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*吉村大和視点*
俺がモテるかも?と思ったのは高校生になってからだった。高校生になってから身長が伸びて、トレーニングをすればすぐに筋肉がついた。バレー部だった俺は、3年生の先輩が引退した後、1年生では唯一のレギュラーになった。それから、女の子によく声を掛けられるようになった。
初めて女の子と付き合う事になったのは、2年生になる前の春休みだった。色んな初体験をしたのも、その彼女とだった。そんな彼女とは高校生の間はずっと付き合ってはいたけど、卒業した後は疎遠になり、大学入学前には関係は終わっていた。
大学でもバレーサークルに入り、そこでもそれなりにモテた。
『隣に大和を連れて歩くだけで優越感が半端無いんだよね。顔だけは良いから』
何人目かの彼女が、陰で俺の事をそう言っていたのを耳にした時、ショックを受けたと言うより──
ーなら、俺もそれを利用するだけだなー
正直、俺も健全な男子だったから、慎重になりながらも関係を持ったりする付き合いを繰り返した。
『吉村君、思ってたのと違った』
『私の事、好きじゃなかったんでしょう?』
勝手に俺に幻想を抱いて告白して来て、付き合っては幻滅して悲劇のヒロインぶって泣く彼女達。そんな事を繰り返していると、俺の良くない噂も広がって行った。
“来る者拒まず、去る者負わず”
『そんな吉村君となら、後腐れ無く付き合えるわ』
そう言い寄って来る女も居た。
ー反吐が出るー
と思いつつも、そんな大学生活を過ごした。
そんな自分が嫌で、就職は実家から離れた他県に就職した。
ただ、やっぱり就職先でもモテた。それなりに声を掛けられたりしたけど、相手をするのも面倒で、軽くあしらったりしていたのに───
『あのクールさが良いよね』
『ワンナイトでも良いわー』
ー面倒くさいー
『顔が良いって、ホント良いよな』
『選り取り見取りだよな』
『“クール”ってなんだよ。ただの“冷淡”なだけだろ?』
ー妬みだなー
場所が変わっても、周りの人が変わっても何も変わらなかった。
吉柳先輩に会う迄は────
******
「私は指導担当の吉柳よ。これからよろしくね」
「宜しくお願いします」
ー笑顔が可愛い人だなー
営業一課に配属され、俺の指導担当だったのが吉柳先輩だった。社内でも“頼れる姉さん”として有名な先輩だった。
「吉村君、このデーターだけど……」
「…………」
サラリと横に流れる髪をかき上げる先輩からは、フワリと良い香りがして、ドキッとする時もあったが、仕事以外の話をする事はなかった。吉柳先輩が、俺を“男”として見る事は無かった。
今にして思えば、一目惚れだったのかもしれない。
それからまた、陰で俺を庇ってくれて更に気になる存在になって、わんこ系を演じる事になり今に至る。
ー“わんこ系”のままだと、恋愛対象にはならないー
吉柳先輩は、可愛いモノが好きなのは確かだけど、それは愛でる対象でしかない──と言う可能性がある事に気が付いた。本当はクズだったけど、ハイスペだと人気のあった武藤先輩と付き合っていたと言う事は、吉柳先輩が求める恋愛相手は───
******
「吉村君も、色々迷惑掛けてごめんね。お詫びに今日は私が奢るから遠慮無く食べてちょうだい」
「はい。遠慮無くいただきます」
俺は今、吉柳先輩と2人で居酒屋に来ている。
『佳奈と西条さんにも声を掛けたんだけど、2人とも都合がつかなくて、今日は2人だけなんだけど、お詫びを兼ねて飲みに行かない?』
と、吉柳先輩に誘われたのだ。本当は、佐々木先輩と西条さんも来るつもりだったのを、俺がお願いして2人きりにしてもらったと言う事を、吉柳先輩は知らない。
「吉柳先輩も、俺の事は気にせずに飲んで下さいね」
「ありがとう」
とは言ったものの、吉柳先輩はやっぱり比較的アルコール度数の低い物を少しずつ飲んでいる。ただ、相手がわんこ系な俺だからか、皆で飲みに来ている時よりは表情が柔らかくて、いつもよりも言葉数が多い。それがまた、気を許してくれているようで嬉しい。
