『神器』 第30回
「BCSTが先制攻撃をした? 有り得ない、そんな事をしたら彼らの方が警察に捕まる事になる──」
言いかけた由憐が、そこで鋭く息を吸った。「まさか……」
何だ? と尋ねようとした僕は、すぐに彼女の言わんとする事を理解する。
ドローンに続いて視界にBCSTの隊員たちが現れ、シールドを構えながら人々を庇うようにそれらの前に飛び出した。各々に銃器を抜き、荒れ狂うパラポネラに向かって射撃を始める。彼らも焦燥に駆られ、一刻も早く──それこそドローンを破壊してでも事態を鎮めようとしているかのようだった。
「搭載AIの誤作動……」
彼女は、疑問符と感嘆符の中間のようなイントネーションで語尾を結んだ。
まさしくそうなのだ、と僕は思った。無人機であるパラポネラたちが突然誤作動を起こして一般人に対する攻撃を始め、BCSTはそれを止めに入った。機械トラブルであれば誰かが「最初に無抵抗の市民を攻撃した」という罪を背負う事はない。
「機械仕掛けの神」の先制攻撃が可能となる──。
「だけど、それじゃあ」
僕が呟いた瞬間、一人の隊員が胴を撃ち抜かれるのが見えた。幾ら防弾ベストを着用していても、戦車の砲撃を至近距離から浴びせられればひとたまりもない。
「あいつは、BCSTを捨て駒にする気なのか?」
「人間なら例外はないよ、葛西君」
由憐が、唇を噛みながら絞り出すように言った。
「私たちもフルクラムも、神曲ゼミナールもBCSTもあいつにとっては同じ。下位存在の人間はただ弄び、都合良く利用して捨てるだけなんだ」
「……ジロ君、ユレちゃん」
真栗先輩が低く声を出した。その声は今まで聞いた事がない程冷たく、僕は比喩ではなく寒気を覚えて恐る恐る彼女を見る。
先輩は、アグネアストラを自らの肩と手摺りで固定し、無差別殺戮を行うパラポネラにその砲口を向けていた。
「もしここに居る人が皆死んだら、あいつらは次にどうすると思う?」
「せ、先輩……?」僕は戸惑いながらも問いに答える。「僕たちを狙って来るんじゃないでしょうか。こっちがテラス本体に侵入した事は、とっくに『機械仕掛けの神』に感知されているはずです」
「違うよ」
先輩は、あっさりと首を振った。
「私たちって本当に、学習しないんだね。CSの姿を始め、『機械仕掛けの神』が絶対に温情なんて持たない事は分かっているのに。何回も思い知らされて、先例を作り続けてきたのに。それでも何処かで、ここまではしないだろう、って勝手に可能性を限定してしまう。けど、それが普通だよね? 犯罪捜査をする刑事は、犯罪者の思考回路を持たなきゃいけないなんて──」
「結論から言ってくれませんか、先輩」
由憐が焦れたように容喙すると、真栗先輩は自虐的に口角を上げた。
「あのドローンたちはここに居る人たちを皆殺しにした後、街に繰り出す。そして、私たちの作戦が継続され続ける限り人を見つけては攻撃する。ハンティングゲームみたいな感覚でね」
脳裏に、大学病院で採られた”報復措置”の事が思い浮かんだ。
頰が引き攣り、発した声が顫動した。
「感覚って……あいつら、AIですよ」
洒落にもなっていない事を言うと、由憐が真顔で首を振る。
「ゲーム感覚で楽しむのは、あいつらじゃない。『機械仕掛けの神』よ」
「だったら分かりやすく教えてあげようじゃない。最優先で狙うべき相手は、自分に攻撃してきた者。そのプログラムをぶっ飛ばしてしまうくらいの誤作動なんて、もう言い訳つかないでしょ!」
「先輩、待っ──」
僕の言葉の途中で、真栗先輩がバズーカを撃った。
炸裂弾が煙の尾を揺曳し、放物線を描いて真上から一機のパラポネラに襲い掛かる。爆発、悲鳴、残響──蟻型ドローンは千々に破片を飛散させ、閃光となった。
何が起こったのか分からず右往左往する人々に、彼女は叫ぼうとした。
僕と由憐はそれを止めるべきか迷い、あのICUの悲劇を繰り返すよりはいい、という結論に達した。一緒に叫んだ。
「ここよーっ!」「こっちだ、鉄屑ども!」「狙うなら私たちにしなさい!」
『おい、真栗! 何をやっているんだ!?』
トランシーバーから、雷先輩の声が響いた。
パラポネラたちが頭上の攻撃者を振り返り、跳躍しようとカーボンナノチューブ製の脚を屈曲させる。その向こうに、人垣を掻き分け掻き分けしながらこちらに駆けて来る彼の姿を、僕ははっきりと見た。
「阿電! 来ちゃ駄目!」
『真栗たちをやらせる訳には──』「──行かない!」
トランシーバーの音声が、途中で下方からの肉声に変化した。
