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「まさか、勤務時間内に問題を起こそうとするとは思いもしませんでした。腐っても、その辺はまだプライドが残ってると思ってましたけど、残ってなかったんですね。クズ以下ですね」
「吉村……何を偉そうに。お前だって周りに尻尾振って愛想振りまいて点数かせいでるだけだろう?氷緖にまで媚び売ってさぁ」
涼晟は、本当に何の躊躇いもなく自分の事は棚に上げて置いて他人見下す。
確かに、尻尾は振っているけど、媚びは一切売っていない。成績が良いのは吉村君本人の努力による結果だ。それは、吉村君がいつも纏めている資料や報告書を見れば誰にでも分かる事だ。だから、上司からの評判も良いのだ。特に、契約相手の年配層からの信頼度は高い。
「そうですね。吉柳先輩にだけは媚びは売りまくってますね。まだ受け入れてくれてませんけど、それはそれで吉柳先輩の魅力の一つなんで、俺は全く気にしてません。成績についてはハリボテだった武藤先輩とは違って実力ですから」
「なっ!お前──い゛───っ!」
私から気を逸した涼晟の足を、思いっ切り踏みつけると、ギリギリと私の手を握っていた手を離して、その場に足を押さえて蹲った。
「吉柳先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ありがとう、本当に助かったわ。でも、どうしてここに?」
「今日、定時で上がれるようなら、晩ご飯一緒に行けないかな?と思って探していたら、佐々木先輩に資料室に居ると教えてもらって来てみたら、武藤先輩がこそこそとここに入って行くのが見えて………コレで、少し様子を見てました」
と、吉村君が手に持っていたスマホの画面を見ると、私と涼晟とのやり取りが動画保存されていた。
「このまま素直に受け入れて異動すれば良かったのに。もう、異動では済まないですよ?今迄の成績、自分だけの力だったと思ってるところが痛いんですよ」
「?」
ー今迄の成績は、涼晟だけの力ではなかった?ー
「もともとの発想は武藤先輩だったかもしれませんけど、そこから改善点や問題があった時は、吉柳先輩や佐々木先輩にそれとなく相談して得たモノや、他の人が考えていたモノを盗んだりしてたんですよ」
「え?」
涼晟と付き合っている時に、開発に関しての相談をされた記憶はあまりない。
「その辺は変なプライドがあったんでしょうね。開発部とは全く関係無い例え話で相談してたんですよ。吉柳先輩は気付いてなかったようですけど、西条さんは気付いてましたよ」
そう言えば、“涼晟は私や佳奈のお陰で一人前だ”みたいな事を言ってたっけ?それでも、相談してそこから得たモノで結果が出ただけなら問題無い。ただ、“他人から盗んだ”となると、それは大問題だ。
「涼晟、盗んだって………本当なの?」
「おっ……俺が盗む訳ないだろう!?」
「………」
涼晟は、嘘をつく時は左手を握りしめて視線も左寄りになる癖がある。それが分かる自分に吐き気がする。
「本当か嘘かは、これから調べれば分かる事ですから」
「これから調べればって──」
「話は全部聞いてたからね」
「「相良部長!?」」
吉村君の後ろからヒョコッと姿を現したのは、営業一課の部長ではなく、開発部の相良部長だった。
「この2、3年で、3人から相談を受けていたんだ。“自分の考案したモノが盗まれたかも”ってね。ただ、先に出された案が微妙に同じモノではなかったから、偶然なのかもと、なかなか言えなかったみたいでね」
「お…俺は………」
「取り敢えず、ここでは話せないから、移動してもらうよ。吉柳さんと吉村君は、来週にでも話を聞かせてもらいたいから、今日はもう帰っても良いよ」
「「分かりました」」
そう言うと、相良部長は涼晟を連れて資料室から出て行き、私は吉村君と一緒に帰る事になった。
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「明日の予定、延期しますか?」
「え?何で?」
