『神器』 第4回
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あれよあれよという間に、僕は両手を挙げさせられ、背後に回った由憐から腰の辺りに銃口を押し当てられたまま歩かされた。
フルクラムのパフォーマンスを行う駐車場ではない、コンビニの裏手に自動運転の白いプリウスが停められており、僕たちが近づくと扉が開いた。乗って、と促され、僕は両手を掲げたまま大人しく乗り込む。
「ミッション・コンプリート」
前方の席に二人の男──彼らも大学生くらいの若者だった──が座って待機し、由憐が乗車すると左側の一人が振り返ってサムズアップをしてきた。野球帽を後ろ向きに被り、トレーナーを羽織っている様がスポーツ選手を思わせた。
「離れるよ。迂回ルートを使って『オフィール』に」
「ラジャー」
従来であれば運転席に該当する位置に座った若者が応じ、コンピュータに発進命令を出す。こちらは狐色の長髪をオールバックにして束ね、腹部を開いたシャツの上にダメージ気味の黒いレザーベストを羽織っている。同色、同素材の指なしグローブと相俟って、こちらは何処かミュージシャンを彷彿とさせた。
プリウスが走り始めると、由憐は銃を下ろしてシートベルトを締めた。
「アウトサイダーの仲間。左が露木君で、右が諏佐君」
「アウトサイダー?」
「私たちの組織……じゃないな、グループの名前。神曲ゼミナールみたいに、命令系統がしっかりある訳じゃないから。私たちはいわば自警団で、『機械仕掛けの神』の『試練の季節』を終わらせる為に動いている」
「僕が知りすぎたっていうのは──」
言いかけた時、彼女がまた銃をちらつかせたので咄嗟に口を噤む。
それがリアルな拳銃だったりしたら、却って僕は、それがモデルガンではないか、などと疑っただろう。しかし、そのお世辞にも精密な造りとは言えない形状が逆にこちらの信用を恐怖心と共に煽り立てた。
車内に、硬質な沈黙の帳が下りた。バックミラーに、露木と呼ばれたスポーツ選手風の男の目──軽薄そうに笑みを浮かべてはいるが、眼光は全く笑っていない──が映っているのが不気味だ。
緊張感に耐えられなくなり、僕は「ねえ」と由憐に話し掛けた。
「喋っていい……んだよね?」
「いいけど」
間髪を入れずに答えられ、何を言っていいのか分からなくなる。彼女らの行動やここ最近の僕の周辺で起こった出来事を口に出したら、また銃で脅されそうな気がした。
「えっと、その……水鏡はさ、卒業の後何をしていたの?」
言えたのは、雑談とも遠回しな現状への疑問ともつかない台詞だった。
彼女は銃筒でこつこつとキャスケットを叩きながら「何って」と呟いた。
「恋をしていた──かな」
葛西君にじゃないよ、と付け加えられ、僕はやや辟易しながら「はいはい」と言う。
「私、世田谷の高校に行ったんだ。親戚の家に居候させて貰って、大学に入ってからは現地で一人暮らし。高校時代に二つ上の先輩を好きになって、同じ大学に入ろうとして頑張ったけど、いざ入ってみたらその彼にはもう彼女が居た。ショックだったけど、その相手の人も話してみたら悪い人じゃないしさ」
「話せるものなんだ」
「ああ、その人が今の私たちのリーダーなんだけどね。男の先輩の方は、偶然風代出身だって事が分かって、それで意識して……だからそうだな、知り合いが誰も居ない環境の中で、たまたま私の中で”個性”を持った男の人を好きだって思い込んでいただけかもしれない。もしくはああいう事になったから、そう思いたいだけかもしれないけど。どっちにしても、私が彼の為に必死になったのは本当で、そのせいでリーダーの事を、ほんの少しまだ恨めしくも思っている」
一定のトーンで話し続ける彼女の口振りは何処か遠回し気味で、僕には彼女が決定的な話題から韜晦しているように思えた。
それは無論、「機械仕掛けの神」に関わる事なのだろう。しかし、その事を口に出そうとした僕を牽制した手前、自分から言い出す事も出来ない──そんな印象を受けたが、僕の方はその話題を避けて話す事は不可能だった。
「葛西君は、ずっと風代に居たの?」
「まあ……」
「高校でこそ、友達はちゃんと出来た?」
「その言い方だと、中学まで僕がハブられていたみたいじゃないか。僕は、ちゃんとあの頃もクラスの皆の事を友達だと思っていたんだけどな」
「そうだけど、そうじゃなくて。仲良し数人のグループとか、いつも一緒に居る二人とかあるでしょう? そういうのはあったのか、って事」
