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神器  作者: 藍原センシ
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『神器』 第28回


          *   *   *


 大学生の夏休みは八月の頭からだ。

 夏場の気温が摂氏四十度を超える事が普通になってしまった日本で、首都圏とはいえ比較的地方に属する風代はヒートアイランド現象の対象領域からは外れているものの、誰もがその暑さをテラスの排熱のせいにしたいような情緒が街中に漂っていた。無論、テラスは「極めて環境に優しい(スーパーエコロジカル)」を標榜しており排熱など存在しないのだが。

 輻射熱が容赦なく足を炙り、アスファルトに陽炎(かげろう)が立つ屋外で、とうとう四人だけになってしまった僕たちアウトサイダーは公園の噴水付近のベンチに座っていた。水場に続く間隔の広い階段の上にはアイスクリーム売りの自動販売車が停まり、僕たちは型に嵌まったかの如くコーンを手にしている。噴水の中で遊ぶ水着姿の子供たちが、時折物欲しげな顔でこちらを見た。

「──で、俺たちにどうしろと?」

 僕たちと共にアイスを食べているのは、驚くべき事にフルクラムのメンバーたちだ。やや長引いた沈黙を破ったのは、リーダーでありボーカルの蜂谷(ハチヤ)エイゴだった。

 僕は未だに、彼らと話しているという状況が現実感を伴っていない。大学付近でゲリラ的に演奏を行う事もあるし、風代駅周辺をシュプレヒコールのような声を上げて練り歩いている姿も何度も目にしたが、それらは僕にとって何処か”背景”のようで、声を掛ければ話が出来るものだという気がしていなかった。

 真栗先輩はポッピングシャワーのポップロックキャンディを舌先で()ぜさせ、「痛ててて」と独りごちてから答える。

「八月十五日の午後一時から夕方まで、より詳しい時間はそっちで調整して貰って全然構わないんだけど、テラス前広場で電撃ライブをやって欲しいの。チケットなし、来場者はどんどんカモンって感じで。勿論場所の許可とか色々必要なんだろうけど、そういうのはこっちで何とかするから段取りを教えて」

「テラス前広場って……終戦記念式典の一時間後じゃねえか」

「そんな短時間じゃ、会場設営はやっぱり難しい?」

「いや……出来ねえ事はねえけど」

 メンバーたちと視線を交わし合う蜂谷に、先輩は駄目押しするように言った。

「平和への祈りを捧げる為の式典が、今平穏に暮らしたい人たちにちょっかい出しては悦に入っているようなニセ神様の聖地で催される。その上テラスには、そのニセ神様の命令でどんどん拡張される軍備の代表格がわんさと集まっている。皆、おかしいと思っているはずだよ。そこでさ、地元のスターであるあなたたちが声を大にして、集まった人たちの前でいきなり()()()自由と平和を叫んだらどうなると思う? 激アツじゃない? きっとファンも増えて、この先のライブの動員数も今までとは比べ物にならなくなるよ。あなたたちが時代の代弁者だって、皆が実感するようになる」

 熱を込めて先輩が訴えるのには理由があった。

「最後のネックは、どうやって機能停止プログラムをテラスにインストールさせるか、ですね」

 ごく当たり前の事ではあるが、プログラムをインストールさせるにはテラスとの接続が不可欠だった。これまで努めて避けてきた──唯一それをした際には「試練の季節」開始以来最悪の犠牲者が出た──事を、最後の最後でせねばならない。

 端末からのアクセスは論外だった。どれだけテラスの脆弱性(ヴァルネラビリティ)が高いとはいえ、テンプレート的なサイバー攻撃のトランザクションがシステムに検知された時点で、端末の位置情報からBCSTが派遣される。最早、口実さえ与えてしまえば彼らが僕たちに対して容赦しないという事は、諏佐の先例を見ても明らかだ。

 テラスに乗り込んでシステム制御装置(コンソール)に直接インストールを行うしかない、というのが結論だった。少なくともインターネットからの”不正アクセス”の時点で対策手段が採られる事はない。しかしそちらにも、同じだけのリスクはある。

 当然ながらテラスには常にBCSTが控えているという事が一点。その人数は一個施設団級であり、パラポネラも数十台配備されている。戦闘になれば、その規模は今までの比ではない──というのはあくまで僕たちの勝ちを想定した言い回しであって、実際にはこちらが四人しか居ないという事が重大すぎる。戦ったら五分と持たずこちらが全滅させられるだろう。

 もう一点は、「機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ」が常に警戒状態に在る事。今までの事を鑑みれば、僕たちの考えは彼に対して筒抜けだと思った方がいい。証拠から露見しているという訳ではなく、僕たちが考えるような事ならば、当然彼も僕たちが()()()()()()()()()()()()と予測して手を打ってくるという事だ。恐らく作戦当日、僕たちが直接テラスの制御室に乗り込むであろう事も。

 僕がこのような可能性を列挙すると、真栗先輩は即座に策を考案した。

「ジロ君、ユレちゃん。KUを使わずに、君たちの作った機能停止プログラムと同じような処理をするコードを書ける? JavaでもC言語でもいいから。……いや、出来れば色んな言語で出来るだけ沢山。どう?」

「そりゃ、ギルガメシュを使えば朝飯前ですよ。そうだよね、葛西君?」

 由憐に同意を求められ、僕が肯くと、先輩は指を立てた。

「反テラス運動をやっているあっちこっちの団体に、そうして作ったクラッキングツールを配布するの。rootkitっていうんだっけ。で、その中に幾つか本物のKUで書いたプログラムを紛れ込ませる。配布はわざとテネットでやって、私たちの決行日、決行時刻にテラスに一斉アクセスするように呼び掛ける」

