第161話 次なる課題
「開墾はできたが、まだ問題が残っている」
気難しい表情でアラバマ殿下が、サイコロサボテンと砂漠トカゲ肉の炒め物を食べながら話し始めた。
「何を栽培すれば良いだろうか?」
「広げるだけ広げて、何も考えておりませなんだな」
「露地ですと、ブドウやトウモロコシですかね?」
「果樹だと病害虫の被害がありますし、悩ましいところですな」
調子に乗って耕作地を広げたアラバマ殿下である。恐れ多くて誰も止めなかったというか、農家のみなさんも面白がっていたせいでこうなった。
そもそも何を植えるか全く考えていなかったようだ。
「貴様なら何を植えたい?」
「おれ?」
突然水を向けられて返答に困る。
日本人なので米と言いたいところだが、米栽培に適した農地は水が豊かであることが第一条件だ。そして平らな土地であり、水はけがよく、昼夜の温度差(寒暖差)がなければならない。
特にサヘールのような砂漠地帯では高温多雨の条件から外れるので、真っ先に候補から外れるんだよな。
灌漑農業という手段はあるとしても、塩害は避けては通れない。
サヘールでは塩害対策として、高塩度に耐えられる塩生植物であるヤシの木を植えている。日本だと黒松だよね。防風林の役目もあるけど。
枯れた農地に栄養を与えるために肥料を撒くことにしたのは良いのだけれど。サボテンの液体肥料に含まれる微量の塩素と、土中にあるナトリウムが結合して塩化ナトリウムが発生する為、塩素の吸収が弱い作物を連続して育てると、土中の塩分濃度が高まる危険性があった。
異世界スローライフの定番農業だけど、実際に体験すると様々な問題をクリアする必要があるんだよなぁ。
「なるほど。連作障害や塩害対策という問題があったな」
「そこを失念しておりましたな」
「農地を広げれば良いというものではないのか……」
何を植えるか問題という以前に、塩害対策をしないと始まらないことを伝えると、アラバマ殿下と農家のみなさんは考え込んだ。
枯渇した土壌を蘇らせる液体肥料が全てを解決してくれる訳ではない。雨量の少ない土地の場合、農業によって発生する人為的な塩害が拡大してしまうのである。
耐塩性のある作物を植えたり、石灰を多く含む土壌改良資材で除塩する方法はあるけれど、土壌管理の技術が確立していないので難しいんだよな。
そんな中。重い空気を読まずにディエゴが口を開いた。
「地中から塩分を取り除けばいいのでは?」
「それが出来れば苦労はせん」
「できますが?」
ディエゴになら出来るかもしれないけどね。
地中から特定の成分だけを抜き出すことができるのは、この世界ではディエゴだけではなかろうか? そんな風に思っていると、ディエゴがアラバマ殿下を見た。
「殿下にもできると思われます」
「俺様が? 一体どうやってだ?」
訝しそうに顔を顰めるアラバマ殿下に、ディエゴは背後に従えるムスタファを指さした。
「カーバンクルは鉱物を収集する能力があります」
「それは、そうだが……?」
「塩も鉱物と同じです」
「そうなのか?」
言われてみれば、塩も無機物(鉱物)に分類される。土属性であるカーバンクルは、無機物を使ってゴーレムを作る能力があるということだから――――。
「ムスタファ。鉱物であれば、塩も地中から抜き出せるよな?」
「――――! は、はい、できると思いますっ!」
勘の良いムスタファが、塩が何か判ったような返答をした。
「繊細な魔力操作が必要になりますが、カーバンクルであれば、土中から塩の成分だけを抜き出すことは可能だろうと思われます」
砂や岩と同じように、塩で出来たゴーレムを作り出せるってこと? 思わず念波でディエゴに問い掛けた。
「そのまさかだ」
「……」
カーバンクルを従魔にしたことで、ディエゴにゴーレム作りの能力が生えただけじゃなくて、地中に含まれている特定の鉱物を抜き出す能力まで増えたのかな?
砂場に磁石を置いて砂鉄を引き寄せるような感じで、土中にある塩だけ集めることができるってことだよね?
「流石にカーバンクルのようには出来ないぞ……」
あ、やっぱそれは無理なのか。流石にそこまでチートではないと。
「鉱石類の探知はカーバンクルだからできるんだ」
「そっかー」
探知したり特定の鉱物のみを寄せ集めることができるのは、幻獣であるカーバンクルの固有能力ってことか。だから宝石や希少金属類を持っているのだろう。
ブランカは人間を襲って強奪してたけど、他のカーバンクルは自力で収集していたのかもしれないね。
「塩も岩塩という鉱石の一種だからな」
「そういやそうだね」
岩塩の結晶である『ハーライト』があるけど、水分に弱く管理が難しいのもあって俺は持っていなかったから失念していた。日本は湿度が高いからね。
そしてサヘールの岩塩はほのかなピンク色で、赤土や酸化した鉄分を多く含んでいる事が判る。しかし不純物が多いので食用には不向きな赤や黒っぽい物が多いんだったかな?
