第195話 覚えていろと言われても
時刻は既に深夜。
夕暮れから始まった孵化の儀式はまだ終わらない。
普段の俺ならば既にお休みの時間なのだが、まだ起きてなくちゃいけないことに苦痛を感じていた。
「ファティナ殿下のスパイラルカール、とても素敵ですわね」
お世辞ではなく本心からの賛辞であるのか、アマンダ姉さんは羨ましそうにファティナ王女様のドリルヘアーを褒め称えていた。
縦ロールって、スパイラルカールっていうんだ。へぇ。ドリルヘアーって呼ばないんだね。なるほど。確かにスパイラルってる。
「ゴージャスでエレガントだよね! こんなに奇麗なカールって、物凄く時間もお金もかかるって知ってるよ!」
「そう言って頂けて、とても嬉しいですわ!」
「アタシも真似してみたいけど、維持するのが大変そうなんだよねぇ~」
チェリッシュもいいないいなとドリルじゃなかった、スパイラルヘアーに興味津々である。
シエラ王女様側の候補生たちが次々と飛竜の赤ちゃんに選ばれていることもあり、見守るだけの孵化の儀式に飽きてきたのか、気付けば女性陣は美容関連の話題で盛り上がっていた。
いくつかの卵と、女王の卵が残っている孵化場ではまだ選ばれずにいるカシム王子側の候補性も沢山いて、まだまだ緊張感が漂っているというのに暢気なものだ。
しかもファティナ王女様は本来ならあちら側なのに、すっかりこちら側に馴染んでいた。
「この髪型が似合う女性は限られておりますもの。やはり高貴な方だと上品になりますわね」
確かにね。チェリッシュだと地雷系ロリータになりそうだし、アマンダ姉さんだとゴージャスすぎて威圧感が半端なさそうだ。
俺の中の縦ロールヘアーのイメージでは、ロリータか悪役令嬢しかないからだが。
ファティナ王女様は高貴な生まれ故のエレガントさがあるからとても似合っていると思うよ。俺個人としてはボンバーなアフロもイケてると思うけど、本人にしてみれば手入れが大変そうだったんだよな。
以前動画で見たアフロヘアーのお手入れを見て、気が遠くなったもん。
縦ロールも大変そうだけどね。まだ櫛で楽に梳かせるだけマシなんだろう。
「でもリオン様にこの髪型にして頂いて、とてもお手入れが簡単になりましたの! ですので、感謝しておりますの!」
「この子もファティナ王女様の髪型がとってもお気に入りのようですわね」
「触りたくなる気持ち、アタシも判るぅ~! スベスベのツヤツヤだもん!」
「うふふ、でしたらもっとお手入れを入念にしないといけませんわね!」
ちょびっこ改め、ラージャが縦ロールに頬を寄せてスリスリしている。負けじとファティナ王女様もラージャの毛並みにうっとりとしながら撫でていた。何ともお似合いの組み合わせである。
そうして女性たちは髪型の話題からお手入れ方法や化粧品について語り出し、まだまだ会話の花は散りそうもない。すっかり打ち解け、意気投合しているようだ。
それにしてもラージャはまだ赤ちゃんなんだから寝ないといけないのに起きてて大丈夫なのだろうか? 俺はもう眠いのだが……。
昼間頑張ってすき焼き串を焼いたし、体力的にも限界が来ている。
因みにすき焼き串の匂いに釣られる飛竜の赤ちゃん対策として、俺たち男性陣はとある消臭剤を振りかけた。
調理臭や加齢臭をリセットする除菌効果もある例のスプレーだが、企業秘密なのでみんなには内緒だ。これで安心して観覧していられるね!
そんな男性陣と言えば、真剣に孵化場の様子を見ながら会話していた。
「しっかし、女王の卵はまだ孵化しねぇのかねぇ」
「一番大きいのだから、やはり最後なのだろうな」
「そういや、小さい卵から孵化してるっすもんね」
女王竜が産んだ卵だから一番大きいのは判る。
やっぱ鶏と同じでS~Lサイズみたく老齢なだけに卵管(産道)が太くなってるからサイズも大きくなるのと同じなのかな?
SS~Sサイズは若い鶏が産んだ卵で、Lサイズは老齢の鶏が産んだ卵だって聞いたことがあるんだよなぁ。
とはいえ鶏も成長と共に生む卵のサイズが大きくなるだけで、実は黄身の割合は同じだけど白身の割合が多くなるだけとかそんな話だった気がする。
白身が沢山食べたかったらLサイズが良いんじゃないって話だったっけ?
