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第4話 突然の自由

ある朝。

といっても、いつもの朝と変わらない朝。


既にダイニングテーブルについている父さんと母さんに「おはよう」と挨拶し、

俺もいつもの自分の席に座った。


すかさず花が俺のところへ朝食を持ってきて、コーヒーを注ぐ。


「ありがとう」

「いえ・・・」


何か言いたげな花。

だけど何も言わずに、キッチンへと下がって行った。


俺はコーヒーを一口飲んで首を傾げた。

不味い訳じゃない。

むしろ、美味い。


だけど、ぬるいのだ。


そう言えば、、さっき花が持っていたポットは母さん専用のぬるいコーヒーが入ってるポットだった。


ハッとして、父さんのコーヒーカップに目をやった。

そこからは、湯気がゆっくりと立ち上っている。


・・・よかった。

父さんのコーヒーは間違わずにいつも通りの熱いコーヒーを注いだみたいだ。


いや、花は間違った訳じゃないのかもしれない。

昨日、一緒に買いに行ったコーヒーの味を俺にも味わってもらいたくて、

わざとぬるいコーヒーを出したのだろう。


今度は母さんを見てみる。

こちらも、いつもと変わらぬ様子でコーヒーを飲んでいる。

いつもと違う、いつもより美味しい、とか気付かないのかな?

せっかく花が母さんのために用意したコーヒーなのに。


「・・・今日のコーヒー、いつもより美味しいね」


俺はそう言ってみたけど、母さんは「そう?」と言っただけだった。

ところが・・・


「確かに、ちょっと味が違うな」


え?


父さんがカップを持ち上げ香りをかいだ。


「いつもより、少し苦いな。豆を変えたのかな?」


いや、父さんのはいつもの豆だから。

全く、味の分からない人たちだな・・・


そう思った瞬間。


父さんの手からカップが滑り落ちた。


「父さん!?」

「あなた!!」


椅子から転げ落ち、胸を掻き毟る父さん。

・・・ただごとじゃない!


俺と母さんは、すぐに父さんの両脇に駆け寄った。

口の端から、泡をふいている。


「花!救急車!」

「はい!」

「父さん・・・父さん、しっかり!」


父さんは、目を見開いたまま口をパクパクし、

何かを言おうとした。


「父さん!何?父さん!」


俺は耳を父さんの顔に近づけた。


「え?何?」


だけど父さんは、何も言わないまま動かなくなった。








お祖父さんの時とは打って変わって、今度は重苦しい通夜になった。


まだ若く、村の実権を握っていた父さんの死。


村人からは恐れられていた父さんだけど、

それでもやっぱり、その死は大きな衝撃をもたらした。


さすがに母さんも、悲しみに打ちひしがれている、というか、

呆然としている。


そして俺は・・・実感がわかない。


お祖父さんが死んだ。

父さんも死んだ。


それだけでも信じられないのに、

加えて今日から俺は、この野波家の当主だ。


花のことを思い、それを望んだこともあった。

でも、まだ19歳の俺には村を運営するだけの知識も力量もない。

そのノウハウを俺に教えてくれるはずだった人も、誰もいない。


俺は・・・野波家は、岡部村は、これからどうしていけばいいんだろう。



弔問客が帰り、俺は広間に父さんと2人きりになった。


父さん。

俺、どうしたらいい?

父さんがどんな仕事をしていたのか、俺は全く知らない。

誰に頼ればいいのかも分からない。


母さんや親戚の人はいるけど・・・俺、なんか一人ぼっちになった気分だよ。



「雅人様」

「花・・・」


喪服姿の花が1人、広間に入ってきた。

いつも黒い服を着てるけど、やっぱり喪服はそれとは違う。

心なしか、花が大人びて見える。


「あ・・・もう、旦那様とお呼びした方がいいですか?」

「いや、雅人でいいよ」

「わかりました」


花が俺の横に座り、父さんの遺影に向かって手を合わせた。


「旦那様のことは・・・お気の毒でした」

「ああ」

「これからは、雅人様がこの御家の当主様ですね」

「・・・うん、そうなるね」


自信ないけど。

でも・・・そうだ、俺はこの家の当主だ。


いつも考えてたじゃないか。

当主になれば、花をもっと自由にしてやれる、って。

俺も・・・好きにできる。


「あの、」


花が申し訳なさそうに、口ごもる。


「何?」

「こんな時なんですが・・・いえ、こんな時なので、お話しておきたいことがあるんです」


その瞳は思いつめたように真剣だ。

俺はそれに逆らうことができず、花に促されるまま2階へと上がった。




廊下を歩き、行き止まりまできて花はようやく足を止めた。


あの開かずの間の前だ。


「雅人様。昔、この部屋の鍵を探してらしたことがありましたよね?」

「ああ・・・うん。でも誰も持っていなかったけどね」


あれ以来、この部屋に入るのは諦めたんだ。


花はそっと胸に手をあてた。


「嘘をついて申し訳ありませんでした。実は、この部屋の鍵は私が持っています」

「え?」


花が喪服の胸のボタンを2つ外した。

こんな時なのに、その中の白い小さな膨らみに、俺の胸は高鳴る。


が、俺の目はすぐに他の物へと惹かれた。


花の首にかけられた金色のチェーン。

それは胸の辺りまで垂れ下がっている。

そしてその先に、小さな古い鍵がついていた。


「これです」

「・・・これが・・・この部屋の鍵?」

「はい」


花が頷きながらチェーンを首から外し、

俺に手渡した。


「どうぞ」

「・・・開けていいの?」

「雅人様の御家ですから。

この鍵は旦那様から貰ったものですが、決してこの部屋には入るな、と、言われました。

でも、その旦那様はもういません。雅人様がお入りになりたければ、そうなさってください」


俺は、手の中の鍵を見た。


これは、父さんが花に渡したものらしい。

そのくせ花に、ここに入ってはいけない、と言った。


この部屋には一体何があるんだろう・・・?


正直、恐かった。

でも、好奇心に勝てず、俺はゆっくりと鍵を鍵穴に入れた。


鍵穴の中がさび付いているのか、指先に若干の抵抗を感じる。

だけど少し強引に鍵を奥まで差込んだ。



ガチャ・・・



鈍い音と共に、鍵が回る。


俺は花と一度顔を見合わせてから、扉をゆっくりと開いた。





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