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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第七章 蛇の女王
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厳罰

 ぶん、と唸るような音が鳴って、人食い鬼の肉体が凄まじい力で、女王の間の入口に叩きつけられた。

 直後、メドゥーサの住まう広間の扉が、ガラガラと音を立てて円の形に崩れ落ちていった。


「ひ、酷すぎる……案内したら許してくれると言ったのに……」


 アカーシャに体ごと投げつけられ、全身の骨を砕かれた赤鬼アミラが、四散した瓦礫の中で恨めしげに呟いていた。

 その、虫の息と化して(うめ)くアミラの声など全く聞こえていないかのように、アカーシャは平然と広間の中に足を踏み入れて行く。


 魔少女はゆっくりと、蛇であふれかえる広間内を見回した。その奥の方──蝋燭の光が届くか届かぬかのギリギリの位置に王座が据えられ、そこにわだかまる女性らしき影があった。


「ようこそ、アカーシャ姉さま……」


「メドゥーサ?」


 謎めいた女の声がそこから響き、それにアカーシャが問いかけた直後、影の双眸(そうぼう)が激烈なまでの緋色の輝きを発した。


「う……」


 さすがのアカーシャですら意識そのものを持っていかれるかのような、恐ろしいまでのメドゥーサの眼力だった。その視線を防御するように、思わず両掌を顔の前でかざした彼女の体が足元から固まっていく。


 否──見れば、魔族の姫の不死身のはずの肉体が、漆黒のドレスの裾から無慈悲な〝死〟を伴って、確実に石化されていくではないか。


「……く!」


 予想を超えるメドゥーサの魔力に、驚愕して目を(みは)るアカーシャの全身が、秒刻みでみるみる石と化していく。

 それは、止めようもなく魔少女の体細胞を犯していく暗黒の妖力となり、奔流のごとくに彼女の全身を駆け巡っていったのだ。


〝バキッ〟と嫌な音が鳴った。


 まるで、命の根源を絶たれたかのような──それは、石化されたアカーシャの首から下が、メドゥーサが力強く薙いだ魔杖の威力で、完膚なきまでに叩き潰された音であった。


「ふ、ふふ……」


 メドゥーサは、この上なく満足げに──そして、凄絶なまでの笑みを浮かべていた。


「フハハハハハハハ!!殺したぞ!アカーシャを!!私の手で!!」


 足元の敗者の──もはや、無惨な首だけに成り果てたアカーシャを魔杖でさして、メドゥーサは狂ったように笑った。


「許しがたい魔族の裏切り者を、この私が殺してやったのだ!!ハーハハハハハハハ!!!」


 蛇蝎城全体にまで響き渡る、メドゥーサの笑い声だった。


 まだ少女の面影を残す美貌が、ウネウネとグロテスクにからむ蛇の頭髪の下で、とてつもない邪悪な陰影を宿らせていた。

 歪みきった想いのままに哄笑し続ける女の貌は、見る者を総毛立たせる救いようのない悪魔の笑顔に満たされていた。


 だが、しばし時を置いて──。


 メドゥーサの高笑いが、突如として(さえぎ)られる。


 にわかには信じられぬ現象が起こったからだった。

 確実に殺したはずのアカーシャの首が、まるで意思を持っているかのように、目の前に不気味に転がって来た。その瞬間メドゥーサの中で〝どきり〟と、嫌な予感が(はし)り抜けた。


 その首だけのアカーシャが、さも美しくも嫌味たっぷりに視線を投げかけてきて〝にたり〟と笑う。


「ふふふふふ……」


 なまめかしい笑い声とともに、砕け散ったはずの肉体が寄り集まり、魔少女の身体がたちどころに再生されていく。四散した漆黒のドレスまでもが、もとの形にきれいに繋ぎ合わされていく──。


