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神器  作者: 藍原センシ
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『神器』 第9回


          *   *   *


 危険を承知で巡回タクシーを拾い、僕たちは(くだん)の店舗に向かった。幸いリアルタイムで個人を特定出来るものを身に着けていなかった為か、交通事故に巻き込まれるような事もなく、十分足らずで僕たちは現場に到着した。

 生協の運営しているスーパーマーケットは、群青色の夜空にごうごうと火の手を上げていた。野次馬がHMEを手に店舗を撮影しようとし、警官たちが電子パイロンを立ててホログラムの規制線(レッドサイン)を張りながら「危ないですから下がって下さい!」とお決まりの文句を叫んでいた。

「何があったんですか!?」

 正確には「状況はどうなったのか」と尋ねたかったが、言葉を選んでいる余裕はなかった。咳き込むように尋ねた僕に、人垣の最後尾でSNS「Y」に投稿(ポスト)を行っていた青年が興奮気味に答えてきた。

「強盗が店に入ったんだよ。ギリで閉店時間は過ぎていたから、客は居なかったみたいなんだけどな。防犯カメラを壊して、裏で弁当やら惣菜やらの製造やっていた店員を人質にしやがった」

「警察の対応は……」

「犯人ども、馬鹿な奴らでさあ。先に防犯カメラ壊すし、自動精算だから売り場の方に店員誰も居ねえし。で、警官が銃持って正面から入って行ったよ。けど何か別の方法で外を見張っていたみたいで、奴ら逆ギレして火点けやがった。消防車がなかなか来ねえもんだから、大分焼けたな」

 派手な事件が起こり、誰かに話したくて堪らないのだろう、青年は早口に言うとまたポストを再開する。僕はふらふらと足元が覚束なくなったが、無理矢理両足に鞭を入れて店の裏手に駆け出した。

「あっ、葛西君! 無茶しないの!」

 由憐たちが声を上げ、追って来る。僕たちの動きに気付いたらしい警官が「そこ、待ちなさい!」と呼び掛けてきたが、構っている暇はなかった。

 僕が店舗裏の第二駐車場に回った時、従業員専用の出入口が開いた。空気の流入でバックドラフトを起こしたのか、爆風と共に人影が吹き飛んで来る。アスファルトの上に叩きつけられたその人物に、僕は慌てて駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」

「……や、やあ、慈郎君。駄目じゃないか、レストランのバイトをバックレちゃ」

 海老の如く背中を丸め、何かを庇うように四肢を折り曲げた君嶋先輩は、煙を吸ったのか(しゃが)れた声で言った。その弱々しい微笑みに、僕は胸が潰れたようになる。

 先輩のアクリルのエプロンは高熱で半ば融解し、鼻腔を刺すような臭いを立てながら彼の肌に貼り付いていた。火傷と相俟って刺青(いれずみ)のようになったその下から、黒ずんだ血液が筋となってアスファルトに流れ出している。トレードマークのプリン頭は縮れ、煤と血痕に塗れている。

 僕が口元に手をやると、その皮膚は石炭の如く熱かった。

「喋らないで下さい、今救急車を呼びますから!」

「119番なら、誰かがとっくにやってるよ……けど、多分手遅れになるまで来やしないさ。あいつが……俺の死を望んでいるなら」

「死を望まれているのは僕だって同じです! だけど、僕は生きている。アウトサイダーが──中学校の同級生が、助けてくれたから」

「そっか……いい友達を持ったねえ」

 先輩は言うと、包み込むように持っていたものを僕に差し出してきた。

「ペンケース?」

「この中に、『ギルガメシュ』のUSBが入っているのを思い出してね……こいつが焼けたら、全部が水の泡になるところだった……本当はあいつとしても、これを燃やしてしまいたかったんだろうけどね。ふふっ……ざまを見ろ。人間は、あんたが思っているよりずっとしぶといんだぜ、神様……」