「──涼晟もあんな奴じゃなかったんだけどね。まぁ、私も可愛げが無かったけどね」
「浮気した時点でアウトだし、吉柳先輩も十分可愛いですよ?」
「ごふっ───あ……ありがとう?」
『カッコイイ』と言われ慣れていても、『可愛い』と言われ慣れていないのだろう。顔を少し赤くして手をパタパタと振っている。その仕草さも可愛い。
「お待たせしました」
「ありがとう」
そこで、丁度タイミング良く俺が注文したカクテルが届いた。
「吉柳先輩、どうぞ」
「え?私、頼んでないわよ?」
「俺が、吉柳先輩の為に頼んだカシスソーダです」
「カシスソー………っ!?」
首を傾げながら俺からグラスを受け取った後、ピタッと動きが止まったかと思えば、顔を赤くしてグラスから俺に視線を移した。
“貴方は魅力的”と言う意味をもつカクテル。吉柳先輩が知らない、気付かない訳がない。もともとカクテルの意味なんて興味も無かったけど、女子トークをする先輩達のお陰で知る事になった。それが、こんなところで役に立つとは思わなかったけど。
「年上の三十路女を揶揄って──」
「揶揄うだけなら、こうして2人だけで飲みに来たりなんてしませんよ。俺、それなりにモテるし」
「え?それ、自分で言っちゃう?」
「使えるモノは使わないと、宝の持ち腐れなので」
「えー……清々しいわね………ふふっ」
ー可愛いー
恋愛対象としての好きだとハッキリ認識したせいか、吉柳先輩の一つ一つの表情や仕草が可愛くみえて仕方無い。
「兎に角、本気だと分かってもらう為には俺も本気にならないといけないので………覚悟しておいて下さいね?」
「なっ────!?」
ニッコリ微笑むと、吉柳先輩は更に顔を赤くした後、一気にカシスソーダを飲み干した。
******
「吉村君、ごめんね…………」
「謝る必要はないですよ。寧ろ、役得?」
「な…………バカだ…………」
あれから、照れ隠しをするかのようにビールを飲み続けた吉柳先輩。帰る頃には足が少しフラついてしまっていたから、俺が家迄送る事にした。それでも、意識は保っているところは流石だと思う。
ーこのまま俺に流されてくれたら良いのにー
と思ったりもするが、無理矢理に関係を作ろうとは思っていない。
「先輩、家に着きましたよ。今日は冷えるから、お風呂は危なくて無理だろうけど、ちゃんと布団に入って寝て下さいね」
「分かってるわよ。本当、ここ迄送ってくれてありがとう。また……お礼しなきゃね」
「先輩からのお礼なら、いつでも大歓迎です。それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ………」
名残惜しい気持ちを押し殺して、先輩を家の中に入れてから、俺は外に出て玄関の扉を閉めた。そして、軽くため息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、歩き出そうとした時───
バタンッ───
と言う音が扉の向う側から聞こえた。
「吉柳先輩!?」
何があったのか!?と慌てて扉を開けると、部屋につづくドアの前の廊下でスヤスヤと寝落ちしている先輩が居た。
「………自業自得だからね?」
と、寝ている先輩に呟いた後、俺は先輩を抱き上げて部屋へと続くドアを開けた。
部屋は吉柳先輩らしく、シンプルなデザインで統一された家具が配置されている。その奥にある部屋が寝室だろう。
他意は無い……事も無いが、無い。ただ、先輩が風邪をひかないように布団に入れて寝かせて、その後はこの部屋から出て帰るだけだ。そう自分に言い聞かせながら寝室のドアを開けると──セミダブルサイズのベッドがあり、その枕元には小さな犬のぬいぐるみが3つ並んでいた。
ー可愛いか!ー
普段の吉柳先輩からは想像もできない可愛いぬいぐるみ達。枕カバーもモコモコしている。そして、その布団の上には、モコモコした可愛いルームウェアが置かれていた。
ーギャップが可愛い過ぎるー
フルフルと頭を振って気持ちを落ち着かせてから、俺は先輩をベッドに下ろした。