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神器  作者: 藍原センシ
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『神器』 第31回

 五十メートル程進んだ時、唸るような駆動音が鳴り出した。通路にパラポネラが入り込み、僕たちの追跡を開始したのだ。

「図面だと、制御室は最上階。そう遠くない……航空事故対策のシェルを兼ねた巨大ソーラーパネルのせいで、建物自体は非常に大きく見えるのだけれど」

 由憐がプリペイド携帯に保存した画像を見ながら言う。地上百メートルになるテラス内部の、人間が立ち入る事の出来る空間(スペース)は、その半分の約五十メートル程度までしかないという事だった。それより上は、約三十メートルに渡って並列化された巨大な量子コンピュータが(ひし)めき合っているという。

 香宗我部博士は、「機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ」の姿を見たのだろうか。あのDVDの中で、彼はその存在が有形であるのか無形であるのか、口にする事はなかった。或いは、高次存在にとって形などは格別の意味を持たないものなのか。三年に渡って僕たちは、何処に居ても常にそれがすぐ傍に居るような気がしていたが、やはりそれは「踊らされていた」為だったからだろう。僕たちはKUを調べ、その思考体系が人間と同じ論理の拡張に過ぎない事を突き止められたのだから。

 神になり得ず、神を装い続けてきた”天才”。

 それが、自分にはその権利があるとばかりに露木を殺し、諏佐を殺し、先程また雷先輩の命までをも奪った。

 ──許せる事ではなかった。

「来たよ!」

 しんがりを務めていた真栗先輩が、アグネアストラに新たな弾を込めながら叫んだ。僕たちはちらりと顔だけを振り向け、後方を窺う。

 パラポネラたちが一列に並び、逃げ道を塞ぐように壁に脚を這わせながら驀進して来ていた。逃げる僕たちを背後から狙撃しようと、タレットが目まぐるしく動く。時折砲身の下から覗くモノアイが、狂気を孕んだかのように光る。

 速度では向こうが(まさ)る。追い着かれるのは時間の問題だった。

「先輩、気を付けて!」

「先に行って! 私からなるべく距離を取って!」

 真栗先輩は一喝すると、砲身を肩に担ぐ。

「幸いなのは通路が狭い事ね。あいつら、一台ずつしか通れないから……」

 発砲音──着弾音、そして爆発音。後方から煙が漂って来る。

「列を成されると、こうして視界が遮られている間に」

 先輩──次弾装填。煙の中へ発射。

 再び、爆発音。続けざまに二台のパラポネラを屠ると、彼女は地面を蹴った。

「リロードが出来るって訳。次々来られるから、適当に撃っても当たるのよ!」

 彼女は前進を再開し、僕と由憐に「もっと」と声を掛けてくる。「もっと、もっと先に行くの! このまま何度も曲がれば振り切れる」

「先輩は?」

「後輩を守るのは、先輩の務めだからね。それに三人揃ってやられたら、誰が機能停止プログラムのインストールをするのよ?」

「そんな──」

 開口した由憐に、先輩は有無を言わせず言葉を紡いだ。

「ユレちゃん、阿電の死に動揺しちゃ駄目。忘れないで、私たちの誰かがパラポネラを引きつけないと、あいつらの牙は外に居る人たちに剝かれる事になるのよ。私たちは何も知らないフルクラムを──それに、志を同じくする多くの人たちに囮を押しつけて、犠牲者を出してしまった。それをよく理解しなきゃ」

「……はい」

 由憐と一緒に、僕も目を伏せた。また罪悪感が頭を(もた)げるが、それに呑み込まれるようがないよう素早く首を振る。

 それから(しば)らくの間は、ひたすらに同じ工程の繰り返しだった。

 僕と由憐が離れる。真栗先輩が敵を射程に収め、アグネアストラを撃つ。機体が爆散している間に弾を込め直し、更に一発。煙幕を上書きしてから僕たちの後を追う。僕たちがまた距離を取る。

