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【短編】ミステリ短編シリーズ

タダイマ、マイコ。オカエリ、コーチャン。

作者: 烏川 ハル

   

「よう、木暮(こぐれ)。お前、確か『前に小鳥を飼っていた』って言っていたよな?」

 同僚の田山(たやま)が声をかけてきたのは、署内の廊下ですれ違った時だった。

「うん。だけど『前に』っていうのは、かなり昔の話だよ。実家で暮らしてた頃だからね」

 軽い口調で返しながら、僕は大袈裟に視線の向きを変える。

 まるで「今、気づいた」と言わんばかりに目を丸くしてみせるが、本当は彼の姿が視界に入った時点で、田山が手にしているものを理解していた。

「おや、それは……。田山も小鳥を飼い始めるのかい? それで僕のアドバイスが欲しい……とか?」

「そんなわけないだろ。わざわざ職場にペットなんて連れてこないさ。だけど……」

 一瞬だけ口元に苦笑いを浮かべるが、田山はすぐに真剣な表情に戻る。

「……まあ『アドバイスが欲しい』というのは当たっているかな。いやペットを飼うとかじゃなくて、もちろん捜査の話さ」

 そう言いながら彼は、右手にぶら下げた鳥籠を僕の方へと突き出してみせる。

 鳥籠の中に入っているのは、頭が黄色で体が緑色の小鳥。体長20センチくらいのインコだった。


 田山は僕と同期で、勤務している警察署も同じだが、僕が地域課で交番勤務なのに対して、彼は刑事課で捜査一係の刑事だ。

 その点について考えると、僕の心の中には少し、ざわざわと穏やかでない気持ちも生まれてくるほどだった。

   

――――――――――――

   

 小さい頃、僕は探偵小説に出てくる名探偵に憧れていた。

 特に子供向けの探偵小説で描かれる探偵たちは、素晴らしい推理を披露して事件を解決するだけでなく、解決に至る過程において、優れた変装術を駆使して別人になりすまし、悪漢と直接対峙したりもする。

 そうした小説を読んでわくわくした僕は、自分も変装上手な名探偵になろうと考えた。メイクで顔に陰影をつけたり、口に含み綿を入れて輪郭を変えたりという変装方法を、勝手に拝借した母親の化粧道具で練習したくらいだ。


 しかし成長するにつれて、そんな名探偵たちはしょせん物語の登場人物にすぎないと理解。現実に難事件を解決するのは警察の刑事たちだと知り、僕は警察官を志したのだ。

 それで本当に刑事になれたのであれば「夢がかなった!」と思えるのだろうが……。

 同期の仲間たちにも先を越されて、いつまでも交番勤務なのが、現実の僕という人間だった。

   

――――――――――――

   

「『捜査の話』ってことは……。そのインコ、何か事件に関係するのかい?」

 どよどよとした内心は隠して、あくまでも平静を装いながら、僕は田山に聞き返す。

「ああ、三丁目の事件だ。木暮も聞いているだろう? 女性専用マンションで暮らしていたOLが殺された件。その被害者が飼っていたのが、このインコでね」


 インコといえば、人間の話し言葉を覚えることで有名な小鳥だ。

 さすがにインコが発する言葉を直接的な証言として採用するのは無理としても、事件に関する重要な手がかりになる可能性はある。そう考えて、田山たち捜査チームは、インコから何か聞き出そうとしているらしい。

「……だけど俺たち、小鳥の扱いなんて慣れていないからなあ。今のところ『オハヨウ』と『オヤスミ』くらいしか言ってくれなくて……」

 右手で鳥籠を持ったまま、左手で軽く頭をかく田山。

 そんな彼に対して、僕は苦笑いを浮かべた。

「だったら、それしか飼い主さんが……つまり被害者の女性が話しかけなかったんじゃないの?」

「もちろん、その可能性もあるが……。なあ、木暮。何かインコを扱うコツってないか?」

「うーん、どうだろう? 確かインコは、顔まわりを撫でると喜ぶって聞いたような気が……」

 と、一応はアドバイスっぽいことを口にしながら、僕は鳥籠に顔を近づけて、隙間から指を入れようとしてみる。

 すると、その途端。

 籠の中の小鳥が『オハヨウ』とも『オヤスミ』とも違う言葉を発したのだ!


「タダイマ、マイコ。オカエリ、コーチャン」

   

――――――――――――

   

「おお、凄いぞ! さすがは木暮、まるで小鳥マスターだな!」

 興奮する田山を落ち着かせる意味で、僕は努めて冷静な態度を示す。

「ええっと、確か被害者は、女性専用マンションで一人暮らしだったんだよね? だったら彼女一人で『タダイマ』と『オカエリ』を言うのは、ちょっと変じゃないかな?」

「そう、だからこそ大きな意味がある! なにしろ……」

 田山は落ち着くどころか、むしろさらに(たかぶ)っているような口調だった。

「……被害者の名前が『麻衣子(まいこ)』だからな。つまり『タダイマ、マイコ』の部分は彼女のセリフじゃなくて、彼女が口にしていたのは『オカエリ、コーチャン』の方だけ。例えばコウジとかコウスケとか、とにかく『コーチャン』と呼ばれる男がいて、そいつが『タダイマ、マイコ』と言っていたってことさ!」


 被害者は一人暮らしで、しかも女性専用マンションだったのだから、その『コーチャン』なる人物は一緒に住んでいたわけではないのだろう。

 しかし被害者の部屋で『タダイマ』という言葉を、それもインコが覚えてしまうほど頻繁に言っていたのだから、それこそ半同棲と呼べるくらいに足繁く(かよ)っていたに違いない。

 田山は、そのように推理しているようだった。

「この『コーチャン』って男が一番の容疑者、いや少なくとも重要参考人だな。お手柄だぜ、そんな男の存在をインコから引き出せたのは!」

   

――――――――――――

   

 嬉しそうに僕の肩を叩き、最後に「また頼むよ」という言葉を残して、田山は立ち去っていく。

 そんな彼の後ろ姿を見ながら、僕は複雑な心境だった。


 田山には「お手柄だぜ」と言われたが、たとえ今回これで事件解決に貢献できたとしても、僕は全く喜べないのだ。

 彼の「まるで小鳥マスターだな!」という賞賛も見当違いであり、別に僕は小鳥の扱いが特別上手なわけではない。あのインコが僕の前であんなセリフを口にしたのは、おそらく別の理由だろう。


 ああ、子供の頃に覚えた変装術を駆使して、せっかく女装して(かよ)っていたのに、インコのせいでバレてしまうとは!

 しかし田山みたいに「例えばコウジとかコウスケとか」と解釈されている間は、つまり苗字由来の『コーチャン』だと知られないうちは、まだ大丈夫。僕が真犯人であるという事実も、なんとか隠し通せるのではないだろうか……?




(「タダイマ、マイコ。オカエリ、コーチャン。」完)

   

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