第6話 待ってる
「この家は、改装して新しい村役場にします。今の村役場は老朽化が激しいですからね」
俺の言葉に、広間に集まった村人達が動揺する。
「あの・・・では、奥様と雅人様はどうするんですか?」
「俺と母は2人だけなので、どこかアパートでも借りて暮らします。ですから、小間使いは不要です。
今、小間使いをしてくれている人たちには新しく役場で働いてもらうつもりです」
また動揺が走る。
でも俺は、構わず続けた。
「あと、新たな試みとして『外を見る活動』を行いたいと思います」
「外・・・?」
「村の外です。それも隣町などではなく、もっと都会のことです。
役場で働く人たちに、定期的に東京などへ行ってもらって仕事をしてもらいます。
あと、学校の遠足や修学旅行も社会見学を兼ねて遠くへ行かせましょう」
「・・・」
今度は動揺ではなく、はっきりとした困惑が広がる。
わかってる。
若い村人に「外」を見せるというのは、この村にとって致命的だ。
都会に憧れて若い人が村を出て行けば、この村は過疎化の一途を辿る。
そしてそれを止められなければ、限界集落になりやがては集落消滅ということになりかねない。
それでも。
「俺、やってみたいことがあるんです。みんなに村の外を見てもらって、都会の魅力を感じてもらいたい。
そしてその上で、『都会もいいけどやっぱり岡部村がいいな』と思って、みんなが戻ってきてくれるような、
そんな村にしたいんです」
「・・・」
「無理だと思いますか?俺は思わない。この村にだっていいところはたくさんある。
もし、いいところが一つもない村なら、それこそ無くなってしまってもいいじゃないですか。
でも岡部村は無くならない、俺はそう信じてます」
村人達が顔を見合わせる。
中に、数人だけど頷いてくれている人もいる。
「難しいのは分かってます。でも・・・例えば、観光客を呼べるような事業を始めるのはどうでしょう?
ここは温泉が出ます。隣町や都会にないような、この村伝統の食べ物なんかもあります。
観光客目当てにこの村の良さを殺してしまうことなく、それでいて、全国にこの村をアピールできるような、
そんな方法を考えたいんです」
パチパチと小さな拍手が起こる。
でも大半の村人はまだ渋い顔をしている。
当然だろう。
今までこの村が大事に守ってきた事を、いきなりやめるというのだから、
抵抗がないはずがない。
だけどこのままじゃ、どちらにしろこの村はもたない。
だったら、思い切りやりたいことをやってもいいじゃないか。
俺はこの家の、この村の当主なんだ。
俺が自信を持たなくてどうする。
俺は広間の端を見た。
そこには小間使いの女達が、ずらっと座っている。
彼女達にはこの話を事前にしてあるから、動揺はない。
でも不安はあるだろう。
だけど、彼女達が新しい生活を潤滑に送れるようにするのが俺の仕事だ。
俺がハッキリとそう言ったので、彼女達はみんな納得してくれた。
ただ・・・その中に花の姿はない。
あの夜。
開かずの間に花と2人で入った、あの夜。
俺はあそこで花を抱いた。
血が繋がっていると知っていながらの行為に、後ろめたさがなかった訳じゃない。
だけど、俺と花には、あの時ああすることが必要だった。
そしてその後、花は俺に、この家を出て行くと言った。
「雅人様とこうなったからじゃありません。私は、私の人生を生きたいんです」
「・・・もう、戻ってこないのか?」
「それは・・・分かりません。ここへ戻ってくることが私の人生の中で必要ならば、戻ってきます」
もし花が「二度と戻ってきたくない」と言ったら、俺は花を引き止めただろう。
だけど花は、「必要ならば戻ってくる」と言った。
そこに、恨みや悲しみはなかった。
だったら俺は、それを待っていよう。
花が、この村に戻ることが必要になって戻ってきた時、
「ああ、岡部村に戻ってきてよかった」と心から思えるような村にして、待っていよう。
兄として、家族として、待っていよう。
「反対意見があるのはわかってますから、それは後で聞きます。
もし、他に何かやってみたいことがある人がいれば、言ってください」
すると、意外な人物がおずおずと手を上げた。
一番後ろで、ポツンと座っている少しぽっちゃりした女性。
俺の許婚だ。
「朝子さん。どうぞ」
「あの・・・さっき雅人さんは温泉と言いましたが、温泉街にできるほど湯量があるとは思えません」
「うん」
「それに、ここに今から温泉旅館を新しく建てるのも大変です」
「うん」
「ですから、個人のお家を民宿のような形にして、お客様に泊まってもらうのはどうでしょうか?
お部屋の一つを客室にして、お風呂も温泉が出るように改装して。
一つのお家に一日一組のお客様でしたら、融通も利いて、お客様の要望に応えやすいと思うんです」
「・・・うん。なるほど」
更に、朝子さんは付け加えた。
「でも、それより何より、一番大切なのは交通の便の確保だと思います。
村人が外に行くにしても、外からお客様を呼ぶにしても、今の岡部村は不便すぎます。
一番いいのは、村に電車が来ることですけど・・・それはさすがに無理だと思います。
ですから、岡部村と大きな駅との間にバスを通す、と言うのはどうでしょうか?」
「・・・」
驚いた・・・のは、俺だけではないようだ。
朝子さんは、普段人前で余り話さないし、ましてやこんなことを考えてるなんて・・・
でも、筋は通ってる。
岡部村の長所と短所を踏まえていて、更に現状もしっかり分かってる。
「ありがとう。その通りだと思う。よし、その辺から手をつけるか。
交通担当と民宿担当にわかれて、もうちょっと細かく練ってみよう。
やってみたい人はいますか?」
さすがに勢いよく、ハイハイと手は上がらない。
それでも、興味がありそうな村人が何人もいる。
・・・うん、大丈夫そうだ!
やれる気がする!
この村を、村人にとっても村人以外にとっても、魅力ある村にしてやろう。
そしていつか花に「素敵な村になりましたね」と言わせてやるんだ。
俺は、村人の目の輝きを確認しながら、担当を振り分け始めた。