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神器  作者: 藍原センシ
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『神器』 第7回


          *   *   *


 白いプリウスは、アーケード街の中央を横断する路傍に停車した。由憐は露木と共に車外に出、僕にも出るように言った。

 目的地はアーケードの中にある為、専用の駐車場がない。しかし、BCSTの隊員にこちらの車が──恐らくはナンバーも──控えられている為近くのコインパーキングを利用するのは憚られる。自動決済サービスに履歴が残る為だ。

「奴らからの報告を受けて上が動くまで、もう少し時間が掛かると思う。路上駐車は(かえ)って目立つし、適当にこの辺りをドライブしててよ。幸い仕事帰りの大人が遊び回っていて交通量が多いから、その中に紛れ込める」

 由憐が言うと、諏佐はげんなりした顔になった。

「一人だけめっちゃ危険じゃん? もし『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』が、テラスに繋がった他の車を動かして事故を起こさせたりしたら? 警察やBCSTを、人間を動かすよりよっぽど手っ取り早い」

「やって」

 彼女の有無を言わせぬ口調に、一度は反論した諏佐もやや不貞腐れた様子ながらソリッドを組み立て始めた。

 彼に「お願い」と言うと、由憐と露木は僕を(いざな)ってアーケードの中に歩き出した。

 目的の店舗は、そこに入ってすぐのビルにあるようだった。エレベーターに乗り、由憐が五階を選択する。フロア表示には「インターネットカフェ『オフィール』」と書かれていた。

 僕はこの手の施設を利用した事はなかったが、まあこのようなものだろう、といった造りだった。エレベーターを降りてすぐの壁に設置された利用申請・決済用の液晶パネルの中から、二次元の美少女が『いらっしゃいませ!』と声を掛けてくる。由憐はそれを見て軽く口角を上げ、淀みない足取りで個室の一つに向かった。

 彼女が独特のリズムで扉をノックすると、中から「どなたですか?」と声がした。彼女より幾分か低い、左程年齢の変わらないらしい若い女のものだった。

 由憐は真面目な顔で言う。「炭酸飲料の差し入れです」

「賞味期限は?」

「昨日までです」

 数秒の後、ガチャリ、と鍵の外れる音がした。扉が開いて顔を覗かせたのは、カールしたレッドブラウンの長髪を垂らした女性。「おっつー、ユレちゃん」

真栗(マクリ)先輩、この合言葉ダサいから変えませんか?」

「えー、面白いでしょ。誰かに聞かれてもおかしくないし」

「期限切れ炭酸飲料で『アウトサイダー』って、ふざけているんですか」

 由憐は言ってから、「いけない」と首を振った。

「無駄話をしている暇はないんだった。先輩、葛西慈郎君を連れて来ましたよ。大分真相に近づいているみたいです」

「そう、この男の子が……」

 真栗先輩と呼ばれた女性は僕の方を見、こちらの頭頂から爪先まで何度か視線を往復させてから「入って」と言った。「君を待っていたの」

 僕は「失礼します」と断りながら、由憐と露木と共に個室に足を踏み入れる。先程の由憐と彼女のやり取りは、何処となく僕と君嶋先輩の掛け合いにも似ているな、と、ちらりとどうでもいい事を考えた。

 室内にはもう一人居た。背が高く痩せており、くるくると巻かれた黒髪と眼鏡がカジュアルな白シャツに似合っている。露木がスポーツ青年、諏佐がミュージシャンだとすれば彼は「文学青年」っぽいな、と直感的に思った。

雷電児(レイ・ディアル)先輩、中国からの留学生」

 由憐が耳打ちしてくる。

「そして、彼女が竪琴(タテゴト)真栗先輩。アウトサイダーのリーダー」

「真栗です。宜しくね」

 挨拶され、僕は事の推移に夢を見ているような気分になりながらも頭を下げた。

「葛西慈郎です。風代大学、情報工学科二年」

「ジロ君ね。ああ、阿電(アーディエン)は日本語ペラペラだから、難しい言葉を使わないようにとか気にする必要はないから。君には今から、色々お話を聞かせて貰わなきゃいけないんだけれども──」

