表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神器  作者: 藍原センシ
6/34

『神器』 第6回

 帰宅ラッシュで混雑する国道を避け、市道四号線をルート選択して自走していたプリウスに、背後から突然(かん)高いホイッスルの音が浴びせられた。

『法定速度オーバーです。停止して下さい』

 わざわざ無個性に設定されたような、棒読み調の女の声。音声合成技術がどれだけ進化しても尚、公的サービス関連では古くから「自動音声といえばこれ」というこの音声が使われている。

 パトロールカーが、いつの間にかプリウスの後ろを走っていた。最初に由憐に応答したきり一言も喋っていなかった諏佐が「マズいな」と呟く。

「速度設定は操作していない。自動設定(デフォルト)のままだ」

「どういう事だ?」

 僕が問うた時、由憐がいきなりこちらの肩を掴んで座席に押しつけた。

「伏せて! あいつパトカーじゃない! 諏佐君、加速して!」

「言われなくても!」

 あっという間だった。前方に車両が現れると速度制限の掛かる自動運転車だが、現在プリウスの前に立ち塞がるものは何もない。

 人為的な操作が加わればどれだけデフォルトが安全仕様でも、どれだけイレギュラーをカバーする機能が備わっていたとしても事故は起こる。敢えてその可能性が残されているのもテラスの筋書き通りなのだろうか、などという考えが()ぎった。

 刹那、パトカーの天井が開いた。光学迷彩が施されていたらしく表面が一瞬揺らぎ、車体が松葉色の角張ったものに変化する。天井のないその上部から、迷彩服を纏った覆面のシルエットが二人立ち上がった。

「高機動車じゃないか!」僕は由憐のコートの裾を掴む。「陸自がどうして?」

「BCSTだ、あいつら」

 彼女が、険しい声色でそう言った。

 BCST(Big Computer Security Team)、陸上自衛隊風代駐屯地の人員から編成されたテラスの警備隊。それが何故このような場所に、と混乱した僕だが、すぐに思い至って由憐を見上げた。

「君たちアウトサイダーを追って来たのか?」

「責任転嫁するな。確かに私たちは『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』と戦う蛇喰らい(スネークイーター)だけど、あいつらが今追っているのは葛西君、あなたなんだからね」

「僕を?」

 ──あなたのアルバイト帰りの道で、尾行者らしき不審な人影を見た、とか。

 午前中、倭文に言われた言葉が脳裏を掠めた。

「あなたは()けられていた。私たちはそれに気付いたから、先手を打って拉致に見せかけて保護しようとしたの」

 彼女は苛立たしげに言うと、窓を開けて身を乗り出した。

『前の車! 止まりなさい!』

 BCST隊員が、拡声器を手に叫んだ。隣の隊員は既にM4カービン(アサルトライフル)を手にし、こちらに向かって照準を合わせようとしている。

 何の前触れもなく、破裂音が響いた。撃たれたか、と心臓が竦み上がる僕だが、その音源はすぐ横だった。

 由憐の構える3Dプリンター銃から、煙が棚引いていた。ぎょっとし、もう一度バックガラスから後方の高機動車を窺うと──M4を構えていた隊員が胸を押さえ、大きく仰反(のけぞ)っているところだった。

「本当に撃った……?」

虚仮(こけ)(おど)しだと思ったの?」彼女はきびきびと言う。「あいつらは防弾ベストを着込んでいる。殺す気でやってもそうそう死なないから。まあ、運動エネルギーを分散させるだけだから肋骨くらいは折れているかもね」

「だけど、これで君は本当に犯罪者だ」

「おっと、俺たちも居るぜ!」

 露木が大胆にも走行中にドアを開け、片手でドア枠に掴まりつつ立った。その手にはいつの間にか、由憐と同じような銃──(ただ)し色は赤だ──が握られている。彼は腕を大きく跳ね上げながら引き金を引いたが、射出された弾は高機動車の遥か上空を横切って夜空に溶け込んで行った。由憐が悪態をつく。「下手っぴ」

「だってよ、お前に当たったら」

「ありったけ私に寄越して。何としてでも乗り切るよ」

 彼女は言いながら、再び弾丸を撃つ。3Dプリンター銃の樹脂素材はそこまで耐久性が高くはないようで、二発目にしてバレルが変形し、弾けるように粉砕された。彼女はすぐさまそれを僕の足元に投げ捨て、露木の手から赤い銃を捥ぎ取るように奪って射撃。また銃が壊れ、それを捨てて次のものを求める。露木は頭を掻きながらも、彼女が要求するものを手渡す。今度は青色だ。

 しかし、攻性のムードはそう長くは続かなかった。由憐と露木が三度目の銃の交換を行っている間に、再起した一人目が三脚を立て、何か無骨なものを高機動車に設置しようとしていた。