「先輩……」

 強がるような彼の台詞が、痛々しかった。

「慈郎君……どうか、これを……ギルガメシュを持って行ってくれ。君を、データサイエンス部の次期部長と見込んで頼むよ……」

「元々二人しか居ないじゃないですか!」

 いつものように突っ込みを入れてしまってから、僕は我に返った。

「ギルガメシュ?」

「例の、オーパーツ解析用プラットフォームの名前だ……格好良いだろう? 神殺しに役立つようにって願掛けして、こんな名前を付けてみた」

「梅原猛」

「さすが、慈郎君だ。……お願いだ、『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』を倒してくれ。祖父ちゃんもきっと、その為に戦ってきたんだから……科学者たるもの、自分で結論に辿り着けていない事について本当の事みたいに語るのは、嫌だけど」

「居ますよ、『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』は!」

 僕は、ペンケースを握る先輩の手を自分の両手で包み込んだ。

「先輩をこんな目に遭わせた、憎むべき偽りの神です。こんな志半ばでドロップアウトするなんて、後輩に後の事を丸投げするなんて、恥ずかしくないんですか!」

「おいおい、慈郎君……先輩は畢竟、後輩に後の事を任せて卒業するものだよ」

 先輩は、また微かに笑みを浮かべる。

「きっと大丈夫さ、慈郎君なら。でも、君の小説が読めなくなるのは残念だな……俺としては面白いと思ったんだけど、選考結果が楽しみだった」

 ──人を見る目がなさすぎますよ、先輩。

 炎上する店舗からの熱風が何度乾かしても、僕の頰は濡れたままだった。

 僕が先輩に近づいたのは、香宗我部博士に会う為だけだった。後輩として見込まれる程に、部員としての自覚があった訳でもない。小説の方も一次選考すら通らなかった。薄々感じてはいたが、僕の書くものを面白がるのは結局のところ、僕だけなのではないかとすら思った。

 由憐たちが、僕に追い着いて来た。

「葛西君──」

 皆の言葉が、満身創痍となった君嶋先輩を見て呑み込まれる。

「本当に泣いている……葛西君」

「ユレちゃん」真栗先輩が、由憐を窘める声がした。「あんなに熱い空気を容赦なく顔に当てられたら、乾燥して涙も出るでしょ。だけど──男の子は泣いちゃ駄目だなんて、私は思わない」

 君嶋先輩は彼らをちらりと見ると、目を閉じた。

「じゃあね、慈郎君……データサイエンス部、潰すんじゃないよ」


          *   *   *


 諏佐が合流すると、僕たちは警官に「市道でBCSTに発砲した容疑者が居る」と気付かれる前に現場を離れた。短時間であの情報が何処まで伝達されるのかは不明だが、テラスのネットワークは伊達(だて)ではない。

 プリウスを定員オーバーで走らせている事について、巡回中のパトカーに見咎められる事などは気にしていなかった。僕は君嶋先輩に託されたペンケースを握りながら、あの場所に彼の遺体を残して来なければならなかった事を悔やんでいた。

 バイパス沿いの「オフィール」に拠点を移し、真栗先輩が出鱈目(でたらめ)な名前と住所で利用申請を済ませると、まだ日付が変わっていないにも拘わらず皆誰から言い出すでもなく個室で眠りに就いた。

 手狭な空間で雑魚寝になる事は、皆慣れているのか誰も口に出さなかった。ただ、一刻も早くこの一日を終わらせたいと望んでいるようだった。

 僕も現実逃避するかのように目を閉じた。これ程様々な事が立て続けに起こったのだから眠れるはずがないと思ったが、幸いにも体の方はそれ故に疲労が蓄積していたらしくすぐに睡魔が襲って来た。

 夢の中に、去年夏に僕がネットの創作仲間と作ったアンソロジーを部室で先輩が読んでいる光景が出てきた。

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