 真栗先輩は言うと、僕に室内のソファに腰を下ろすよう勧めてきた。その言葉に甘える事にすると、雷電児先輩と呼ばれた青年が無言で部屋を出て行く。一分後、戻って来た彼は無料ドリンクバーのカップに烏龍(ウーロン)茶を注いでおり、それをまた無言で机に置き、僕の前に滑らせた。

「あ、ありがとうございます」

「彼、気が利くでしょ?」

 真栗先輩は、由憐と露木にも座るようにジェスチャーで示す。彼らは僕を左右から挟むように座り、僕は何だか逃亡しないようにと圧を掛けられているようでやや圧迫感を覚えた。

「さて……と。何から話を始めるのがいいかな」

「尾行の件についてからお願いします」僕は、お茶を一口含んでから言った。「僕から話せる事なんて、水鏡が掴んでいる以上の事はありませんよ。だけどあなた方はどうしてそこまで、僕の最近の行動を調べられたんですか?」

「いきなり否定するようで悪いけど、ユレちゃんは大した事はしていないよ。昨日のニュースでたまたまジロ君を見つけて、君が危ないかもって思って昨日と今日見張っていただけ。そしたらあなたが、香宗我部博士の遺言の中に名前が出てきた、テラスを調べようとしている”孫”、君嶋至輝君と一緒に調査を行っている事が分かった」

「総司の事は……?」

「勘」

 こちらに答えたのは、由憐本人だった。

「だけど葛西君の性格からして、他に理由はないと思った。何でも知っている、みたいな振りをしてごめん。だけどそうして振りをしていないと、本当に何でも知っているテラスに──『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』に私たちが対抗出来る見込みはないって、絶望してしまいそうだったから」

「ユレちゃん、殊更(ことさら)に病んでるような振りはしなくていいの」

 真栗先輩は柔らかな口調で、こちらまでぎょっとするような厳しさにも受け取れる台詞を放った。しかし、本人はそのような事に拘泥している様子もなく、再び視線を僕に戻してくる。

 僕は覚悟を決め、由憐の認識と実際との齟齬がないよう──間違った前提で話が進むと厄介だから──改めて一同に語り出した。阿久津総司の死、調査のきっかけとなった僕の根拠のない”思いつき”。そして、調査の進捗状況とここ数日の間に僕に襲い掛かった出来事の連続。

 いざ口に出してみると、それらは思いがけない滑らかさで滔々と溢れ出した。語っているうちに感情が昂り、動悸が呼吸を阻害する。二時間程前、由憐と再会した辺りまで至る頃には、僕の言葉は途切れ途切れになっていた。

 その感情を”不安”だと気付くまで、(しば)しの時間を要した。

「香宗我部博士が亡くなったって、どういう事ですか? 竪琴さん、さっき『遺言』って仰いましたよね? それなら、事故死とかじゃなかったって事ですか?」

「事故死として()()()()可能性も、博士は考えていたみたいだけどね。結局のところは自殺っていう形になった。自殺っていう形にして、誰かがあいつの意思に基づいて手を下したのかもしれない。とにかく、普通じゃないよ」

 真栗先輩は神妙な顔で頭を左右に振ると、机の下に置いてあった鞄からDVD - ROMを取り出した。

生富(イクトミ)維和(イワ)君──私の彼氏だった人だけど、去年の年末まで私たちが拠点にしていた彼の部屋にこれが郵送されていたの。博士が直接送ったならテラスが郵便事故を起こさせて届かなかった事にする可能性もあったけど、そこは見て貰えればちゃんと彼から説明があるから。届いたのは今朝だったから、昨夜未明に博士が亡くなった事を考えれば彼は以前からこういう事になるって分かって覚悟していたのかもね」

「それを見せて頂けますか?」

「勿論。だけどその前に、アウトサイダーが何なのかについてジロ君には理解して貰わなきゃいけない。言っておくけど、ユレちゃんに保護された時点で君が私たちと共闘するのは確定事項だから。そうでしょ? このままじゃ君は、お友達の死の真相を知るどころか自分の命まで失くす事になるんだよ」