 暗くてよく見えない──が、(いち)早く反応したのは由憐だった。

「ヤバっ……! 諏佐君、もっと加速! 前方良し、法定速度は無視して。どうせ警察は私たちを追い駆けて来るんだから」

「そんな簡単に行くか! セーフティ機能が搭載されてんだぞ、これは!」

「有人モードに切り替えれば運転出来る! ルートの再入力と、速度制限の上限値を手動修正! こういう時の為に、3Dソリッドメイキングがあるんでしょう?」

 彼女の口にしたのは、最近の自動運転車に搭載されているビジュアルコーディング用のソフトウェアだった。目的地とルートまでを設定していても、移動の途中でそれを変更せねばならない場合も往々にしてある。その際、ドライバーが実行中の運転プログラムを直感的に修正出来るよう、必要な手順(プロセス)をホログラムの立体(ソリッド)を組み合わせるパズルのような形式で組み立てられる仕様になっている。

 自動運転車が普及した事は「ながら運転」や「居眠り運転」の危険性がなくなり、それらが法的に許されたというメリットを持っているが、今までは走行中に気が変わればハンドルを切るだけで済んだ作業が「設定をし直す」という事をしなければならなくなったというデメリットもあった。まだ自動運転でない車も現役の現在、教習所では従来の運転技術と共にこの再設定作業(ソリッドメイキング)も課程に含まれる。多くの人が自動車の各機能を覚えて操縦方法を手続き記憶としてしまうように、ソリッドの組み方も煩雑そうに見えて慣れれば簡単──らしく、実際に多くの者が見事な指捌きでこれを利用しているが、自動運転でない車を日常利用していた人にはなかなか難しいらしい。

 失敗しても目的地に辿り着く事は最初の設定で確実に出来るし、他の車や障害物を検知して速度調整やブレーキの作動が行われるようになっているので事故も起こらない。従来ならばそれで良いのだが、

「だから俺は、アニメが観られなくてもいいから普通の車を使おうって言ったんだ!」

 諏佐がソリッドメイキングの苦手だった事は現在痛手だった。

 手間取りながらも彼が速度の上限設定を変更し、更に加速した時、自衛隊員がその”何か”を発射した。それは円筒形で、後方に煙らしい尾を引きながら弧を描いてプリウスに肉薄してくる。

 直後、真後ろで爆炎と土煙が巻き起こった。衝撃が車体を震わせ、僕は無意識にシートベルトを強く握り締める。

「グレネードランチャー!?」

「96式40mm自動擲弾銃。あんなものまで使われるなんて……」

 由憐は独りごつと、目だけを動かして僕をちらりと見た。

「問答無用って訳? 『知りすぎた男』を葬る為には」

 市道から、風代駅方面に進路が切り替わる。繫華街の裏通りに出、僕はアルバイト先への出勤時刻をとうに過ぎている事に気付いたが、現在進行形で命を狙われているとあっては店長に説教を喰らうなど問題にならない程些末な事だ。

 さすがに繫華街の裏通りとなると行き交う自動車の数も多くなり、BCSTも追跡は難しいようだった。歩道を見ると、先程彼らの放った擲弾の炸裂音を聞いたのか、人々がHMEを手に足早に僕たちの来た方向に向かっている。

 どうやら敵としても、現段階ではあまり目立つような事はしたくないらしい。

「向こうとしちゃその気になりゃ、幾らでも再戦の機会はある訳だ」

 露木が、言いつつ車内に身を落ち着けてドアを閉めた。由憐も座席に座り直す。

「あいつらとしては、”敵”の居場所を探るのに色々方法はあるんだけど」

 彼女は、僕に「HME」と言った。

「オフラインにして。テラスにIPアドレスが登録されている端末だから、契約者の位置情報が割り出される可能性がある」

「それを言うなら、この車は? ライセンスナンバーは──」

「これは風代の外から持って来たものだ。テラスには接続されていない」

 早く、と促され、僕は自分の端末を取り出した。Wi - Fi、モバイルデータ共に通信をオフにする。

「だけどカオスを辿れる『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』なら──そんなものが本当に居るとすればの話だけど──、目的のIPアドレスを持ったHMEの位置情報が消失した点から、簡単に僕たちの行き先を追跡してしまえるんじゃないか?」

「テラスが直接BCSTに指令を下す事はない。『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』としては、自分の存在はまだ証明されていないものとして扱いたい訳だからね。人間に理解出来る証拠と論理に基づいて、葛西君を容疑者とする理由を司法や行政に提示、その結果警察やテラス警備チームが動く事になっている。通信での追跡が不可能になったら、あとは人力(マンパワー)で街の監視カメラやら何やらを調べて追跡してくるんでしょう」

