女たちの誓い
「アカーシャ様がメデューサを討ち取ったぞ!!」
くらい室内で凛とした声が響いた。
それを発したのは、純金のごとき鮮やかな金髪が暗がりにも映える、妖しくも美しい女である。
妖術師ケルキーであった。
魔王軍総帥アカーシャを守護する最強の戦士集団である五妖星のひとり──その妖術師が、少女のようにときめきを湛えた表情で、周囲に集まっている者たちを見渡していた。
周りにいるのは若い女たちである。
深夜を徘徊する魔女を思わせる、黒いフードで身を包んだ女たち──現在はアルゴスの一般市民として溶け込んでいるものの、以前は第三魔軍の首領ケルキーに使えていた魔道部隊の女たちであった。
そこは、厚いカーテンで遮光された広間だった。
ディアム城階下には、開かずの間として存在する隔離された空間がある。かつて魔王軍の作戦会議室として、軍上層部に秘密裏に使用されていた通称〝円の広間〟──そこに今、ケルキーを中心にした六魔導メデューサを仇とする女たちが集結しているのだった。
女たちの注視する先には、磨き抜かれた大水晶があった。室内の中央に巨大な樫の円卓があり、その卓上に魔物の手を思わせる台座でがっしりと据えられた、並のサイズの数倍はあろう水晶玉である。その内側で揺れ動く発光現象に、全員が視線を注いでいるのだった。
先ほどから水晶を撫でるように手をかざし、中に映る幻像をコントロールしているのはケルキーである。本来ならば、この魔法制御の難しい巨大水晶を扱えるのは、魔王軍の中でも大魔導士アカーシャを除くとほんの限られた数名しかいない。
妖術師ケルキーは、そのひとりだった。
それぞれが秘めた異能を持つ五妖星たちの中でも特に広範囲の魔術に精通するこの妖術師は、アカーシャからの思念伝達を独自の信号として捉え、それを大水晶の像として映し出すことができるのである。
「やったな……やったぞ……」
映像は今、漆黒の魔少女アカーシャと、その背景で燃え盛りながら崩れ落ちていく蛇蝎城をありありと中継している。
「あ、アカーシャ様……」
シュネイデルの妻エルザがそれを見て、感に堪えないという面持ちになり、どっと涙を溢れさせた。
「あ、ありがとうございます……ありがとうございます!」
他の女たちも皆、感涙にむせび泣きだした。
あまりにも憎き仇である蛇の女王メデューサと、刺し違えてでも仇を討つ──その決意だけで寄り集まっていた魔女たちの悲壮な想いが今、これ以上にない形で晴らされたのだから。
「よかったな!これでもう、おまえたちが無駄に命を落とす必要はなくなったじゃないか!」
晴れ晴れとした表情で皆を見つめ回すケルキーに、女たちは感謝するように口々に応えた。
「はい!」
「本当にありがとうございました!」
ケルキーは満足そうに、そんな彼女らの声に耳を傾けていたが、同時に途切れつつあるアカーシャの思念を取りこぼさぬよう、水晶玉に意識を集中し直した。
だがやがて、水晶に映し出されていた〝思念波〟の像は、中継先のアカーシャの意思伝達が途絶えたことにより消滅してしまった。
それでも皆が満足していた。
女たちにとって、もうそれで十分だったのだ。自分たちには逆立ちしても敵わぬ、恐るべき六魔導のひとりである〝蛇の女王メデューサ〟を、炎の魔女アカーシャが完膚なきまでに叩き潰してくれたのだから──きっと殺された男たちの無念も、これで晴らされたに違いない。
妖術師ケルキーは、湧き上がる興奮を抑えるために目を閉ざした。
アカーシャが勝利することに疑いはなかった。
しかしそれでも、先走る部下たちの手前で完全な仇討ちを宣言してしまった以上、一抹の不安もあったのだ。
加えて彼女は、無惨に殺された男たちを悼む意味でも、今はしばし黙想にふけっていた。
他の女たちも、嬉し涙の止まらぬ目頭を押さえながら、敬愛する上官に習ってそっと目を閉じる。
皆の気持ちがひとつに溶けあって、穏やかな空間を形成していた。それは、なんとも言えない温かい一時だった。そこから何か、前向きで価値ある想いが湧き上がり──ふと、目を開けたケルキーが語りだす。
「ところでおまえたち……また、私の部下として働いてみないか?」
「!?」
「──?」
皆が静かにざわめき出したので、彼女は誤解を与えぬよう手のひらをかざしながら、すぐに言葉を訂正した。
「いや、すまない。勘違いしないでくれ。この国を守るために働いてほしいという意味で言ったのだ。知っての通りアルゴスは現在リュネシス様の加護が溶けたうえ、国家を転覆させようとする魔女王側の者たちによって、あらゆる危機にさらされている。アカーシャ様たちが旅立った今、私は本国の守護を任されてはいるが、暗躍する悪党たちを相手に悪戦苦闘する毎日だ。力だけでは勝てない戦いなのだ。だから、一般市民と我々魔族との架け橋になれる、おまえたちにしかできない仕事を頼みたい。この国を守るための重要な任務だ。それはきっと……勇敢に戦って散っていった男たちへの手向けにもなると、私は信じる──」
そこでケルキーは一度言葉を切り、皆の反応をうかがった。
「どうだろう?私に力を貸してくれないか?」
「この国を……守るため……」
エルザが熱に浮かれたように、そっと呟いた。すると、それを皮切りに他の女たちも次々と口を開きだす。
「私たちで……」
「アルゴスを守る……」
やがて、隅で黙って訊いていた女のひとりが立ち上がった。
「やりましょう!きっと死んだ男の人たちも、私たちがそうすることを望んでる気がするわ!!」
「そうね!これって、仇討ち以上に意味があるんじゃないかしら!!」
「アカーシャ様への恩返しにもなるし!」
「そうよ!」
「私もやる!」
皆が立ち上がりながら口々に熱く発言しだしたのに反応して、ケルキーの表情も明るくぱっと輝いた。
「おまえたち……よく言ってくれたな!そうだ。地上の平和のために、影で死闘を繰り広げているアカーシャ様の意思を、我々も無駄にしてはいけない!」
今や彼女も、しっかりと力強く立ち上がっていた。
「やるぞ、私たちで……皆の平和と幸せのために、この国を守っていこう!」
その場にいる全員が、ケルキーを中心にして誓いを立てるように手に手を重ね合う。
この時、アルゴスを影で支える真に強い女たちの一団が結成された。戦いの中に殉職した誇り高き戦士たちの想いを受け継いで。
同時にそれはアルゴス──否、世界そのものが、避けようのない激動の時代に突入していくという兆しでもあった。