「共闘します。我が身可愛さじゃなくて、総司の為ですけれど」

「はいはい、その辺りはどうでもいいの」

 真栗先輩は軽くいなすと、訥々と語り始めた。

「私が付き合っていた維和君は、ユレちゃんと同じくこの街の出身だった。顔は格好良いけど、性格はダメダメでね。趣味で小説を書いてMurmurer……じゃない、今はYって名前だっけ。それに投稿していたけど、裏(アカ)ではストレス発散に病み呟き(マー)ばっかして、作品を誰も読んでくれないって界隈の人たちを罵ってた。誰とでも上手く付き合えているように見えて実際には八方美人、流されやすくて、その癖自分がこうだって信じた事には盲目で、意見の合わない人の事は徹底して見下して陰口を言った。私はルックスで付き合っていたけど、それを言ったらユレちゃんからは怒られたっけ。そんな軽い気持ちで、私の恋を駄目にしたのか、って。だけど私から言わせて貰えば、彼の本当のところが何も見えていなかったのはユレちゃんの方だったね。ま、後輩相手にガチで喧嘩するのも大人げないから適当に謝ったけど」

「先輩、それはもう言わないお約束です」

 由憐が、大して恥じらってもいない(ふう)に先輩に抗議をする。彼女はまた「はいはい」と(あしら)い、「惚気(のろけ)話じゃないからね」と僕に断りを入れた。

「『ナイトメアクリスマス』事件の年だったよね、是澤(コレサワ)大学に進学した私が維和君に会って、告って付き合い始めたの。事件の後、皆が知っている”師尊(シーズン)”、今じゃもう不謹慎な小中学生が面白半分に毒ガス事件をネタにする時にしかこの呼び方はしないけど、姿樟脳が現れて『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』の存在を説いた。それで、テラスは危ない、風代は危ないから皆逃げろ、みたいな陰謀論も出た。

 維和君は将来小説家になりたいとは、思っていなかったんだよね。卒業後は風代に戻って公務員になる、っていうのが彼の目標だった。彼、色々と後先考えないからさあ、付き合い始めて半年で、卒業したら結婚して一緒に風代で暮らそう、って言ってきた。私の将来の夢を尋ねようともしなかったけど、私には別段そんなものもなかったし。だから呆れはしたけど嬉しかった。こっちから告白した訳だけどさ、断る理由がないからおざなりに付き合っているんじゃなくて、ちゃんと私の事を好きでいてくれてたんだ、って、大袈裟だけど感動した。

 それが、反テラス運動の集団が風代でぽつぽつ現れ始めた頃に変わってしまった。郊外とはいえ社会実験の事と遺跡発見の件で、この街の事は度々全国的に報道されていたからね。姿の言う『試練の季節』が始まったって分かると、彼は一転して風代には帰らないって言い始めた。卒業したら、東京中心部で企業に就職するって。私は彼にプロポーズされてから、風代での就職がスムーズに行くように一年生でもう就活みたいな事──インターンに行ったりとか──を始めていたから、無責任だって怒った。おまけに彼がそんな事を言い出した理由が、『皆がそう言っている』だったものだからね。喧嘩になって、あわや関係決裂。そんなところまで行ったな」

 黙って聴きながら、僕は由憐がこの生富さんという男性について移動中に「ああいう事になった」などと意味深長な言い方をしていた事を思い出した。僕はそれを聞いた時、決定的な言葉を避けているような彼女の態度に、彼がどのような事になったのかを察したものだった。

 由憐もその為にアウトサイダーに加わったと言っていた。きっと彼女も、真栗先輩に彼への想いを打ち明けて「怒った」時、これと同じ話を聴かされたのだろう。そう思うと同時に、僕は彼女が、やたら「皆」という言葉を使う僕に銃口を突き付けて「皆とは誰なのか」と問い詰めてきた事を想起した。

「だけど、一週間かそこら口を利かないでいる間に、彼の方でも罪悪感を感じていたようだった。彼が、居るかも分からない『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』に対して過剰に怖がっていたのって、裏の事情がどうであれ風代の治安が悪くなって沢山の人が死んでいるのは事実だからだったんだよね。そんな所に私を連れて行ったら危ない、って。だけど私が、この街での彼との生活を夢見ていたのも本当。だから、彼は私にメールした。『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』の存在の是非を明らかにして、もしそんなものが居るとしたらやっつけて『試練の季節』を終わらせてやる、って。それで彼は進級と同時に休学届を出して、私の返信も待たずに風代に帰った。