「塩が鉱物であるならば、ゴーレム化させることができるということか」
「そういうことです」
「しかも不純物を取り除いた、透明度の高い岩塩も作り出せるのか」
「可能ですね」
「それは、良いな」
「良いですね」
二人して分かり合ったように頷き合う。なんか企んでない?
ゴーレム作りで意気投合しちゃっただけに、お互い妙な友情が芽生えたようだ。
なんせ二人とも頭が良いだけに、説明も短くて済むから疲れないんだって。
打てば響くような会話というのかな?
俺はこっちをやるからそっちはお前がやれと、一々口に出さなくても仕事を分担できる。なので最近は激しく突っ込まれることがなくなった。
二人して非常識なことをすることも多くなっちゃってるんだよね。
アラバマ殿下がカーバンクルという幻獣を従魔にしたお陰で、今まで不可能だったことも可能になってしまったのが原因だろう。(ネジが外れた状態)
その結果。常識人だったアラバマ殿下が、あたおかなディエゴに感化されたのかもしれない。これが朱に交われば赤くなる現象か。こわいねー。
「貴様らのような部下がいれば、俺様ももう少し楽が出来るんだがな」
「そこはムスタファに頑張ってもらえばいいことでしょう」
「それもそうだな。頼りにしているぞ、ムスタファ」
「はっ!」
アラバマ殿下からのさり気ないヘッドハンティングを躱し、ディエゴは従魔であるムスタファへ期待をかけるように仕向けた。
今のところ人型を長時間維持できるカーバンクルはムスタファだけなんだよな。
その他のカーバンクルは、慣れた姿のフェネックであることが多い。その分姿を消してあちこちに行って情報を収集しているのだとか。
何の情報を仕入れているのか判んないけど、俺には関係ないから興味もない。
時々薄笑いを浮かべてて怖いぐらいなのだが、ディエゴも話を聞いてたまにニヤリと笑っているだけに、二人で共有している情報のようだ。仲良しさんだね。
そして塩害対策とその他のアイデアが浮かんだアラバマ殿下は、再び冒頭の何を植えるか問題を持ち出したのだった。
◆
カーバンクルの固有能力によって、土中にある塩だけを使ってゴーレムを作って取り出すことで、塩害の拡大を防ぐ方法が出来た。
そしてブランカという特殊個体のせいで、俺たちはカーバンクルを誤解していたところがあるらしいことも知った。
彼らにとって鉱石を収集することは能力の高さを比べる物であり、希少性の高く品質の良いモノを選りすぐって求愛に用いる。間違っても人様から奪い集めて満足するようなことはしないのだ。
だから良いモノを見極める審美眼があるとモテモテってことだね。
そんな中でも特にムスタファは飛び抜けた審美眼の持ち主だった。
ムスタファがアラバマ殿下とディエゴを見て学習しているだけに、優秀な従魔としてすくすくと成長しているのもその能力があるからだろう。二人の悪いところを取り除いて合わせたらこうなるって感じかな?
学習能力が高いのもあって、『男子三日会わざれば刮目して見よ』状態だ。
このまま二人の悪い部分を除去して成長するように願おう。
そして俺は岩塩の結晶である『ピンクハーライト』を手に入れた。
石言葉は『浄化・予知能力・精神的な負荷の除去』であり、この石に触れることで重なり合った結晶が本質を教えてくれ、古いエネルギーが浄化されると言われているなんとも魅惑に溢れた石である。
加工されていない鉱物の方が、俺にとっては最も美しく見えるんだよね。
自然の力で作り上げられた結晶というのは、とても素晴らしいのだ。
でもアクセサリーになっていると全く魅力を感じなくなるのは何でなのだろうね?
そうそう。今度ムスタファたちに頼んで岩塩プレートでも作ってもらおうかな?
あれで料理すると美味しくなるんだよねー。
まぁそれはそれとして。
こうしてせっせとパワーストーンを拾い集めたりしながら、俺は俺の出来る仕事を熟していた。
大人たち(俺も大人だが除外する)が何かを企んでいたり計画を練っているようだが、俺自身は至って平和で自由だ。毎日面白楽しいイエーイ。
チョコレートの開発も順調に進んでいる。
今はバホメールのミルクと合わせて作ったミルクチョコレートを、鉱山やダンジョン付近にある屋台で売りに出して反応を見ているところだ。
チョコレートをそのまま売ると暑さで溶けるのもあり、日持ちのするクッキー等のお菓子にして販売している。露天売りだから仕方がないね。
だが疲れている労働者には好評で、ストレスの軽減にも一役買っているそうだ。
長期間ダンジョンに潜る冒険者の多くは極度のストレスを抱えているらしい。でもチョコレートの効果の一つである、疲労感の軽減もあって一部の労働者の間で話題になっていた。
食べ過ぎには注意してねと伝えてはいるけどね。
よく勘違いされているチョコレートの媚薬効果については科学的根拠はないので、安心して食して頂きたい。
そしてクズ魔晶石を拾って小遣い稼ぎをしている子供にも美味しいと好評で、お小遣いを握り締めて買いに来るようになっている。そこから話が広がって、徐々に女性客も増えていた。
鉱山やダンジョン付近ではなく、商店街でも販売して欲しいとの要望があるのだとかなんとか。
うむ。売り上げは順調だが、このままいくとカカオの在庫が無くなってしまう。
「どうしたものか……」
今日はダンジョン付近の屋台広場で、チョコレート菓子の販売を行っている。
在庫切れが怖くて、現在は不定期販売になっちゃっているんだよね。
大々的に販売を開始するには、ナベリウス問題が片付いてないんだよな~。
仕入れ先のジボールからどうやってカカオを定期的に手に入れるかという次なる課題が残っている。今のところは『移転鏡』があるからいいけど、あくまでもレンタルだしね。
なのでアマル様は冒険者ギルドを通じて、アントネストで『移転鏡』がドロップしたら高額で買い取る依頼を出しているそうだ。
シャバーニさん辺りがその内ドロップしてくれそうな気もするけど、難しいかな?
