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第2話 開かずの間

2階にある自分の部屋に入ろうと、ドアノブに手を伸ばし・・・

俺は手を止め、廊下の奥を見た。


突き当たりにある部屋。


俺はそこに入ったことがない。


俺だけじゃない。

この屋敷にいる誰もが、あの部屋に入ったことがない。

鍵がかかっていて入れないのだ。


子供の頃、どうしてもあの部屋に入ってみたくて、

この屋敷にいる全員に「あの部屋の鍵を知らないか」と訊ねて回ったが、

誰も、お祖父さんや父さんも、持っていなかった。


でも、鍵を壊して入る勇気もなく、

俺はいつの頃からか、あの部屋を「開かずの間」と呼ぶようになった。




久しぶりに、開かずの間のドアノブを回してみる。



ガチ・・・!



やっぱり開かない。

この中には何があるんだろう?


まさか、死体が転がってる・・・なんてことは、ないだろうな?

この屋敷なら、そんなことがあってもおかしくないけど。



俺は諦めて、自分の部屋に戻ることにした。

すると、長い廊下の向こうから、花が大きなお盆を持って歩いてくるのが見えた。


「それ、お祖父さんのご飯?」

「はい」


お盆の上には、温かいお粥が乗っている。


「目が覚めてらっしゃるといいんですが・・・」

「そうだね」


俺のお祖父さんは、ここ数年寝たきりの生活が続いている。

意識も朦朧としていて、ろくに会話もできない。

だから、この家の実権は今は父さんが握っている。


そして・・・父さんの次は、俺が握ることになる。



花が、俺の向かいの部屋を軽くノックして中に入っていった。

お祖父さんの世話は花が一人で全てやっている。

これこそ、嫁である母さんの仕事だと思うが、

母さんは自分がやりたくないことは、全て花にやらせる。

他にも小間使いは何人もいるのに、敢えて花にやらせるんだ。


花も、文句一つ言わず、一生懸命やっている。


なんであんなに頑張れるんだろう。

行くところがなくて、ここを追い出されたら困るからか?


母さんが花をどうして嫌ってるのかはわからないけど、

父さんも少しくらい花を助けてやったらいいのに。


お祖父さんが死んで、父さんが死んで、俺がこの家の当主になったら・・・

もっと花を大切にするのに。


だけど、そんな日が来るのは、何十年も先だろう。

それまで花が、ここで頑張ってくれているかどうかわからない。


いっそ、他に働ける所を世話してやった方が、花にとってはいいかもしれない。

でも、それじゃあ俺は花に会えなくなる。

それは嫌だ。



その時。

お祖父さんの部屋から、小さな悲鳴がした。


・・・花の声だ!


「花!」

「ま、雅人様・・・大旦那様が・・・!」


俺は急いでお祖父さんが横になっているベッドに近づいた。

その瞼は固く閉じられている。


まるで、もう二度と開かないかのように。


「・・・花。父さんと母さんを呼んできてくれ。あと、医者も」

「はい!」


俺は、お祖父さんの顔にそっと触れてみた。



それはもうとっくに冷え切っていた。







野波家の当主が死んだ。

岡部村の一大事だ。


でも、幸いお祖父さんはもう第一線を退いてるから、お祖父さんが死んだからと言って、

村が困ることは何もない。


それでも、全ての仕事や学校が休みになり、

村人全員がお祖父さんの通夜にやってきた。


父さんと母さんは神妙な面持ちでお祖父さんの棺の横に座っている。

俺もその横で、ぼんやりと座っていた。


もちろん、悲しい。

でも、俺にとってお祖父さんは、

自分のお祖父さんというより、岡部村の恐い村長というイメージが強い。

いつも怒ったような顔をしていて、俺は近づきにくかった。


だからお祖父さんの死は、悲しくもあり、少しホッとするものでもある。


それは父さんと母さんも、そして村人達も同じようだ。


これからは、ちょっと頼りないけど優しい父さんが、名実ともに岡部村の村長になる。



「旦那様。広間の準備ができました」


花が父さんの後ろに両膝を突いて座り、

小さな声で話しかけた。


「ああ、ありがとう。雅人、お前は広間の方にいて、客人の相手をしてくれないか」

「わかった」


花の言う「広間の準備」とは「通夜に来た客をもてなす準備」と言うことだ。

つまり、料理や酒の準備のことである。



俺が広間に入ると、既にそこにいた村人達は一応「この度は・・・」と暗い声で言ったが、

その顔はみんな酒で赤い。

だけど、俺はそれを失礼だとは思わない。

いくら野波家の当主の通夜とは言え、一老人が天寿を全うしたのだから、

そう湿っぽくなる必要もないだろう。



・・・そうだ。


俺はグラスを持つと、この村一番の古株に近づいた。


栄太郎えいたろうさん、今日はわざわざありがとうございます」

「坊ちゃん。いえ、当然ですよ。残念でしたね」


栄太郎さんはこの村の生き字引だ。

俺のことも、生まれた時から知っている。

俺がいつどんな病気をしたか、母さんよりも詳しいだろう。


「お祖父さんは、もう97歳でしたからね。じゅうぶんに生きたと思います」

「そうですな」


栄太郎さんも他の村人に負けず劣らず赤い顔をしている。

でも、酔っ払って自分を見失うような人じゃない。


俺は、周りを気にしながら小声で訊ねた。


「栄太郎さん。うちの小間使いの花って女の子、知ってますか?」

「ああ。さっき、この酒を持ってきてくれた子でしょう?」


そう言って、一升瓶を持ち上げる。


俺は頷いて続けた。


「花の家族のことは知ってますか?」

「さあ。聞いたこと、ありませんな」


栄太郎さんが知らない、ということは、誰も知らないのだろう。

やっぱり花の家族はこの村にはいないのかもしれない。


「じゃあ、花はいつどこから来たんでしょうか?」

「詳しくはわかりませんが、わしが始めて花を見たのは・・・花がよちよちと歩き始めた頃ですかな」

「ってことは、花が1歳くらいですか?」

「だと思います」


そんな昔の花を知ってるのか!

さすがは栄太郎さんだ!


「その時、俺は何歳でした?」

「ああ、覚えてますよ。坊ちゃんが、足元がまだおぼつかない花の手を引いて、

二人で池の周りを散歩してたことがあります。その時、坊ちゃんが池に落ちて、大騒ぎになったんですよ。

だからあれは・・・坊ちゃんが5歳の時ですな」


栄太郎さんが、うんうんと頷く。

大した記憶力だ。


俺が5歳の時、花は1歳。

俺の4つ下・・・つまり、花は今、15歳ということになる。



それにしても、不思議だ。

栄太郎さんは、花が1歳の頃からこの村に・・・野波家にいたと言う。

でも、家族のことは知らない。


じゃあ、誰が花を育てたんだ?


それに、どこで?

栄太郎さんも知らないこの村のどこかでか?

それとも・・・まさか、野波家の中で?


いや、それはないだろう。

だって、野波家の人間でもない花をここで育てる理由はない。

育てる人もいない。


どこかで誰かが花を育て、ちょくちょく野波家に連れて来ていたんだ。

そして、花は幼くしてここの小間使いになり、それ以来野波家に住み込みで働いている。



不思議な女だ。



だけど・・・


俺は、弔問客らしい見知らぬ男と話している花を見た。



花が、どこの誰だろうと俺の気持ちは変わらない。

俺には親が決めた許婚がいるから、花と結婚できないのはわかってる。


でも、花を大切にすることはできる。



いつか、花の心からの笑顔を見てみたい。






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