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*吉村大和視点*
「吉柳先輩、お疲れ様です」
「お疲れ様」
吉柳氷緖
同じ営業第一課所属で4年上の先輩で、営業成績は優秀で、男性社員にも負けない程の男前な性格で“皆の頼れる姐さん”的な存在だ。
「先輩、もし良かったら、このカフェラテ飲んでくれませんか?」
「カフェラテ?どうしたの?」
「俺、ミルクが苦手なんですけど、自販機で間違えてボタン押してしまって……」
「それなら、勿体無いから貰ってあげるわ。その代わり………はい。さっきコンビニで買って来たコーヒーをあげるわ。これなら飲める?」
「ありがとうございます」
いつもコーヒーを飲んでいるけど、本当はカフェラテが好きだと言う事を知っているのは、俺と佐々木先輩だけだろう。コーヒーを飲んだ後は、いつもチョコレートや飴を口にしている。
それに気付いたのは、1年ぐらい前の事だった。
それに気付く迄は、吉柳先輩は表面通りの人なんだと思っていた。
******
「顔が良いと、営業もうまくいって良いよな」
「ホント、顔が良いのは羨ましいよな。吉村、絶対顔で得してるよな」
ーまたか……ー
営業の成績が良くなれば良くなるほど、先輩達からの陰口が増える。正直、顔が良いのは否定しない。でも、俺の営業の相手の殆どが年上の男性だから、顔で取っていると言う事はない。ただ単に、後輩に負けているのが気に食わないだけ。僻みやっかみだ。だから、色々言われても気にする事はないと分かってはいても、実際直接聞いてしまうと凹んでしまう。
「あんた達、顔だけで成績が上がると思ってるの?」
「吉柳!?」
「それ、相手に対しても失礼だって分かってる?そんな話、木村商事の部長が聞いたら契約どころじゃなくなるかもね?」
「なっ!」
「後輩に負けたからって陰口たたいて恥ずかしくないの?」
「たっ……ただ、ふざけて愚痴っただけだろう。吉柳も真に受けるなよな」
「なら良かった。アンタ達だって営業マンとしては優秀なんだから、くだらない事で自分の価値を下げないように気を付けた方が良いわよ」
「お……おう……」
それだけ言うと、吉柳先輩はサッとその場を後にした。
注意しただけで終わらず、サラッとフォローして持ち上げる。あんな事を言われたら、これ以上俺の悪口を言う事はなくなるだろう。
それからだった。気が付けば、いつも俺は吉柳先輩の事を目で追うようになったのは。
“クールビューティー”を表しているいる様な容姿だけど、本当は甘い物が好きで、可愛いモノが好き。
「吉柳せんぱ~い」
「西条さん、どうしたの?」
「さっき経理で───」
西条美羽。俺の一つ下の後輩で、営業課一可愛いと言われている。確かに小柄で目がクリクリしていて可愛いと思う。ただし、周りは気付いていないだろうけど、彼女は吉柳先輩限定であざとい。吉柳先輩が可愛いモノが好きだと分かっているようで、吉柳先輩の前では更に可愛さをアピールしている。
吉柳先輩は、そのあざとさには全く気付いていないけど、「西条さんが可愛くて仕方無い!」と思っていると言う事は分かる。
ーそうか……可愛い系か………ー
そうして、俺は“わんこ系男子”と言われるようになった。
******
「ハイスペで草食でわんこ系って、ギャップが可愛いよね」
「前は近付きにくい感じのイケメンだったけど、今は雰囲気も柔らかくて良いよね。同じ課の氷緖が羨ましいわ」
「確かに、最近はたまに、吉村君に犬の耳と尻尾が見える時があるわ」
ーふふっと笑う吉柳先輩の方が可愛いけどー