「だけど、それでもいつかは辿り着く」

「時間が稼げる。考えて、行動する為の時間がね」由憐は、素早く切り返してきた。「私たちの作戦は、常に時間との勝負だった」

「……なるほど」

 僕は、頭痛を覚えて無意識に眉間を揉んだ。

「結局のところ、テラスの目から逃れる事は難しい……か。僕は見張られていた。倭文の言う事は本当だったんだ」

 しかもそれは、同時に神曲ゼミナールが僕を監視していたという事も意味していた。由憐は呆れたように両手を開く。

「あの手の宗教から簡単に抜けられる訳がないでしょ。最初にした借金の分を返したら綺麗さっぱり手を切れる? 考えが甘い」

「けど、何で僕に? 信者……会員は相当数居るんだ。その全員に監視なんて、付けられる訳がない」

「全員な訳がない。あなただけ特別に、よ」

「そんな」頭痛が増々酷くなる。「僕の内部偵察の目的がバレていた?」

「あなたが、上手くやりすぎたから。今年一年、いや、半年もあればあなたは借金を完済して教団を抜けていた。連中が、こうも頑固に借金を重ねないあなたが教団の実態が悪徳商法の巣窟だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう。姿の言おうとした事を理解していない割に、そういうところは敏感なんだ、あいつら。金儲けの事しか頭にないからね」

 僕は調査内容とは関係なく、連中のビジネスを阻害するだろうという理由で狙われていたのか。自然にそのような語彙を思考に用い、僕ははっとする。

 狙われた? 何を?

(命を?)

 一時的な報復行為が彼らにとって何の意味も持たない事は、考えるまでもない。

「何だよ、それ……偶然にしても酷すぎる。ビジネスを終わらせない為に奴らが僕を手に掛けたとして、得をするのは『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』か」

「ね、分かったでしょう?」

「何が?」

「それが、『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』のやり口だって事。人の運命を、本人には知らせずに操って”必然”を導く。神曲ゼミナールは今や、本人たちは自由意思を持っているつもりで居るかもしれないけど操り人形。『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』は姿の主張を陳腐化させただけじゃなくて、その遺産までを徹底して蹂躙している」

「間抜けなのは僕自身もだ。BCSTに神曲ゼミナール、そして君たちアウトサイダーと三組に尾行されながら、どれ一つとして気が付かなかったんだから」

 僕は、わざと自嘲気味にそう言ってみた。

「それに僕は、まだ『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』について存在を確信していた訳じゃなかった。それについて調べる為に、君嶋先輩と一緒にやっと取っ掛かりを見つけた程度のところだったんだ。それを何で、『知りすぎた』なんて……これも、僕が間抜けすぎるから自分が知っている事にすら気付いていない、っていう意味か?」

「……『そんな事ないよ』って言って欲しいなら、私は言わないよ」

 由憐の口調は変わらない。

「あいつじゃなくても分かるよ。葛西君、あなたの言う通り、あなたが最初にあいつの存在を感じたのは『もしかしたら』程度の思いつきだったんでしょう。だけどそのきっかけを基に調べるうちに、あなたは真実に迫っていた。確信がなくても、過程がすっ飛ばされていても、真実は一つだけだから。

 ところで葛西君、オンライン状態のHMEはたとえインターネットを使った機能を使用していなかったとしても、端末で行われた処理のログがテラスにバックアップされている事は知ってる?」

「えっ?」

「アルバムのフォトエディターとか、個人用アプリ制作の開発ツールとか。あなたの持ち歩いているHMEの位置情報が神曲ゼミナールのメンバーが持っているそれらの近くにあったり、香宗我部博士の孫の近くにあったり……その上、あなたの端末がオーパーツを撮影していたり、同時に博士の孫──まだるっこしいから私も君嶋先輩って呼ぶけど、彼の端末と紐づけられているPCでその解析用アプリが開発されたり。これであなたが『知りすぎた男』にならない方がおかしい」

 彼女はHMEではないプリペイド携帯を取り出すと、最近のネットニュースを検索して僕に見せてきた。

 昨日、遺跡崩壊の現場に居合わせた「地元の大学生」──僕にインタビューが行われている例の映像だ。福寿テレビのアーカイブだが、彼女はシークバーをスライドさせ、ある瞬間で停止させる。

 そこには現場を調べる警察の様子と共に、離れてその様子を見る僕の肖像が顔を隠されずに映っていた。午前中、倭文が発見したと言っていたものだろう。

「……『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』は居る。さっきからその前提で、君は話しているね」

 僕は(かぶり)を振り、最後の台詞を言った。

「答え合わせがしたい。君たちアウトサイダーが香宗我部博士から直接教えられた事があるなら、僕も彼に会う事が出来ないだろうか?」

「………」

 由憐──沈黙。それは、露木も諏佐も同様だった。彼らの空気が一様に沈痛なものに変化したように思い、僕は戸惑う。

「何? どうしたの?」

「君嶋先輩も知らなかったんだ、この事」

 由憐は唇を噛み、絞り出すようにこう言った。

「香宗我部博士は、昨夜未明に亡くなった」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