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ーこれは、一体どう言う状況?ー
目の前に、寝ている吉村君が居る。しかも、布団の中で私を抱き込んだ状態で。
特有の体の怠さは無いし、服もお互い昨日のままキッチリ着ているから、何も無かった事は確かだ。
昨日は吉村君と2人で飲みに行って───
『兎に角、本気だと分かってもらう為には俺も本気にならないといけないので………覚悟しておいて下さいね?』
「っ!!!」
ー思い出した!ー
あんな事言われたから、どうしたら良いか分からなくなってカシスソーダを一気飲みして、更にビールも飲みまくって、吉村君に家迄送ってもらって『おやすみ』って言って帰ってもらったよね!?あの時、確かにドアを閉めて出て行ったのを確認したよね!?
そこからの記憶が無いから、吉村君が帰ったのを確認して安心してその場で寝落ちした─と言うよくやるパターンだったんだろう。
ーそれなのに、何故吉村君が居るの!?ー
「………」
よく見ると、本当にイケメンだよね。身長も涼晟より高いかな?それに、結構筋肉がついてて硬い。髪の毛は意外と柔らかい。肌も綺麗なのは、やっぱり若いから?
「堪能してもらえました?」
「ぬあ───っ!?おっ…おき……いつから!?」
「吉柳先輩からの熱い視線を受けておいて、気付かない訳がないですから。で?堪能してもらえました?俺としては、このままで1日過ごせますけど」
「はっ!そうだった!今すぐ離して!おっ…起きるわよ!!」
「それは残念です」
ー今更わんこ系になっても絆されないから!ー
******
「───それで、先輩が廊下で寝落ちてたから寝室に運んだのは良いけど、帰ろうとしたら先輩が俺の服を掴んで離してくれなくて」
「ごめん……」
「先輩は起こしても起きないし」
「本当にごめんなさい!」
「もう時間も時間だったから、そのまま一緒に寝させてもらいました。で、先輩がベッドから落ちそうになったから抱き込みました」
「それは要らなかったんじゃない?なんなら落としてくれても──」
「好きな人をベッドから落とすような事をする趣味はないし、なんなら抱き込める理由ができてラッキーで───」
「うわー!分かったから!うんうん!ありがとうね!」
恥ずかしい事をサラッと口にする吉村君。
わんこはどこへ行った!?
「と……兎に角、先にお風呂にでも入って。その間に、何か食べる物を作るから」
私はグイグイと吉村君の背中を押して、風呂場に押し込んだ。
******
「先に言っておくけど、その服は弟の服だから。やっぱり、丈が短いね。着てた服は今洗濯してるから、乾く迄はその服で我慢してくれる?」
「1日でも2日でも待ちますよ」
「乾燥機付きで1日も掛からないから。はい、朝食はトーストとベーコンエッグだけど、食べれる?」
「吉柳先輩が作ってくれた物なら、何でも喜んで食べますよ」
「くっ……たっ……食べるわよ!」
何を言っても攻めて来るから対応に困る。
わんこ系の草食男子かと思っていたけど、慣れてるよね?これだけの容姿だから、モテないなんて事は有り得ない。女の扱いに慣れていても不思議じゃない。そんなイケメンが三十路の私を?
ー揶揄われているか、罰ゲームとしか思えないー
「何度も言いますけど、俺、本気ですから」
「何も言ってないけど?」
「言いたい事が顔に出てますよ」
『何を考えているのか分からない』と言われた事はよくあるし、自分でも表情を無駄に表していない自覚はある。何があっても、平静を取り繕っている。それがまた、可愛げの無いところなんだろう。
「他の人には分からないかもしれないけど、俺はずっと吉柳先輩を見ていたから、分かるようになったのかもですね」
「ぐぬぅ───っ」
二十代前半の年頃だったら、イチコロだったかもしれない。
「か……会社での吉村君とは全然違うのね。わんこ系かと思ってたけど、こっちが素なの?」
「騙してる訳じゃないですよ?吉柳先輩が可愛いモノが好きなんだと気付いたから、わんこ系になっただけです。お陰で、吉柳先輩と仲良くなれましたから」
「な─っ!!否定はしないけど!もう!本当に容赦無いわね!!」
まさか、可愛いモノ好きまでもバレていたとは。過去に付き合った彼氏ですら気付かなかったのに。寝室に置いているぬいぐるみを見られた時ですら『お前とぬいぐるみは似合わないな。それ、誕生日プレゼントとかで貰って、仕方無く飾ってるって感じだろう?』と笑われた事もあった。だから、本当の自分を出せなくなって疲れて別れる──と言う繰り返しだった。と言っても、付き合った人数は涼晟含めて3人だけど。
「俺からすれば、いちいち顔を赤くして慌てる吉柳先輩の方が可愛いですけどね」
「コォーヒーのおかわり要らないかなぁ!?」
「ははっ………先輩、本当に可愛過ぎ………」
楽しそうに笑う吉村君は可愛く見えなくもないけど、これはきっと、わんこの着ぐるみを被った狼だ。とんだロールキャベツみたいな子だった。
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「最近の武藤の話、知ってる?」
「そう言えば、最近は全く聞かないわね」
色々あって1年が経った。今は違った事で色々大変な日が続いている──と言う事は一旦置いといて。
色々あるお陰で悩む事もなかったし、正直すっかり忘れていた武藤涼晟。涼晟とはもともと部署が違う上に昼休憩も二部制で違う為、約束でもしない限り社内で偶然会うような事は無い。ただ、開発部の中では優秀な成績を出していたから、営業内での会議でたまに名前を耳にする事はあった。ここ最近では、それすらなくなっている。
「最近の武藤はサッパリらしいわ。その上、“二股かけて彼女に捨てられた”って言う噂もあるみたいで、女子からの評判もガタ落ちらしいわよ」
佳奈がニコニコと笑っている。
私と西条さんが涼晟と付き合っている時、涼晟は徹底的に私達にも職場にも隠していた。それが、そんな噂が出回ったと言う事は───
「ざまあみろですよね」
「自業自得ですね」
西条さんと吉村君が爽やかな笑顔を浮かべている。勿論、咎めるつもりはない。私の名前が出ていないなら問題無い。涼晟も、自分から態々私と西条さんの名前を出す事は無いだろうし。
「それに、成績が良かったのも、吉柳先輩のお陰だったんですよ?」
「私?」
これと言って、私が開発部の事で涼晟に何かをした覚えはない。
「武藤先輩、仕事の相談するフリをして、吉柳先輩からのアドバイスとか発案を自分のモノにしてただけなんですよ。だから、自分の能力だけでは考案すらできないんです。そんな人が、新しい何かを創り上げる事なんてできる訳がないんです」
「そうなの?」
私としては、涼晟を助けていたと言う自覚は全く無い。
「吉柳先輩は人が良過ぎなんですよ。そこが可愛いところでもありますけど」
「吉村君………」
ー職場では止めて欲しいー
吉村君は相変わらず、隙あらば私を『可愛い』と言う。ただ、それも私だけの時や、佳奈と西条さんの前だけで、他に誰か居る時言わないし、相変わらず周りに対してはわんこ系を演じている。社内では“可愛いわんこ”のままなのに、私には“男”を意識させて来るから、そのギャップに落ちそうになっているのは、まだ吉村君には内緒だ。