 彼が好きだからこうもきっぱり言っていいんだけど、馬鹿だったよね。改めて私と冷静に話し合おうとか、考えなかったんだから。私は半ば愛想が尽きて、最初は放っておこうと思った。けど一ヶ月くらい経って、カンフルセツルメントが全盛期を迎える頃に心配になって、ゴールデンウイークに私も風代に向かった。

 彼は口だけじゃなかった。素性を隠してあっちこっちに手を回して、香宗我部博士に渡りをつけていた。博士も国から圧力が掛かって会見ではテラスの安全性について説明したみたいで、その後個人的なジャーナリストからの取材も拒否し続けていたらしいけど、良心の呵責は感じていたんだって。そこに、風代を恋人と安心して暮らせる街に戻す為に戦う──そう、彼は戦うって言ったんだって──っていう真摯な若者が現れたものだから、一切オフレコで、報道機関にも情報をリークせず、SNSに上げたりもしないっていう誓約書を書かせた上で全てを打ち明けた。その詳しい内容についてはジロ君にこのDVDを見て貰う事にするけれど、とにかくそれ以降、アウトサイダーと香宗我部博士との交流は続いた。

 私は維和君から話を聴くと、共闘を申し出た。『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』は、蝶の羽搏き(バタフライエフェクト)みたいな些細なきっかけを積み重ねて人の意思を支配する。知らず知らずのうちに、彼がコンビニでポテチを選んでいる間にも”神のプログラムコード”は実行され続けているかもしれない。それに対抗するには、共通目標に向かって同時行動を取れる仲間を集めて団結するのがいい。そうして、私はアウトサイダーの同志を募った」

「別に秘密結社(フリーメイソン)でも何でもなかったからね?」由憐が注釈を加える。「だから私も、片想いの生富先輩がそういう活動をしている事を知った訳だし」

「だけど、それもまた『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』の予定(プログラム)の内だった。ねえジロ君、姿が『試練の季節』って言葉を使ってから、本当に色んな団体が結成されたよね? 実のところ、あいつからすれば人間はまとまっていた方が操りやすかったんだよ。一人一人が単位記号化されて、集団意思が認められるから。それは膨らめば膨らむ程、”傾向”って意味で単純化するから。

 ……『彼らは一人一人はいい人たちなのだけれど、集団になると頭を失った怪物だ。どちらの方向を向くかも分からないし、どちらの方向に頭を向けさせられるかも自覚していない』」

「……チャップリン」僕が呟くと、真栗先輩は「そう」と言った。

「インフルエンサーが広める流行とか社会現象とか、あとインフレになると消費が活発になったりデフレになったら停滞したり、仕組みとしてはそうだけど結局は人の意思次第だよね、って事があるじゃない? だけどいざ”傾向”が生じると、教科書で習った通りに社会全体が動く。冷静に考えると怖いよね。『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』としては、こういう集団意思にこそ介入しやすいんだと思う。

 最終的に、維和君は死んでしまった。変電所から突然周囲に高圧電流が放出されて、立ち入り禁止のフェンスに寄り掛かっていた彼は感電したの。彼をその位置に導いたのもきっと、あいつだったんだろうね」

「一体」僕は我慢出来ずに口を挟む。「アウトサイダーの活動で、どれだけの仲間が犠牲になっているんですか?」

「今のところは彼一人」

 真栗先輩の口調は、期待に添えず残念でした、とでも言うかのようだった。

「それ以降私たちも警戒を強めたからね。団結は必要、だけど個人意思が希釈されるまで全体をシステム化しては駄目。微妙な匙加減なんだ。だから敢えて、私たちは組織にならずグループのままで居るの。風代で行動する時は常に少人数、テラスに繋がった電子機器は持ち歩かない。いつまで続けられるかは分からないけどね」

「この状態は、いつ崩れてもおかしくない」

 ずっと黙っていた雷先輩が開口した。想像を上回る流暢な日本語と美声に、僕は姿勢を正さざるを得ない。

「一度崩れたら、あとはもう坂を転がり落ちる勢いだろうな。博士の死が、その嚆矢(こうし)でない事を祈るばかりだ」

「で、大変お待たせ致しました、これから例のDVDを流すね」

 真栗先輩は立ち上がると、備え付けのPCに鞄から取り出したディスクを挿入する。僕と由憐、露木、雷先輩も席を立ち、彼女を取り囲むように集まってディスプレイを覗き込んだ。

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