飛び出せば、経験値なんて稼ぎ放題!


 となると、俺が奴隷をやってる根拠がなくなるわけだが、今はそんなことどうでもいい。


 俺が必要とするのは、レベル上げだ。


 屋敷に戻ってからも《風駆けの祝福》は大活躍だった。奴隷仕事が、恐ろしいほど捗る捗る。


 床拭きなんて、モップをシュバババッ!と振るだけで、あっという間に磨き上がった。


 あまりやりすぎると、そこだけ不自然にピッカピカに。石敷きの床が、鏡のように景色を反射しはじめた。


 雑巾がけも、皿洗いも、針仕事でさえ──、とにかく、すべてが高速モード。


 結果、奴隷作業のクオリティーが爆上がりして、一日の仕事を、ほぼ瞬間で片づけてしまった。


 ──あれ? 俺、奴隷なのに……自由時間できちゃったんですけど?


 気づけば、俺の“奴隷ライフ”が、また一段と充実していた。いや、充実していいものなのか……? 俺は、奴隷なんだが。


 などと、浮かれている場合ではない。


 スキルを使っているところを誰かに見られたら即アウトだ。力をほどよくセーブしつつ、要所要所、効率よく作業を進めていこう。


 俺は気を引き締め直し、ふたたび奴隷仕事に精を出す。


 すると、しばらくして、後ろから声をかけられた。


 同じ屋敷で働く使用人だった。


 二十代前半くらいの若い女が、妙に慣れ慣れしい口調で、


「今日も精が出るわね、坊や」


 ──はあぁ!? 坊や!?


 その使用人の言葉に、俺は思わず眉をひそめた。


 まるで昔からの知り合いみたいな口ぶりだが、彼女と話すのはこれがはじめてだ。


 ──いったい、どういう風の吹き回しだ……。


「あんたが働き者だから、ここの連中も、みんな面食らってるんだよ」


 女は肩をすくめて言った。


 ──ふっ……、なるほど。


 どうやら俺の株が、少し上がったらしい。


 必死に働いてきた甲斐あって、周りの連中も俺を見直したようだ。


 最初はただの子どもと侮っていたみたいだが、俺のひたむきさに、思わず心を打たれてしまったのか。


 ──気づけば、この屋敷で過ごして4ヶ月。


 俺の印象は、いつの間にか少しずつ変わっていたようだ。


 もっとも、経験値稼ぎに夢中で、そんなことにまったく気づいてなかったけどな。


「あんたは、本当に強い子だよ」


 使用人の女は、それだけ言い残して去っていった。


 この世界に転生してから、面と向かって誰かに認められたのは、これがはじめてだった。


 ──その日を境に、他の使用人たちの態度も変わった。


 あれだけ疎ましがられていたのに、今では「おはよう」とか「お疲れ様」とか、やけにフレンドリーに話しかけてくる。


 そして、俺の食事も、ほんの少しグレードアップした。


 他の使用人と同じものが出るようになったのだ。


 あの真っ黒でカチカチだったパンが、ちゃんとした白パンに。具なしの薄いスープも、野菜が入ったまともなスープに変わった。


 特別待遇がよくなるわけじゃないが、少なくとも“人”として扱ってくれている気がした。


 ……まあ、これでこっそり食材をくすねなくても済むな。


 悪い気はしなかった。


 いや、むしろちょっと──いや、かなりうれしい。


 ……ただ、奴隷の身分であまり居心地が良すぎるのも、逆に困るんだよな。下手すると、「ここに定住でもいいかも」なんて錯覚を起こしそうで。


 久しぶりに人の温かさに触れて、ちょっぴり感傷的になる俺。


 再び、黙々と床を磨いていると──、


 またしても、俺の視界にあのバカ息子が。


 どうやら俺を探しに来たらしい。バカみたいな大声で、俺の名前を叫んでいる。


「どこだ〜? 奴隷エリク〜、遊びにやってきたぞ〜。隠れてないで出てこいよ〜」


 まったく……、せっかくの感動シーンだったのに、こんな時にも邪魔しに来るとは……。


「いつも腹すかせてるお前に食わせてやろうと、ウンコ持ってきたんだぞ〜」


 木の枝にウンコを突き刺し、得意げに掲げるバカ息子。


 ──こいつ、何かの病気か……?


 あまりに程度が低すぎて、見てるこっちが泣けてくるレベルだ。


 どれだけドロップキックを喰らっても、まったく懲りる気配はない。そもそも学習能力という概念が存在しないらしい。 


 ……まあ、考えてみれば、ゲネスとあの性悪執事も同じ穴のムジナだ。


 あいつらだって、絶対変わらないタイプだろう。俺を奴隷の身に落とし、謀略の濡れ衣を着せるつもりでいる悪党だからな。


 ──この屋敷でまともなのは、使用人くらいってことか……。


 よし、あのバカ息子は、顔を合わせる前に始末してやろう。ついでに、新しく覚えたスキルの試運転だ。


 俺は《風駆けの祝福》を発動し、風に溶けるように気配を消した。そして音もなく、するりとバカ息子の背後へ回り込む。


 当然、やつはまったく気づいていない。


 ──なら、遠慮はいらんな。


 俺は全身のバネを総動員し、渾身のドロップキックをその背中へ叩き込んだ。

 

 ──ドガッ!


「ふごぉおおおおーーッ!?」


 バカ息子は床に転がり、痛みにのたうち回っていた。あまりに素早さに、何をされたのかすら、理解できないようだ。


 ──うむ。やっぱり攻撃にも使えるな、これ。


 《風駆けの祝福》は、ただ速く動けるだけではなく、気配そのものを消せるようだ。相手に悟られず接近し、一撃を叩き込める。


 ──まるで暗殺者だな、俺。


 これは新しい武器を手に入れたも同然。


 攻撃のバリエーションがまたひとつ増え、その手応えに思わずニヤリと口元が緩んだ。



 * * *



 そんな超越感に浸る日々が続いていた──ある夜のこと。


 仕事を終えて物置小屋に戻った俺の頭に、Xの声が響いた。


(エリク様、屋敷に動きがありました)


「──おっ?」


 Xの口ぶりから、すぐにそれが吉報だとわかった。


(現在、前線基地にて、アクシア軍は魔物の激しい攻勢を受けている模様です。国境防衛のため、特別体制が敷かれているとのことです)


 さらに話を聞けば、辺境伯のゲネスが直々に戦場へ向かうという。


 辺境領は魔物と戦う最前線だ。いわば、防衛線を守る砦──国家防衛の要衝と呼ぶべき場所だった。


 ──へぇ……。ゲネスのやつ、こういう時だけは、真面目にやるんだな。


 出発は明後日、期間は3日間。


 その間、ゲネスは屋敷を離れるのだ。しかも、あの性悪執事も同行するという。


 となれば、屋敷周辺の警備も手薄になる。


 ──まさに、これ以上ない絶好チャンス!


 俺は即座に決めた。


 この三日間で、モンスター討伐に乗り出す。


 スキル《風駆けの祝福》の性能をフルに発揮すれば、どんな魔物だろうと討ち倒せるはず。


 経験値をジャンジャン稼いで、さらなるレベルアップを狙うのだ。


 ──よーし! ちゃちゃっとモンスター狩りといくか!


 俺は胸を張り、高らかに宣言した。


「これより、『最速レベルアップ計画』は、最終段階へ突入する!」

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