「それは……ないかもしれない」僕は言葉を濁した。「だけど、それが悪い訳じゃないだろう。皆だって、他の”皆”の中に僕を含めて考えてくれていた。水鏡だって、さっき皆の中の一人として僕も居たって言っただろう」
「葛西君が言うと、私とはニュアンスが違うように思えるんだよね」
由憐は、至極あっさりと尋ねてきた。
「阿久津君の死んだ真相について、調べているの?」
「なっ──」
僕は、胸郭の中で跳ね上がった心臓を懸命に宥めねばならなかった。
姿樟脳が、例の遺跡出現を境に始まったのだと主張した「試練の季節」。それが人々の中で現実味を帯び、反テラス運動があちこちで興るようになった転機。三年前の年末に発生した「ナイトメアクリスマス」事件。
風代で昔からクリスマスシーズンの風物詩となる、白月通りのイルミネーションイベント最終日の事だった。
中学も半ばに差し掛かると、この手のイベントには恋人同伴で行くものという固定観念が芽生え、多くの同級生が「十二月中旬から下旬にかけて白月通りに近寄るべからず」という冗談で盛り上がっていた。中には放課後に風代駅周辺にある塾に市バスで通っている者も居り、彼らは白月通りに交通規制が掛かるせいで普段乗っている便に乗れなくなると愚痴を言っていた。
曰く、キリスト教の聖誕祭であるクリスマスの一環として市バスが特別ダイヤを実施するのは政教分離の原則に反するのではないか。これに対する反論は「イルミネーションがクリスマスの関連行事だとは明言されていない」であり、更なる反論としては「十二月二十五日が最終日である時点で意図は明白だ」という事だった。
そのイベントの最中、テラス経由の端末で制御されている電飾の発火が起こった。白月通りは並木道だった為に燃える電線を渡された木々が炎上し、密集状態に在った人々がパニックを起こして右往左往する中、転倒事故が発生した。多くの人が圧迫されて身動きが取れず、窒息や焼死により命を落とした。僕はその様子を翌朝のニュースで見たが、少しずつ身元の特定される犠牲者の中に一つの名前を見た。
中学時代の同級生である、阿久津総司だった。
「……何で、そう思うの?」
僕は動揺を堪え、顳顬から伝う汗を見られないように顔を伏せた。
由憐はごくあっさりと「『機械仕掛けの神』について探っているみたいだから」と口に出した。先程まで、暗黙のうちにその話題を回避しようとしていた──ように見えた──事が嘘のようだった。
「テラスのメインプログラムを知りたがったり、神曲ゼミナールにまで潜入して」
「………」
その事が、僕が知ってはならない事を彼女は知っていいと主張されているようで、胸裏に怒りにも近い思いを過ぎらせた。
「何でそこまでするの? 別に葛西君、阿久津君と取り分け仲が良かったって訳でもないんでしょ?」
「取り分け仲が良いって訳じゃなかったら、友達って言葉は使わないのか?」
僕は、自分でも意外に思う程の熱を込めて言っていた。
「そうだ、さっきも水鏡は、僕に『友達はちゃんと出来た?』って……皆そう言う、一高で一緒になった皆も。おかしいだろ、総司は死んだんだぞ。クラスメイトが死んだのにどうして、皆仕方がないみたいな態度を取っていられるんだよ? テラスに宿った”神”が──『機械仕掛けの神』が、総司を殺したかもしれないのに」
「葛西君、それは」
矢庭に、由憐の声色が変わった。冷たく──否、厳しく。
「それはあなた自身の考え? それとも、皆が言っているからそう思うの?」
額に、再び銃口が向けられる。
「そもそも『皆』って誰? 神曲ゼミナール? カンフルセツルメント? それとも、彼らの主張を信じた人たちの事? それならあなたは、自分は”皆”とは違うって思いながら”皆”の中に入れて貰おうって考えているみたいだよ。あなたは人の尻馬に乗って騒いでいるうちに、共同幻想に取り込まれてしまったの?」
「共同幻想?」
「……っていうのは言葉の綾だけど。ただ──宗教観の違いじゃなくて──私たちの考えている”神”と、葛西君の考えている”神”が違うなら……やっぱり、あなたはこれ以上を知ってはいけない」
「どうして……?」
鬼気迫る彼女の態度に、昂っていた気持ちが急速に萎んでいく。
「死ぬから」彼女は簡潔に言った。「阿久津君みたいに殺されるよ。いえ、彼は不幸な事故だったけれど、他にも沢山の人たちが死んだ。『機械仕掛けの神』の神性を否定しようとした人たちが」
では何故、銃を向けながら喋るのだ──そう尋ねる事は、僕はしなかった。
代わりに僕は、彼女の誤解を解こうとした。