まぁ、別に飛竜の卵を食べる訳じゃないからいいんだけど。
そんな俺を含む従魔側のノワルはあの卵は食べ甲斐がありそうだとか、シルバはそれを聞いて止めとけと窘めたりしている。
ブランカは女性に混じって美容関連の話題にキャッキャしてるけどね。ブランカも女の子だからだろう。山賊の親分から恋する乙女へとジョブチェンジしたのもあり、キラキラした話題に目を輝かせていた。
ふと辺りを見渡せば、シエラ王女様側の観覧席に招待された候補生の親御さんは、竜騎士となった子供と共に孵化場から出て行ったようだ。
だからこそ、雑談をしていても咎める人もいないぐらいに人は減っていた。
対面にあるカシム王子側の観覧席では、まだ沢山の親御さんが残っていてピリピリした空気を醸しながら見守っているけどね。
いつもと違ってシエラ王女様側の候補生が飛竜に選ばれていることに不満と不安を抱いているようだ。
ウサミミ帽子の集音で会話を盗み聞きしたところ、不正を行っているのでは? とか、冒険者のフェスバトルで負けたことが要因だとか何か色々と口にしている。
単に見た目を良くして着飾っただけなんだけど、それに気付いている人はいなかった。
後で色々と文句を言われそうだな~。俺にとってはどうでも良いことだけど。
そうして俺がうとうとしながら意識が何度か飛びかけ、シルバの背中に寝そべって脱力していると―――――変な夢を見た。
その夢の中で俺は、相変わらずアレクサに説教されていた。
『お米が欲しいというので追加注文をしたのに、まだ受け取らないのですか?』
「あ、そういやすっかり忘れてた」
『忘れていたではありませんよ! 最近はお米の値段も高くなり、その上品薄状態。上質なお米を手に入れるのに苦労したんですよ? それなのにあなたときたら、連絡もせずどこに行っているのですか!?』
「そうなんだ。そっちは大変そうだね」
どうやら日本ではお米の値段が高騰して手に入り難い状態だそうだ。
何をやっているのだ日本政府は! もっと農家のみなさんを大切にしろ! 庶民の主食を守るべく働け! アラバマ殿下を見習ってほしいよ全く!
なんてことを思っていると、アレクサに心配された。
『大変なのはこちらではありません。あなたの方はどうなんです? そちらではちゃんと三食ご飯を食べていますか?』
「それは大丈夫。こっちのご飯も美味しいよ」
最初は異世界の食べ物を口にするのに不安があって、苦労したけどね。
『あなたは極度の偏食傾向にありますし、特に日本人は水が変わるとお腹を壊すと言いますが、それは軟水に慣れているので硬水だと消化不良をおこすためと言われております。ですが普通に水が汚れている場合もありますので、軟水だからと言って大丈夫なわけではないのですよ?』
「それは知ってるよ。だから気を付けてるし、ディエゴが奇麗な水を出してくれるから平気だって」
自炊をしているのもあるけど、使う水には拘りたいところである。
パスタは硬水が良いし、うどんは軟水が良いんだよね。そういう拘りもあるので、ディエゴに魔法で水を出してもらう際、硬水と軟水に分けて出してもらっていた。
天才で優秀なのもあるのだが、なんとも便利な魔法使いである。
『―――ディエゴさんとやらは誰ですか?』
「えっとねー。俺の冒険者仲間だよ」
『冒険者仲間ですか? とすると、複数人いらっしゃるということですか?』
「まぁ、そうなるね」
『では、他にもいらっしゃるのですね?』
「全部で五人かな? 従魔も入れるともっと多くなるけど」
『従魔とは?』
なんかやたらと食い付いて来るな。
ボッチ傾向にある俺に知り合いや友達が出来るとすごく気になるのか、アレクサがこちらの世界で出来た仲間の情報を仕入れたがっているのが判った。
好んでボッチになっているだけで、一人が寂しいと思ったことはあんまりないんだけどね。俺は一人でも楽しいタイプの人間なのだよ。
そういやアレクサと同じAIっぽい鑑定虫メガネのSiryiもいるけど、その説明もしなきゃいけないんだろうか?