「アマル殿下からカカオを譲ってもらえばいいんじゃないか?」
「う~ん」
「シエラ殿下もほぼ復調したそうだ」
「へぇ」
「だがあの女は、まだナベリウスを従魔にすることを諦めてないようだぞ」
「ふ~ん」
その情報はきっと隠密カーバンクル部隊によってもたらされているのだろう。
俺はアマンダ姉さんにたまにノワル便で近況報告をしているけど、向こうからの連絡はディエゴが受け取って処理していた。
最近は怒っているのではなく、呆れと諦めが含まれていて、チェリッシュが忘れられない内に早く会いたいという嘆きも加わっているらしい。
でも俺、チェリッシュのことを忘れてなんかいないよ?
テオもギガンもちゃんと覚えてるって。
「おう、ここが例のチョコレートの菓子を販売してるって屋台か」
「そのようだな」
「オレらにも売ってくれねぇか?」
「いいよー」
「ところでオレらのことを覚えているか?」
「ん~?」
何か妙になれなれしいお客さんだなと思って振り向く。どちら様ですかね?
「……完璧に忘れてやがるな」
「首を傾げてるじゃねぇか!」
「くっそ、流石にそりゃねぇだろうと思っちゃいたが、マジだったか!」
冒険者らしき三人のおっさんが、悔しそうに頭を抱えたり地団駄を踏んでいる。
どこかで見たような気はするけど、冒険者ってこんな感じの人が多いからね。よくある見た目だから、常連客でも見分けがつかないことがよくあった。
そんな時は適当に合わせて毎度ありと言っとけばよい。
「まいどありー?」
「ダメだコイツ。一月以上会わねぇだけで、完璧に忘れてるじゃねぇか!」
「魔動船の旅であれだけ毎日顔を合わせてたのにか?!」
「賭けるんじゃなかったぜ!」
そんな風に悔しがるおっさん三人組の背後から、めちゃくちゃ笑っている見慣れた仲間が現れた。
「ほらね~! アタシの言ったとおりだったじゃん!」
「あ、チェリッシュ。ひさしぶり~!」
「やった! リオっちってば、アタシのことは覚えてるよ!!」
「そりゃ、リオンが俺らのことすら忘れてたらヤベェだろ」
「その可能性もあったから、会いに来たんでしょうに……」
「そうっすよね……」
ワイワイと現れる懐かしい顔ぶれである。
怒っているというより完全に呆れた顔なのはどうしてだろうか?
まぁ、叱られる危険性はなさそうなのは良かったけど、油断はせずにいよう。
最終奥義である土下座または五体投地も辞さぬ覚悟である。
「アマルやシエラもおるな」
「まぁ、いらっしゃることは事前に報告を受けてましたし」
「まさかもう歩き回れるほどに回復したとは……」
「再生治療薬のお陰ですかね」
「凄まじい効果だな……」
ん~? ディエゴたちが今日のことを知ってたみたいなことを言っている。
アマンダ姉さんたちだけではなく、うろ覚えなりに記憶しているアマル様もいるようだ。ダイジョウブ オレ チャント オボエテルヨ。
他にもたくさん人がいるようだが、知らない人ばかりのようだ。
しかし俺は完全に不意打ちを食らっている訳だが、悔しがっているおっさんと関係があるのだろうか?
「む。シエラが駆け寄ってきそうだぞ」
「危険性はないのでしょうか?」
「あやつは暴走したドラゴンのような存在だからな。ムスタファ、リオンを護れ」
「はっ!」
「シルバとノワルもな」
「ワカッタ。ジャーキークレ!」
「ウォンッ!」
なんだなんだ?
物凄く大きな人が護衛を振り切ってこちらへ駆けて来そうな気配がするぞ。
どうやらターゲットが俺のようで、それを危惧したアラバマ殿下やディエゴが、従魔たちに命令をしている。
そして俺の《《逃走本能》》が、警報を鳴らす。
―――――あ、ヤバイ。
そう思った瞬間。従魔のガードを一瞬の隙をついて飛び越え、俺に迫って来た人物に対し、思わず合気道の技をかけてぶっ飛ばしていた。