「……なるほど、そういう事か」

 雷先輩が、得心が行ったように手を打った。

「そうすれば『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』の注意を引く事が出来るし、KUのプログラムが混ざっていれば奴は対応せざるを得ない。結果的に、テラスでの処理が分散する。勿論それでサーバダウンなんかにはならないだろうが……」

「同時に、あのロックバンドに掛け合ってみる」

 真栗先輩が考案したのは、テラスへの反抗と自由意思の奪還を謳う──「エクス・マキナ!」という叫び声は措くとして──フルクラムが、その牽引力から新たなカンフルセツルメントになる可能性を「機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ」に突き付ける事だった。

「ライブって、客観的に見るとおっそろしいよー。特に思想系というか、主張強めになるとね。私はその時は維和君に連れて行って貰っただけで、特に興味があるバンドでも何でもなかったんだけどさ、熱狂がエグかった。ステージの上で、ボーカルの人が凄い煽るんだよね。皆が皆夢中になって、何というか、トリップしているみたいで。随分過激な事も叫んでいたけど、私が怖かったのはそこじゃなくて。極端な事言うと、バンドの人たちがお客に『殴り合え』って言ったら本当に殴り合いが始まりそうな空気感。それに何かぞっとさせられた。まあ、維和君もその一人で、私が彼の興奮に水を差すのもどうかと思ったから言わなかったけどね。

 そういう雰囲気を、『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』に見せる。当然、BCSTの注意もライブに向く。フルクラムがやれって言えば、皆が立ち上がって目の前のテラスを叩き壊そうとするんじゃないか、くらいに思わせる」

 僕には、やや引っ掛かるものがあった。

「無関係な彼らを囮にするんですか? それは、幾ら何でもちょっと」

「おっと、忘れちゃ駄目だよ。BCSTはあくまで、事件が始まってからじゃないと動けない。彼らは警戒はされるけど、私たちみたいに直接攻撃に晒される事はない」

「それは結果の話であって、囮にする事には違いないじゃないですか」

「ジロ君、いい?」

 煮え切らない僕を、真栗先輩は子供に言い聞かせるように窘めた。

「人命軽視は論外。それはここに居る皆が共有している不文律。だけどね、私たちはどう頑張ってもヒーローにはなり得ないのよ。今まで、手段を選んで来なかったのは事実なんだから。法律の事だけじゃない、個人用端末についてはネットワーク移行もせず、結果的に作戦が成功しても市民の大勢が大きな損害を(こうむ)る。当然、『試練の季節』が終わって命の危険がなくなった瞬間に私たちを恨む人も居るでしょうね。

 私は何も、今更善人面しても、とか、毒食わば皿まで、とか、そういう事を言いたいんじゃないんだよ。ただ、『何となくそういうのは嫌だ』が通用する段階じゃなくなっているって事を言っているの。……評論家みたいな喋り方でやだね、ごめん」

「いえ……分かりますよ」

 彼女の言う通りだった。フルクラムが暴動を起こさなければ、専守防衛が大原則のBCSTは衆人環視の中で民間人に向かって攻撃に出る事はない。「オフィール」での戦いの時のように「機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ」の操り人形である神曲ゼミナールの残党がその条件(れば)を満たそうとするかもしれないが、この点は雷先輩が、作戦実行中は自由参加にかこつけて不審な荷物を持った者が会場に侵入しないよう外回りを行うと提案した。

 感情の問題は、僕自身で処理するしかなかった。他に納得の行く代替案を出せと言われれば、真栗先輩の提示したプラン以上のものを僕は考えられなかった。

 無論フルクラムに、BCSTの目を引いて貰いたいというような真の意図は伝えなかった。正体を隠した四人の学生から突然のライブ開催を持ち掛けられ、蜂谷を始めメンバーたちは一様に訝しげな顔をしたが、”訴え”の場を提供するという申し出は彼らにとっても願ってもなかった事には違いない。

 BCSTの「オフィール」襲撃の際、何故その”きっかけ”作りに動員された神曲ゼミナールの残党がフルクラムの振りをしたのか。それは当然、僕たちの脱出後は閑散となっていたあの産業道路に、戦闘開始直前まで人の目があったからに違いない。フルクラムを実際に見た事がなく、音楽方面での反テラス運動の旗手であるという先行した印象だけを持った人たちであれば、彼らがBCSTに手製爆弾を投げたという噂の拡散から即座に彼らを危険な集団だと判断しただろう。

 実際に蜂谷から話を聴くと、路上ライブの客足があれ以来急に遠のいたそうだ。街中をシュプレヒコールと共に歩いても、煙たがられるどころか野次を飛ばされる事まであったという。

「ま、そこまで言うなら」

 真栗先輩の呼び出しに応じた時点で、彼らがこの”誘惑”に抗い難さを感じている事は目に見えていた。メンバーの一人──確かドラム担当だったはずだ──が、蜂谷を促すように言った。

「この際この人たちが何者かなんて事は聞かないでおこうや。罠とも思えねえし」

 と、ここはわざとらしく声を張って、

「思惑がどうであれ、俺たちの失地回復の為なら手っ取り早い方法を採るに越した事はねえ。そうだろ、エイゴ?」

「……ダイキとモトはそれでいいか?」

 蜂谷は残り二人のメンバーに確認してから、僕たちに向き直った。

「分かった。その話、ありがたく乗らせて貰うぜ」

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