 不可思議なことにその間、メドゥーサの動きは見えない力で封じられていて、指一本動かすこともできなかった。時間にして、ほんの数秒のことだろうか──。


 ものの見事に復活を遂げたアカーシャが、悠然(ゆうぜん)とメドゥーサの背後に回り込んでくる。

 すでに勝利を確信した笑みを浮かべる漆黒の魔少女が、恐怖に貌を引きつらせる蛇の女王の耳元で(あざけ)るように囁いた。


「ねえ……何があったか、知りたいんじゃなくて?」


 ゴクリとつばを飲み込むメドゥーサの耳の穴に、ふっとアカーシャは息を吹きかける。他人を(ちょう)(ろう)するときにいつもする、彼女の悪い癖であった。


「種明かしはとても簡単なことよ?あなたが私に邪眼を発動させたときにはすでに、あなたは私の術中にはまっていたの。この広間に踏み込んだ瞬間、私の魔眼が完全にあなたを捉えていたのよ。だから、今ここで起こったことは全て、私が創り出した幻術に過ぎない。私の魔眼による仮想現実をも凌駕した絶対的幻術──お粗末なあなたの邪眼の力程度で、よくも挑もうなどとうぬぼれたものね」


「ば、ばかな……その先制攻撃を予想していたから私は、完全なタイミングでおまえに邪眼を発動させたはず……」


 取り乱して早口でまくし立てるメドゥーサは、はっと目を見開いた。


「ま、まさか……まさか……あなたは時間を……」


「さあ、なんのこと?」


 優雅に冷笑するアカーシャの手に、いつのまにか黒い小ぶりの剣が握られていた。一瞬の隙をついてメドゥーサの腰から抜き取った、太古の文字で〝嫉妬〟と刻まれた魔剣であった。


「……〝嫉妬〟か……いかにもあなたにふさわしい魔剣ね。これは頂いていくわよ。さて……そろそろ終わりにしましょうか」


 魔少女がささやき終えると、足元の全ての蛇たちが、次々と黒い薔薇の姿に変わっていく。その無数の薔薇たちが生き物のようにびっしりと、メドゥーサの身体に巻き付いていく。


「な……なんだこれは……これも……これも幻術なのか?」


 今や自信を完全に喪失して、怯えた態度を隠しきれなくなっている魔物が、震える声でアカーシャに()いた。


「さあ?少なくとも、あなたがこの城に働かせている妖力は、すでに完全に打ち破っておいたわ」


 魔少女の応えるそばから、とどめを刺すように最後の巨大な黒薔薇がメドゥーサの身体に巻き付いていった。

 忠実な下僕として、女王に仕えているはずの大蛇の化身だった。

 

 薔薇たちが巻き付き終えると、強い熱を放射しだした。それらは、ゆっくりとだが確実に、燃え盛る超高温の炎へ変じようとしていたのだ。


「ねえ……この炎は幻術と思う?それとも真実と思う?フフフフフフフ……」


 さも意地悪い問いを投げかけるアカーシャの言葉に呼応するように、炎は勢いを増していき、メドゥーサの体が魔力を帯びた黒い猛火に包まれていく。


「あ、熱い!」


「ねえ、今まで何人の子どもたちの血を母の元に送ったの?何人送ったのよ?今こそ、その罪をあなたの汚れた命で(あがな)うときが来たのよ。アーッハハハハハハハハハハハハ!!」


 鮮血の薔薇を思わせる唇に白いしなやかな手を添えて、漆黒の魔少女が、自らが巻き起こした巨大な炎の前で高らかに笑っていた。


「熱い……熱い……」


 黒く激しい炎の中でもだえ苦しむメドゥーサの声が、地獄の亡者のような絶叫に変化していく。


「ぎぃやあああああああああああ!!!助けてアカーシャ姉さまー!!!!」


 命乞いをする蛇の女王の死に様を見届けようともせず、アカーシャは(きびす)を返して歩みだした。


「黒薔薇による永遠の眠り(ブラック・ローズ)──薔薇(ばら)の炎に包まれて、せめて美しく死ぬがいいわ……」


 この上なく妖美な笑みを浮かべた彼女は、最後に一言だけそう残すと、振り返ることもなく立ち去っていった。




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