 次第にパラポネラの目標(ターゲット)が、先輩に限定され始めた。しかしこの作業は、何らかの要素に僅かにでも遅延(ディレイ)が発生すればルーティンは脆く崩れ去り、先輩も命を落とす事になる危険なものだった。狙撃のタイミング、リロード時間、次機の射程からの脱出、どれか一つでも──。

「制御室が見えてきたら、その先は袋小路になっている」

 目標地点まで、あと約百メートル。緩やかなカーブに沿って走りながら、由憐が僕に囁いてきた。

「真栗先輩が今の手順を繰り返せるのも、そこが限界。制御室の入口は防爆ガラスのシャッターが降りるようになっているから、あいつらも容赦なく撃ってくるよ。三人で入ろうとすれば、そこまで敵を接近させるリスクを負わなきゃいけなくなる。葛西君は入ったらすぐにシャッターを下ろして。私と真栗先輩は、入口に辿り着くまでの間にパラポネラを全滅させる」

「水鏡、それは!」

 危険が大きすぎる。指摘するまでもない事を言いかけた僕に、由憐は最後まで言わせる事はなかった。

「葛西君もアウトサイダーの一員。必要なプログラミングスキルも私たちと同じ。特別扱いしている訳じゃないから勘違いしないで。コンソールのハッキングに二人以上は要らない、なら残り二人は(いち)早く敵を片づけた方がいい。で、今三人の中で戦闘能力に優劣をつけるなら、私と真栗先輩が上位二人だ」

「なーにこそこそ話しているのよ、仲良しねえ」

 真栗先輩が、遠くから声を飛ばしてきた。

「先輩の地獄耳を舐めて貰っちゃあ困るのよね。ユレちゃん、君が幾ら格好つけたところで、天国の維和君が見ているのは婚約者の私だけなのよ。だから制御室には、君も一緒に入りなさい」

「いえ、私も戦います」

 毅然と言い返す由憐に、真栗先輩が予備の拳銃を抜いて向けた。

「君が持っている銃はこれよ? この弾であの装甲が撃ち抜けるの?」

「それは……」

 由憐は言葉を詰まらせる。先輩は「自覚しなさい」と彼女を諭した。

「ユレちゃんの狙撃の腕がいい事は、私もよーく知っている。だけどアグネアストラの弾と対象の大きさ、距離、『適当に撃っても当たる』ってさっき言ったでしょ? 私がやろうが、ユレちゃんがやろうが同じ事なの。それより武器をやり取りしている時間が勿体ない。下手すれば二人ともお陀仏、どかーん、よ」

「………」

「心配はご無用、弾はまだまだあるし、追っ駆けて来た蟻んこももう残り数台ってとこだし。迷うな、ほらもう突き当たりは制御室よ。さっさと駆け込んで閉めちゃいなさい。あそこまでの何十メートルかで私は残りを片づけなきゃいけないのに。君、恋敵(ライバル)と心中するつもりなの?」

 真栗先輩はそこまで言うと、立ち止まり、また狙撃の態勢に入った。

 由憐は悔しそうに言葉を呑み込み、僕よりも先方に加速する。背後でまた発砲音──着弾音──爆発音が響く中、徐々に拡散しながら軽くなっていく衝撃波に押されるかのように僕も速度を上げる。

 僕たちは、徒競走をしているかの如く追い着き、追い抜きを繰り返しながら行く手の制御室へ直進した。

 あと二十メートル──十メートル、五メートル……着いた。

「……っ!」

 無言の気と共に、由憐がパスワード認証パネルに銃弾を撃ち込む。液晶が弾け飛び、扉がゆっくりと開き始める。と、(ほとん)ど同時にセキュリティが作動し、(くだん)のシャッターが断頭台の如き速度で降りてくる。

 こちらのスタンバイは有効に働いた。透明な防爆繊維ガラスが落ちきる前に、僕は由憐の腕を引いて共に室内に転がるように滑り込んだ。間一髪で、シャッターは夏でも決してミニスカートは履かない彼女のジーンズの裾を挟み、床に達した。僕が引っ張った際、生地が数センチだけ破れて裁断された。

「葛西君」

 由憐が、荒い息を()きながら言ってきた。「煙草吸っていい?」

「駄目だ」

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