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神器  作者: 藍原センシ
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『神器』 第19回


          *   *   *


 七月──梅雨の真っ盛り。

 最終課題として僕がそれぞれに開発するように言っていた自由制作のアプリケーションが全員分完成し、由憐たちにも実際の作業に参加して貰う事になった。

 この一点だけで、僕は彼らに感謝をしなければ(ばち)が当たる。まだ粗削りな箇所は目立つとはいえ、四人が四人とも、僕が高校から大学にかけて時間を掛けて学んできたプログラミング技術を一ヶ月足らずで修得してくれたのだ。一ヶ月もの間、朝から晩まで窓のない部屋に閉じ籠り、()()()()に努めてきた成果だった。僕だったら到底耐えられなかった事だろう。

 彼らが作業に加わって貰う事になった時点で、十種類の語彙のうち五種類の意味が確定していた。その中には不思議な事に、条件分岐(if, else)、関数宣言、配列、ループ処理を意味するものが含まれていなかった。

 僕はオーパーツについて、「一文字=一形態素=一プロシージャ」という推測を立ててその情報量の多さを解釈した。もしもそれらを更に組み合わせて構成された”単語”ともなれば、その中に既に分解可能な基本的な処理を含んでいてもおかしくはない。

 表語文字の代表例である漢字と単語の関係を引くと、「登山」という語は「山」+「登る」で「山に登る」の意味となる。オーパーツ/KUの場合、漢字に於いて「単語」=文章的説明に相当する単位が「文字」であり、漢字の「文字」=語彙の最小単位と同じ役割を果たすのが「音素」という訳だ。「機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ」がそのような事をするならば、の話ではあるが、彼のような高次存在が人間にとっての一音を発した時点で、それはもう意味──一定以上の情報量を持っている。人間の場合は、「a」や「b」といった音だけでは何の意味も持たない。

 その証拠に、オーパーツ一文字をアルファベット表記に直した時、その中に同種の英字は一つ以上含まれる事がなかった。音素一つ一つに意味があるのならば、一つの語中で二回繰り返す必要はない。漢字ならば強調表現として重ね型を使う事もある──これは雷先輩に教えて貰った事だが、中国語では動詞の重ね型は「ちょっと……してみる」という意味になるそうだ──が、プログラムでそれは必要ない。

 オーパーツ/KUの「情報量の多さ」というに関して、これで正確な意味が明らかになった。表語文字に於ける「音素→文字→単語→文章」という階層(レベル)について、人間が二段階目の「文字」から意味生成を行うのに対し、高次存在は一段階目でそれを行っている。アルファベットを用いた表音文字に関しては「音素=文字」であり、「単語」から意味生成が開始されるので、やはり二段階目だ。

機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ」は、正確には神ではない。因果関係をカオスのレベルまで知覚し、その被造物であるAIは人間と同レベルのフレームを持つ。しかし、使用している論理そのものは同じなのだ。視力に喩えると、見ている景色は同じ、ただ何処まで見えるかが異なるという事──。

 彼らと僕たちが、同じフィールドで戦える所以(ゆえん)だった。


「ネットワーク構築?」

「そうです。機能停止プログラムと並んで、僕たちが開発しなければならない重要な因子ですよ」

 朝食のレトルトカレーを口に運びながら、僕は今やすっかりお馴染みとなった”ジロ解説”──命名者は真栗先輩だ──を行った。

「テラスは、十八世紀フランスのギロチンであると同時に風代市民のライフラインでもあります。電力の供給からインフラ整備、市政運営までを司っている。市民の(ほとん)どはHMEを使っていますし、ただテラスを止めるだけでは天変地異を引き起こす事に等しい行為になります。市内のローカルネットワーク──って言うと語弊が出ますから、テラス・ネットワークと呼びましょう、これに接続されている各方面のシステムを、各々(おのおの)に独立させる必要があります」