一斉に跳躍したパラポネラの一台に雷先輩が飛びつき、機体たち諸共死角に見えなくなった。
「急ぎましょう!」「ええ」
僕たち三人は、構造物に絡みつくような螺旋状の非常階段を駆け上り始めた。足元の方からギシギシと音がし、震動が徐々に大きくなる。パラポネラたちが九十度近い外壁を登り、僕たちを射程に捉えようとしているのだ。
最初の一台が宙空に躍り上がった──と同時に、真栗先輩が振り向きざまに発砲。
汚い花火が虚空に咲いた。磨り潰された昆虫の死骸のような破片が、ばらばらと地上に降り注ぐ。反撃とばかりに、続く機体たちが垂直の弾道で一斉射を行う。
非常階段が激しく揺さぶられた。地上二十メートル、落ちたら墜落死は免れない。
直後、再びテラス内への扉を発見した僕たちのすぐ横から、二台目がぬっと頭部を覗かせた。触角のような二本の砲身が、上下左右に動いて照準を合わせようとする。しかしその途中で、タレットは爆発した。
「真栗! 由憐! 慈郎! 無事か!?」
雷先輩だった。パラポネラの天井部にしがみついたまま、真栗先輩が護身用に数発預けていた手榴弾を叩きつけたのだ。その上半身は至近距離からの爆風を浴び、見るも無残な有様になっていた。
「阿電……あなたって人は……」
「それはこっちの台詞だ」
彼は激しく揺れるパラポネラの上を這い進み、こちらに跳び移ろうとする。真栗先輩は僕と由憐を扉の方へ押しやり、アグネアストラのホルダーを彼の方へと差し出した。
「これに掴まって! こっちで引っ張り上げるから!」
「無理だ、真栗の腕力じゃ! 自力で行く!」
「自力でって言ったって、そこからじゃ届かないじゃない──」
真栗先輩が言いかけた時、足場のステンレス板に激しく何かが叩きつけられる音が鼓膜を劈いた。咄嗟に振り向いた僕の目に入ったのは、非常階段の踊り場が裏側から叩かれたかの如く膨張し、建物との接合部から火花を散らしている光景だった。
「真栗先輩!」
僕、由憐の手が、考えるより早く動いていた。僕たちは彼女の襟首を掴み、扉の内側へと退避させる。コンマ数秒の後、足場が崩壊した。
タレットを失ったパラポネラは、それに巻き込まれて落ちる事はなかった。脚部のキャタピラがどのような仕様になっているのかは不明だが、外壁に蜘蛛の如くへばりついたまま踏み止まっている。その尾部のカッターが激しく噛み合い、雷先輩を切り刻もうとしていた。
刹那、三台目のパラポネラが先行した一台をもう使い物にならないと判断したのか、爆散した天井部を踏みつけて登って来た。その脚が、孤独な闘争を続ける雷先輩を容赦なく轢いたのが鮮明に見えた。
「雷先輩──」
声を上げかけたが、それで終わりではなかった。
二台目、三台目が突如として小爆発を起こし、空中に投げ出されたのだ。雷先輩の腰に提げていたグレネードの残りが、踏み潰されて誤爆したらしい。
喉から、掠れた音が零れた。悲鳴のなり損ないだった。
「あ……ああ……っ」
下半身を吹き飛ばされ、二台のパラポネラに上下から挟まれた彼の姿が見えた。
三台目は外装を大きく損壊し、内部構造を露出させながらも足掻いた。落下軌道に入りながらも空中で狙いを定め、僕たちを照準に入れる。
四十四口径の一対の穴が、やたら黒々と大きく映った。
「扉を閉めて!」
由憐が叫ぶが、この近距離と初速度から考えて恐らく意味はない。徹甲弾は容易くジュラルミンを貫通し、僕たちを抉るだろう。
もう駄目か、と諦念に近い感情を起こしながらもせめて這い蹲り、少しでも回避率を上げようと僕が動きかけた瞬間、
「撃て─────っ!! 竪琴真栗─────っ!!」
ぐったりとしていた雷先輩が、死力を絞り尽くすかのように絶叫した。
中国語の発音ではない日本語読みで、彼は正確に真栗先輩の名を呼んだ。
「───っ!!」
それに被せるような真栗先輩の声が、一体何と叫んでいたのか僕には分からなかった。
アグネアストラが炸裂した。
落ちゆく二台の多脚ドローンが、空中で爆散する。黒煙が晴れた虚空には、最早何の形も残っていなかった。
「……行こう」
先輩が、涙を呑むような声で言った。「すぐに、残りのパラポネラが入って来る」
僕たちに悼んでいる暇はなかった。身を翻し、再び暗い通路を駆け進む。僕は胸が張り裂けそうに思いながら、奥歯を食い縛って涙が出そうになるのを堪えた。
竪琴真栗。雷先輩が彼女をそう呼んだ時、僕は確かに見ていたのだ。叫び終えたその口元に、心から満足げな笑みが湛えられているのを。




