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*吉村大和視点*
目の前ですやすやと寝ているのは吉柳氷緖。尊敬する先輩であり、俺の好きな人であり、恋人になった人───で良いよな?
昨日の先輩は、ヤバかった。本当に可愛かった。優しくしようだとかスマートに進めようなんて思いは、一瞬にして消え去った。まさか、好きな人を俵担ぎするとは思わなかった。本当に、それ程余裕がなかったのだ。あのままだと、玄関で────
「獣か!」
「それな………」
「先輩!あの、大丈夫で──」
「大丈夫だと思ってるなら、アンタはドSよ……」
ーですよね!?ー
「すみません。本当に……その……本当に止まらなかったんです。先輩が可愛い過ぎて、手加減できな──」
「っ!?はっ……恥ずかしいから何も言わないで!」
顔を真っ赤にして布団に潜り込む先輩だけど、それすら煽っているようにしか見えない。普段のキリッとした吉柳氷緖はどこへやら?
布団に潜って隠れたところで、体が触れ合う距離に居るのだから、隠れている意味は全く無い。布団の中で、ツーッと先輩の腰を撫であげると「んっ!」とくぐもった声を出す。その声がまた、腰に来る。
それからも調子に乗って先輩を触っていると、涙目で怒られた。それすら煽られてるとしか思えなかったが、嫌われる事は避けたくて、何とか我慢してベッドから出た。
『体が……怠い………』と言う先輩をベッドに残して、キッチンに向かい、朝食の準備をする事にした。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
ルームウェア姿の先輩は、ほわほわとした雰囲気で可愛い。因みに、俺が今着ているルームウェアは、先輩が俺の為に買っておいてくれたモノだそうで、『下心満載で恥ずかしい!』と言っていたけど、それぐらい大歓迎だ。俺の物が先輩の家にあると言う事が嬉しい。
「あ、そうそう、吉村君、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
プレゼントにくれたのは、ネクタイとネクタイピンだった。今迄は、形に残る物は貰うのは嫌だったけど、先輩からであれば、それすら嬉しく思う自分に驚く。
「先輩、今日はどうします?出掛けられそうですか?」
「そんな事訊かないで!大丈夫!だと思うから、時間は少し遅くはなったけど、予定通り出掛けましょう!その前に!一応付き合う事になったんだから、先輩呼びは止めて欲しい。私も、これから“大和君”って呼ぶから」
「一応じゃなくて、しっかり付き合ってますからね?」
「くっ……そこ、突っ込まなくて良いから!」
「いやいや、そこ、大事ですからね?氷緖さん」
「……ふふっ………これから、よろしくね」
「宜しくお願いします」
軽く触れるだけのキスだけの筈が、少しズルズルとなったのは言うまでもない。
*吉柳氷緖視点*
ただただ凄かった。キスからしてそうだった。
『キスで力が抜けるって何?』なんて思っていた。
『気を失うって何?』なんて思っていた。
それを、たった一晩で体験するとは思わなかった。わんこ系だなんて誰が言った?実はそうじゃない─とは気付いていたけど、解っていなかった。とんだロールキャベツもいいとこだ。もう、最後にはぐちゃぐちゃになって涙が出ていた気がする。
『はぁ……可愛い………』
なんて色気たっぷり呟かれて更に攻め立てられた。
それからの記憶が曖昧で、ハッキリ意識が戻って記憶があるのが朝だった。ベッドから起き上がれない体験までできてしまった。
キッチンに立って、朝食を作ってくれた大和君は新鮮だった。手際も良かったから、普段からも自炊したりしてるんだろう。比べるのは良く無いけど、涼晟は自ら私の為に何かをしてくれる事はなかった。私がお世話好きな事もあっただろうけど、涼晟からすれば、私は本当に都合の良い女だったんだろう。あのまま結婚なんて事になってなくて良かった。
朝食が終わってから出掛ける迄、少し大変だったけど、予定通りお出掛けをした。予定外のお泊りで着替えがなかったから、真っ先に服を買いに行き、誕生日プレゼントにした。
「服を異性に贈るのは、脱がせたいって言う意味があるんですよ。夜が楽しみだなぁ」
ーえ!?今日も泊まるの?今日もするの?ー
ドキドキする気持ちと、恐怖心があるのは仕方無い。ただ単に、そう言ってるだけでお泊りせずに帰るかもしれないし。変に意識しないようにしよう。なんて色々考えていたから、大和君がこっそりもう一組、服を自分で買っていた事には気付かなかった。その時に気付いていれば、それなりに対処なり心構えができていたのかもしれない。
それから暫く買い物をした後、夜は予約していた店で食べた後、また大和君に家迄送ってもらって、1日が終わり──とはならなかった。
「じゃあ月曜日に」と挨拶をしようとすると、垂れ耳と垂れ尻尾を発動させた大和君が現れた。それを目にしてしまえば、私もチョロいもんで──気が付けばベッドに押し倒されていた。ベッドに入れば、大和君はあっと言う間に男になる。
わんこで可愛い大和君も、手加減の無い肉食な大和君もどちらも愛おしく見えるのだから、受け入れる以外の選択肢は無い。
「氷緖さんは、俺に甘過ぎなんだ。だから、俺は調子に乗っちゃうんです。俺、氷緖さんの事が好き過ぎて、止めてもらわないと止まらなくなる」
「勿論、本当に嫌なら嫌だと言うわよ。でも、止める必要ある?私も、どんな大和君でも好きだから」
「氷緖さんは、煽り上手だよね」
「は?」
煽ってるつもりは無い─と言う前に、また口を塞がれて、あっと言う間に思考を溶かされ、後は大和君に身を委ねるだけとなった。
******
武藤涼晟は、諭旨退職を言い渡され、最後迄「納得いかない。盗んだりしていない!」と言い張っていたそうだが、「こんな会社ではやってられない!」と言って退職していったそうだ。
涼晟は、ハイスペではなかった。
「本当に、クソダサい小さい男でしたね」
と言うのは西条さん。こんな可愛い子の口から出て来るとは思えない。まだマシな方だけど。この西条さんも、私限定で可愛さが増し増しになる。涼晟を奪った“あざと系女子”ではなかった。
「“人は見かけによらない”って事ね」
「そう言う氷緖さんも、見た目と違って可愛いけどね」
「──っ!?」
私の耳元でそう囁くのは吉村大和。そんな時の大和君はわんこではなく、男の顔をしているから質が悪い。そんな時の大和君には、どんな事をしても敵わないのだ。大和君が、一番ギャップが激しい。本当に──
思っていたのとは違いました
そんな大和君が、好きなのだから仕方無い。