「……もう少し分かりやすく」

 真栗先輩は、左手の親指と人差し指で隙間を作る。

「例えばお菓子メーカーの工場と、そこで作られたお菓子を売る店舗があるとします。店舗で在庫がなくなりそうだ、となった時、そこに居る社員は工場に発注をします。この時通信を中継するのがテラス・ネットワークです。これに限らず、他の会社もテラス・ネットワークを経由して通信出来るのでインターネットみたいなものですが、テラスの通信は絶対的に保護されていて、漏洩リスクがありません。言ってみれば、テラス・ネットワークはWAN(Wide Area Network)とインターネットのハイブリッドですね。

 それともう一つ、市民がHMEを使って検索エンジンを利用する時、Goggleとかの場合はグローバルネットワークを検索する訳ですけど、テラス・ネットワークに接続されているとその作業を行うのが端末じゃなくてテラスになります。端末は、テラスの行った処理結果をただ表示するだけなんです。仮想デスクトップみたいなものですね。その上テラスはクラウドサーバも兼ねている。ダウンロードしたファイルなどは端末に保存されているのではなく、実際にはテラスにある訳ですよ」

「HMEだとオフラインじゃアルバムも見られないって事です」

 中学時代まで風代に居た由憐が、付け加えるように言った。

「考えてみればそうなんですが、あまりにも挙動が普通の携帯と同じだから盲点になるんですよね」

 僕も、彼女から「オンラインではインターネットを使わない処理の情報もテラスにバックアップされる」という事を聞いて、初めてそういう事かと納得したものだ。それにそもそも、余程電波の悪い環境──テラスの影響下ではそのような場所も皆無だが──に行かないのに、わざわざ自分から端末を全てのネットワークから切断しようなどと考える者は居ない。

 諏佐が、まだ分からないというように口を挟んだ。

「けど、慈郎はオフラインのPCで小説を書いているじゃねえか」

「PCはHMEと違って、市外のメーカーが作っていて全国で流通しているものですからね。だけどインターネットに繋ぐとテラスのIPアドレス検索に引っ掛かって、勝手にテラス・ネットワークにも接続されてしまうんです」

「ネットワーク構築っていうのはつまり、今テラスの管理下にある電子機器が()()()()を使わずに動けるように、別のネットワークに繋げるようにしちゃえ、って事?」

 真栗先輩が口元に指を当てながら言い、由憐が苦笑した。

「テネット、って略し方……映画じゃないんですから」

「でも、そういう事です。個人のHMEは仕方がありません、作戦前にインターネットエラーが起こる事とその原因を説明して、普通の携帯に買い替えて貰うしかないですね。公用メールとか連絡先とかパスワードとか、重要なデータが消えたらそれこそサイバーテロですから。アウトサイダーの活動がいつまでも水面下で行えるものでないという事は、覚悟しておかねばならないでしょう」

「それは別にいいよ、お巡りさんにめんどくさい事情説明をする事になっても」

「ありがとうございます。で、問題は企業とか法人のシステムの方ですが、こっちは一時的にでも止める訳には行きません。それぞれにWANやLAN(Local Area Network)への置換を進める必要があります。テラスに代替させていた処理を、各々(おのおの)のシステム内だけで行えるように」

「ナルホド。勿論、そっちのプログラムはKUを使わなくても書けるんだよね?」

「ええ。けれど、他にも大変な事はありますよ。サーバにケーブルにルータ、必要な機材を揃えるところから工事、構築が終わったら各種テスト、運用開始後は長期間に渡るモニタリング。当然、こちらも僕たちがこっそりやろうとしても出来るものじゃない。当事者と話し合って、合意して、要件定義をして……その上、それを行う対象は市内の全ての組織です」

