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第3話 コーヒー

屋敷の中の雰囲気が少し変わった。


お祖父さんは元々寝たきりで、家や村の運営に口出しすることはもうずっとなかったけど、

それでも、お祖父さんが生きているのと死んでいるのでは、心持がだいぶ違うらしい。


誰の心持かと言うと、お祖父さんの息子である父さん・・・ではなく、母さんのだ。


お祖父さんが死んで以来、母さんは伸び伸びしている。

元々やってもいないお祖父さんの介護から開放された訳でもないのに。


とにかく、そんな母さんの機嫌のよさが、屋敷全体の雰囲気にも影響している。



その一方で、落ち込み気味なのは花だ。

もう少し自分が早くお祖父さんの部屋に行っていて、

様子がおかしいことに気付いていれば、助かったかもしれないのに・・・と。


花がお祖父さんの部屋に行った時、お祖父さんは既に死後何時間も経っていたから、

花は何も責任を感じる必要なんてないのに、どうしても自分が許せないらしい。

まるでそれを挽回するかのように、今まで以上に一生懸命働いている。


それなのに、母さんは相変わらず花に冷たい。

俺もまさか、父さんが死ねばいいとは思っていないけど、

早く当主になって、花を助けてやりたい。



そんな思いが日増しに膨らんでいったせいだろうか。

ある日、俺は庭掃除をしている花に近づき、こんなことを言った。


「花。頑張ってるね・・・たまには休んでどこかに出掛けたら?」


花は、すごく驚いた顔をした。


「いえ、大丈夫です。出掛けたいところもありませんし」

「・・・じゃあ、俺がどこかに連れて行ってあげようか?」

「え・・・」


どこかと言っても、せいぜい隣町がいいところだ。

岡部村には電車はもちろん、バスも通っていない。

交通手段は自分の足か自転車か車くらいだ。


遠出しようと思ったら、隣町まで出て、そこからバスを乗り継ぎ、

電車の駅までいかなくてはならない。



花はしばらく悩んでいたけど、申し訳なさそうに「じゃあ」と呟いた。


「お願いします。隣町で、少し買いたいものがあるんです」

「わかった」


俺と花はその日の午後、早速車で隣町へ出掛けることになった。






「買いたい物ってこれ?」

「はい」


花が入ったのは、至って庶民的な普通のスーパー、

の中の、コーヒー店だった。


そしてそこでコーヒー豆を何袋か買った。


「いつもは、同じ豆で熱いコーヒーもぬるいコーヒーも入れてるんですけど・・・

それだと、奥様がお飲みになるぬるいコーヒーは美味しくないと思うんです。

この豆だったら、低い温度で淹れても美味しいらしいので買ってみたかったんです」

「・・・」


なんで、花をこき使っている母さんのためにそこまでするんだよ。

第一今だって、同じ豆とは言え、わざわざ父さんと俺用のコーヒーと、

母さん用のコーヒーを分けて淹れているんだ。

それでじゅうぶんじゃないか。


そもそも分けて淹れる必要もない。

ぬるいコーヒーが飲みたいなら、母さんは熱いコーヒーを自分で冷まして飲めばいいのに。


だけど花は、豆が入った袋を胸に抱き、満足そうな表情だ。

・・・こんな花が見れるなら、買い物の内容なんてどうでもいいか。


「もう一軒、寄ってもいいですか?」

「もちろん。どこに行きたい?」

「お花屋さんです」

「花屋?どうして?」

「大旦那様の仏前に飾る花を買いたいんです」

「・・・」


結局花は、自分の物は何一つ買わなかった。

花はこういう女なんだ。






家に戻った時には、既に日は暮れ真っ暗になっていた。

夏とは言え、少し肌寒い。


「今日はありがとうございました」


花がそう言って、助手席のシートベルトを外そうとした。

俺は、思わずその手を握ってとめる。


「雅人様?」

「あ・・・えっと」


もう少し花と2人で話していたい。


そういう思いで花の目をジッと見た。

花も分かったはずだ。


だけど花は俺の手を振りほどくと、「失礼します」と言って車を出て行った。


俺は助手席の窓越しに、小さくなっていく花の後姿を目で追った。


嫌がられた?

違う・・・気がする。


花は、俺から逃げたんだ。

野波家の跡取りである俺から。


花は野波家の小間使いで、

俺は野波家の跡取り。

しかも、花を蛇蝎のごとく嫌っている野波家の嫁の息子だ。


もしかしたら、花も俺ともう少し話していたいと思ってくれていたかもしれない。

でも、そういうことをするには、俺達は立場が違いすぎる。



俺は一度瞬きをして、今度は助手席の窓に映る自分の姿を見た。


19歳にしては、小柄で色も白い。

子供の頃はよく女の子と間違われていた。


生まれつき、父親譲りのこういう容姿ではあるけど、

それに加えて俺は外で元気に遊びまわることがなかったので、こんな身体つきになった。



花みたいだ、と思った。


小さくて、細くて、色白で。

女ならこれくらいがいいかもしれないけど、

やはり男の俺としては複雑だ。


もっと男らしく逞しければ、とは思うけど、

そうなったとしても俺の人生は何も変わらない。


きっと俺の子供もこんな感じなんだろうな。

もしその子に半分花の血が混じっていたらどうだろう。

男の子にしろ女の子にしろ、ますます可愛らしい感じになるだろうな。


・・・何あり得ないこと考えているんだ、俺は。



だけど。

もし、今父さんが死んで、俺が当主になったら、

俺はもっと自由にしていいんじゃないか?

許婚とは婚約解消して、花と結婚しても、誰も文句を言えないんじゃないか?


・・・ほんと、何考えてるんだ。

今日の俺はどうかしてる。






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