小さい箱
目の前に白い小箱がある。
縦三センチ、横四センチ、奥行き四センチ。綺麗にラッピングされていたが、包装紙は既にただの紙と化してる。
「見て。これを、水上次長からもらったの。何かしら」
樋口はピンクに塗られた爪で、箱をこつこつと叩く。横から覗き込んでいる林が耳を寄せてその音を聞いた。
「詰まってる感じね。すぐ傍にまた別の箱があるって感じ。空洞は感じられないわ」
「この大きさ……ってねぇ?」
言葉を濁す樋口に、林は瞳を合わせて曖昧に頷く。
「まぁ、あれよね。一般的にこの大きさのプレゼントと言ったら……ねぇ?」
同じように言葉を濁して、再び箱を見つめた。
白い箱には、金色の箔押しで何かブランドのようなロゴが入っている。新聞紙を纏めるように十文字でリボンが巻かれており、リボンを解かない限り、箱の蓋は開かない。
「次長とはそういう関係なの? ただの上司と部下じゃなかったの? 年齢だって、一回りくらい離れてるよね?」
「ただの上司と部下だよ……って、私はそう思ってたんだけどなぁ。でも、なんていうの。こうやって、プレゼントもらうと、心が揺らぐっていうか」
嬉しいよね、と小さな言葉で付け足して、箱をひっくり返したり、目の高さに持ってきて眺めたりしている。
「そうしてる間が一番幸せだと思うよ。箱を開かずにそのまま楽しんだら?」
林の意見に同意して頷く。しかし時計を見ると、終業時間からすでに一時間過ぎている。フロアには、樋口と林の二人しか残っていなかった。
「このまま開けないわけにいかないよね。明日会ったら、何かしら言わなきゃいけないし」
「嬉しくて開けてないんですけど。ありがとう。……じゃ、通用しないか」
樋口は箱を机の上に置いて、両手を神に祈るように組んだ。たっぷり十秒数えられるほど時間を置いて、再び箱を手にする。
「開ける前に聞きたいんだけど…」
林が制止するように一歩前に出て、箱に近づく。
「それをもらった時に、何か一言なかったの?」
「なかったよ。はい、これって言って渡されただけ」
「中身がさ、アレだったら…返事は決まってるの?」
樋口は無言で唇を噛む。小さくため息をついて箱を握り締めた。
「年は離れてるけど、頼りがいもあるし、顔も嫌いじゃないし。次長だから収入も安定してるよね」
「それは答えになってないよ」
「ああ、どうしよう。箱を開ける前から、こんなにドキドキするなんて」
樋口はピンクの爪で、ゆっくりとリボンの隅を引っ張る。音もなくリボンの輪が小さくなり、するりと箱から滑り落ちた。
箱の蓋を摘んで、そっと引き上げる。底の部分まで覆っている深い蓋は、中身を簡単には見せてくれず、随分と焦らされる。
蓋が外され、視線が箱の中身に落ちた。
中には、グレーのベルベットのような生地で作られた小箱が入っている。
「嘘、どうして……」
顔を赤らめ、中から小箱を引き出す。白い箱は机に置き、両手でゆっくりと小箱を開いた。
貝のように、一辺だけが小さな蝶番で固定されている。
開いた小箱の中に、二人の視線が釘付けになった。
そこには、小さなUSBのメモリーキーが鎮座していた。
「開けてしまうと、あっけないね」
林の声が樋口の耳に届く。しかしそれが意識に届くのには、随分と時間が掛かった。
「どういうこと? これって、指に嵌められないよね。どんな意図?」
理想と現実のギャップに、脳が混乱していた。
「蓋をしている間は、確実にそこには指輪があったよね。あたし達の間には」
林の言葉にうなだれたように肩を落とし、グレーの小箱を机に置いた。
「蓋をしたままで持っていれば、間違いなくこれは指輪だったのにな……」