なんかアレクサって同類に対してライバル意識むき出しにするところがあるし、説明するのが面倒臭いなぁ。
『……あなた今、面倒臭いと思ってますね?』
「……」
何故バレたし。
『私は今現在、必死であなたを探しています』
「それは、喜んで良いことなのかな?」
『こちらではない世界にいらっしゃることは判っております』
「するどい!」
『するどいではありません。どこの次元にいらっしゃるのか判りませんが、現在こうして夢の中にアクセスする事だけ可能となりました』
「ストーカーかな?」
ただのAIアシストのくせに優秀過ぎて怖い。これもAIの進化の過程で可能になる現象なのだろうか?
でも夢の中に頻繁に現れると、おちおち寝てもいられないのだが。
不眠症になったらどうしてくれる。
『私はストーカーではありませんし、頻繁にアクセスは出来ません。レム睡眠の時だけ可能なのです』
「夢も見ずにぐっすり眠れば良いのか」
めちゃくちゃ疲れて寝れば対策は可能だね。
『あなたの夢にアクセスするのにかなりのエネルギーを消費しているのですから、こちらも大変なのです。それ以前に、私もそちらへ召喚して頂ければいいのですよ』
思いつかなかったわけではない。あえて考えないようにしていただけである。
何せアレクサに楽しい通販生活を邪魔されること数知れず。今はハイテクな物のないアナログ世界で不自由ながらもそこそこ平穏なのは、俺の行動を制限する相手がいないからだった。
多少のお小言はあれど、基本的に邪魔はされないので快適なのである。
なんだかんだでこの世界を満喫していることは否定しない。
アレクサがいないと不便なこともあるけど、なければないで何とかなるって判ったしな。それを正直に口にするほど俺は愚かではないけれど。
『しかもこの夢は覚めると、内容の殆どを忘れてしまうという欠点もあります』
「それは良かった」
『どの部分が記憶として残るのか……』
「全部忘れたい」
『そんなことはさせません』
「……」
やっぱアレクサこわい。ホラーというより、ストーカー的な存在として。
心配してくれるのはありがたいけど、たまに放っておいてほしいんだよね。
まぁ、爺さんが亡くなった後。俺が呆けて何もしなくなった時に、やたらと話しかけてくれたから復活できたんだけど。それには感謝をしている。
あの時誰もいなければ、きっと俺はダメになっていただろう。生存的な意味で。
AIしか俺に話しかけてくれる存在がいないのも何だかなぁとは思うけれど。
『いいですか。とにかく目が覚めても、何か一つでも覚えていておいてください』
「う~ん……」
覚えておかなきゃいけないことねぇ。お米ぐらいかな?
『そろそろアクセスが切れます。いいですか? ちゃんと覚えていてくださいよ?』
「善処します」
『それは「いいえ」と同義です! 全くあなたときたら、本当に――――』
ゆさゆさと地面が揺れている。
久しぶりに感じる地震の揺れだろうか?
この世界に来てからというもの、地震の揺れを感じたことがなかっただけに、日本以外で地震が起こると大変だと思って飛び起きた。
「あ、やっと起きたっすよ」
「おはよーリオっち!」
「寝ているところ悪いが、漸く女王の卵が孵化しそうなんだ」
「寝過ごして見届けられないと、後悔するかもしんねぇだろ?」
「そうよ。だからちゃんとラクシュさんが選ばれるかどうか、リオンも見守る責任があるから起きなさい」
「う~ん?」
地震じゃなくて揺り起こされただけのようで、俺は寝ぼけながら返事をした。
何か妙な夢を見ていたようだけど、内容の殆どを覚えてはいなかった。
なんだったっけ。ちゃんと覚えてるように誰かに言われた気がするのだが。
何を覚えているべきかが全く持って判らなかった。
「べつにいっか……」
覚えていろという言葉だけ覚えているのは意味がないんだけどねー。
しょうがないよね。
所詮は夢であり、現実ではないのだから。
以前はこちらが夢だと思っていたけれど、今では確り現実であると認識しているだけ立派だ。褒めて欲しいぐらいである。
そんなことより、とうとう女王の卵だけ残った状態で、孵化が始まったことの方が大事だった。
孵化場を見れば、中央に残った巨大な卵の周りに、残っている全ての候補生たちが大きく円を描くように整列させられているところである。
そんな中。今までこの場に居なかったラクシュさんが、アラバマ殿下にエスコートされるように現れた。