「色々あったから………」
家の玄関に到着して、隣に居る吉村君を見れば、そこには、シュン──と、垂れ下がった耳と尻尾が見える吉村君が居た。
「本当に、吉村君は可愛いわね」
「………」
ワシャワシャと、私に頭を撫でられても反抗しない。寧ろ喜んでいるから可愛いしかない。それが、ある意味計算されたものだとしても。
「まぁ……色々ショックな事はあったけど、それと、明日の吉村君の誕生日お祝いとは関係無いし、私が明日、吉村君をお祝いしたいから延期になんてしないわ。明日、予定通り駅で──」
「少しだけ、予定変更しても良いですか?」
「少しだけって何を──」
玄関の鍵を開けてから吉村君に視線を向ければ、吉村君がドアを開けて私を中にグイッと押し入れると、吉村君も一緒に入って来た後ドアを閉めて、カチャッと鍵を掛ける音がして、背中から抱き寄せられた。
「吉村く───」
「全く何とも無いって事はないでしょう?先輩、気付いてます?震えてますよ?」
「あ………」
そこで、ようやく自分の手が小さくて震えている事に気が付いた。その手首は薄っすらと赤くなっている。涼晟に握られた所だ。二股を掛けられていたけど、付き合っている時は優しかった。力任せに何かをされた事はなかった。いくら“頼りになるお姉さん”だったとしても、女の私の力では、男の力には全く敵わなかった。涼晟とだって、何度も体を重ねたけど。
「私………怖かった………のね…………」
「もっと早く、中に入れば良かった……すみません」
更にギュッと私を抱き寄せるその力と温もりに、ホッと安心する。
「吉村君が謝る必要はないわ。助けてくれてありがとう。今もこうして、側に居てくれてありがとう。えっと……少し腕の力を緩めてくれる?」
私のお腹に回された腕をポンポンと叩きながらお願いすると「すみません!苦しかったですか?」と慌てて力を緩める。その緩んだ隙にクルッと体ごと振り返り、私は正面から吉村君に抱きついた。
「え?ちょっ……吉柳先輩!?」
「………」
少し慌てる吉村君の顔は見ないようにして、吉村君の胸に顔を隠すようにくっつける。そのままじっとしていると、「はぁ…………」と少し長めの溜め息を吐いた後、吉村君は私の背中に腕を回して抱きしめた。
「俺が、先輩の事本気で好きだって知ってますよね?」
「知ってる」
「俺が、本当はわんこ系じゃないって知ってますよね?」
「知ってる」
「俺が今、どれだけ我慢してるか……分かります?」
「分からない」
「俺、本当に先輩が好きだから、弱みに付け込んでモノにするとか、したくないんです」
「それじゃあ…………」
抱きついたままの状態で顔だけを上げて、しっかりと吉村君と視線を合わせると、熱の篭った目をしながらも、困ったような顔をしていた。
「私、吉村君が好きよ。勿論、異性としてね。だから、こうして抱きしめられると恥ずかしいけど安心する。それでも、涼晟にされた嫌な感覚が残っているから………その感覚を、吉村君に消してもらいたいって言ったら────」
私が最後まで言葉を口にするより前に、口を優しく塞がれた。軽く触れるだけのキスを数回繰り返した後、腰に回されていた右腕が離れ、その手を私の頭に添えると同時に一気に深いキスになった。それが苦しいやら気持ち良いやら……。
ーちょっ……吉村君……ウマ過ぎない!?ー
ガクッと足の力が抜けた──と思えば、吉村君は透かさず私を担ぎ上げた。文字通りに。
「うぇっ!?ちょっと待って!この場合、お姫様抱っこじゃないの!?何で俵担ぎなの!?」
「余裕ないから!こっちの方が早く歩けるから!」
「えー!?」
吉村君が寝室に入るのは二度目。迷う事なく寝室のドアを開けて入り、ベッドの上に私を下ろした後、またキスを繰り返す。苦しくてトントンッと胸を叩いて抵抗すると、少し唇が離れた。
「……今迄ずっと我慢してたから、もう、我慢しないし途中で止めるのも無理だから、覚悟して下さい」
「止めて欲しい──なんて思わないわ」
吉村君の頬に手を添えて私からキスをすると、そこからスイッチの入った吉村君に翻弄され続ける事になった。