「頭痛くなりそう。ジロ君は容赦ないなあ、私たちが香宗我部博士におんぶに抱っこでやってきた事を、ズバズバ指摘してくる」

「逆に、政府は風代でテラスを使った社会実験を始める時、既存の企業や行政法人に対してそういう渉外を全部やったって事だろう」と雷先輩。

「だけど、俺たちは政府関係者(おえらいさんがた)じゃねえぞ? 最終的にはマンパワーがものを言うにしても、組織の連中にアウトサイダーと『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』の事を説明して皆がその場で『はい喜んで』って訳にも行かねえ。下手こきゃ、まだあいつの実在を知らねえ連中から神曲ゼミナールかぶれの戯言(たわごと)だって思われちまうかもな」

 諏佐が言い、僕は「その通りです」と肯いた。

「それに、もしも風代全体がそういう”動き(ムーブメント)”に関して一致団結を始めたら、どれだけ用心しても『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』の目を逃れる事は出来ません。現実的に考えて、テラスのシステムを一切使わずに資材を調達したり、設計士を動員したり出来るはずがありませんから。そうなると、あいつは絶対に途中で妨害工作をしてきます。僕たちがテラスに機能停止プログラムをインストール──いえ、()()()()前に、事後の速やかなシステム移行を行う準備が整えられるとは思わない方が良いかと」

「葛西君、(つら)いかもしれないけど」

 由憐は痺れを切らしたように、しかし「何もかも分かっている」というように唇を噛んで言った。

「遠回しな表現は、もう使わなくていい。こういう事でしょう──私たちは、()()()()をしなければならない」

「……ああ」

 そうだ──僕たちが考えねばならないのは、テラスが停止して以降、風代が共同体としての機能を維持する為に()()()()()という事なのだ。それは裏を返せば、()()()()()()()()()()()という事でもある。

 僕たちが選ばなかった事柄に関わる人々は、それから(しば)らくの間どうなるのだろう。仕事が継続出来なくなり、ライフプランに大きな空白を作る事になるかもしれない。……いや、そのようなリスクは、生きていればいつでも付きまとうものではある。ただ誰もそれを知らないだけだ。

 僕たちはそれを知っていて──知っているのに、”皆”を助けられない。

「……分かっていたよ、そんな事」

 真栗先輩が、真面目なトーンで呟くように言った。

「テラスを止めたらどうなるか、アウトサイダーが始まった時から予想はついた。専門知識がなくても分かるよね、大袈裟(オーバー)な言い方をすれば政府がなくなったらどうなるか、みたいな事だもの。けどね、どうしても避けられないって分かった時、本当にしなきゃいけない事って何だと思う?」

「先輩……?」

 由憐が呟いた時には、彼女は既にいつもの(おど)けたような笑顔に戻っていた。

「責任を背負う事。悪者と戦って街を破壊しても許されるヒーローじゃないんだよ、私たちは。残念ながらね。何でそんな事をしなきゃいけないのかっていえば、テラスが動いている間、風代に居る誰もが等しく『明日神様の気まぐれで命を奪われてしまうかもしれない可能性(リスク)』を背負っているからで。怖すぎるロシアンルーレットだよ、これは」

慈郎(ツーラン)、責任っていうのは選択の責任だ」

 雷先輩は、自分が言いたかった事を真栗先輩が代わりに言ってくれた、というような口調だった。「誰かを犠牲にする責任じゃない」

「そう……なんでしょうね。テラスのシャットダウンで、システム移行が出来なかった人たちは当分の間、非日常に放り込まれる。それが彼らにとって、致命的な事になるかもしれない。けど、ならないかもしれない。少なくとも、明日命を奪われるかもしれない可能性だけは回避出来る」

「よしよし、それじゃあ解説の続きを」

 真栗先輩は膝の上に両肘を突くと、指を組んでその上に顎を載せた。

「ジロ君が背負うべき”選択の責任”は? 君が最優先で構築しなければならないって思うネットワークは、一体何処のかな?」

「今の状態でテラスが止まったら、命がなくなるリスクが(かえ)って高まる人たちが集まっている場所……」

 僕の脳裏に蘇ったのは、パラポネラに切断された露木の腕がどさりと炎の中に落ちる光景だった。

「病院です」

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