わんこ系と言われるようになってから、吉柳先輩と関わる事が多くなった。そうすると、更に色んな吉柳先輩を見付けるようになって、気が付けば好きになっていた。
可愛いモノが好きな吉柳先輩なら、今の俺を受け入れてくれるかも?なんて、少し浮かれていた。
******
まさか、吉柳先輩と武藤先輩が付き合っているとは思わなかった。しかも───
「本当に、武藤涼晟はクズですよね。有り得ない。吉柳先輩を捨てるなんて、一体何様!?」
「西条、お前、素が出過ぎてるぞ」
「良いんです。今ここには吉村先輩しかいないし、吉柳先輩も居ませんから」
「清々しい奴だな」
「ありがとうございます」
俺の目の前で悪態をついているのは西条美羽。
吉柳先輩との時間を作る為に、吉柳先輩と同期の武藤先輩と付き合っていた。まさか、その武藤先輩が吉柳先輩と付き合っているとは知らずに。
色々あった後「吉村先輩、腹を割って話しませんか?」と西条さんから声をかけられ、そのまま居酒屋へとやって来て、開口一番「吉村先輩も、吉柳先輩にだけあざとい……わんこになってますよね?」だった。否定も肯定もせずいると「同類だから分かるんですよ。吉村先輩もそうでしょう?」
“自分もそうだから”
と言う事なんだろう。
「まさか、吉柳先輩があんなクズと付き合ってるとは思わなかった!あのクズ、本当に見掛け倒しも良いとこで、料理は仕方無いとしても、片付けすらマトモにできないから、放っておけば2日で職場のデスクもグチャグチャだから、家なんて最悪で!一度行っただけで、それ以降行ってないけど!!」
それから、よくよく武藤先輩を観察してみると、顔だけだった事が判明。ただ、それからも関係を続けたのは、何よりも吉柳先輩との時間を作りたかったからだったらしい。
「それなら、吉村先輩より佐々木先輩と仲良くなれば良かっただろう?」
「それも考えましたけど、私、佐々木先輩と言うか、同性には嫌われるタイプだから。佐々木先輩からも良い印象抱いてないって知ってるから、仲良くなんてなれないんですよ」
ー自分の事、よく分かってるんだなー
「でもさ、今回の事で、変に回りくどい事しなくても、これからも吉柳先輩には可愛がってもらえるんじゃないか?吉柳先輩にとって、西条さんはお気に入りの可愛いモノだから」
「それは否定したくないし、しないです!でも……私、吉柳先輩が付き合うとしたら、吉村先輩みたいなわんこ系だと思ってたから、見た目だけだけど、どうして武藤先輩と付き合ってたのかが不思議で………」
確かに、武藤先輩は“可愛い”ではなく、“(見た目)ハイスペ男子”だ。“ギャップ萌え”も有り得ない。
「─────あぁ、そうか…………」
「“そうか”って、何ですか?」
「いや、何でもないけど……西条さんは、俺が吉柳先輩と付き合う事になったとしたらどうする?」
「は?まぁ、わんこ系の吉村先輩は吉柳先輩のお気に入りだし、吉柳先輩が選んだのなら文句はありません。ただ、吉村先輩もクズと同類なら阻止しますけど」
「あんなクズと一緒にするな」
「なら反対しませんよ」
別に西条さんからの許可がなくても、こらから行動に移すつもりではあるけど、一番厄介になるだろう西条さんを味方につけておいた方が良いだろう。
******
「西条さん、昨日の貴方は最高だったわ。まさか、氷緖限定のあざと系とは思わなかったわ」
「お褒めいただき光栄です」
あの現場に居たお陰で、西条さんは佐々木先輩の懐に入れたようだ。
「もしかして、吉村君もそうだったりするの?」
「………」
取り敢えず、わんこ系らしくニコニコと笑っておく。
「なるほどね。ま、頑張って」
「ありがとうございます」
と、ニコニコ笑う佐々木先輩に、ポンポンと肩を叩かれた。
知らぬは、吉柳氷緖先輩本人だけだ。