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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第七章 蛇の女王
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有明の集結

 夜半の気配が(いろ)()くみちて、欠けようとする月のけなげな光が、夜闇の中、燦然(さんぜん)とそびえ立つ城の姿をおぼろに浮かび上がらせる。


 アルゴス全土を(あっ)するが如き、巨大な魔城〝ディアム城〟──。


 本来の主を失い、現在では正しき法王が住まう「聖なる城」としての印象を強めるその城の一室で、ただならぬ気配が(ただよ)っている。

 もう、誰もが寝静まる夜半も過ぎた頃合いだった。


 その夜、全世界の行末(いくすえ)を左右し、今後の地上にもたらされる恐るべき破滅の力を打ち砕かんとするために集結した〝強者たち〟の会合(かいごう)が、この巨城でなされていた。



〝円の広間〟──それはかつてディアム城において、魔王軍最高幹部たちの作戦会議室のために(もう)けられた広間である。


 そこは城内で唯一つ、魔法の道(マジック・ゲイト)により魔王の住まう〝聖天宮〟と通じており、今日(こんにち)までは何人たりとも立ち入ってはならぬ、開かずの間とされていた。

 その〝円の広間〟で、歴史から姿を消したはずの魔王リュネシスと、それに付き従う六人の戦士たちの軍議が密かに行われる。


 それは後の世に、「有明の集結」と呼ばれるものとなった。




 薄暗い室内の中央に、巨大な樫の円卓が()えられている。

 まるで根を生やしたかのように固定された脚部と、平坦(へいたん)(けん)()された天板により、それは不動の存在感をかもし出していた。


 (たく)(じょう)には並のサイズの数倍はあろう、見事なまでに磨き抜かれた水晶玉が置かれていて、魔物の手を思わせる(かい)()な台座にがっしりと支えられている。


 くらい室内を唯一照らし出しているのは、その大水晶であった。

 大水晶の光を囲んで、車座に7つの席が(もう)けられている。


 もっとも上座に位置する嘆きの御座(デス・スルーン)に魔王リュネシスが──そして、対局の魔王軍総帥としての位置に炎の魔女アカーシャが腰を下ろし、それ以外は各々(おのおの)の戦士たちが思うところに座していた。


 先ほどからアカーシャが物静かに、卓上の水晶玉に(てのひら)()えその内側にまで半眼を落としている。

 彼女の(てのひら)の中で、その発光現象は踊るように(らん)()し、くらい空間を神妙な光で(いろど)っていた。それは魔法を知らない者が見れば、極めて幻想的で現実味に欠けるものであっただろう。


 ルナもそんな気持ちだった。


 魔王とその配下たちに次々と見せられる、信じがたい魔性の()(わざ)の数々にただ圧倒され、自分は正気を失ったのではないかと思わせられる。


 だが、彼らとともに今ここにいるという現実が、誰かに思いっきり自慢したくなるほど誇らしくもあったのだ。


──うげえ!すごい所に来てしまったんですけど!?


 (きょう)(がく)に胸をどきどきさせ、それでもルナは精一杯、ルスタリアの王女らしく平静さを(よそお)っている。


 魔王軍の正しき軍議は、昔からこの〝円の広間〟で行うのが(かん)(しゅう)であるというのが、聖天宮からこちらに移動させられた理由であった。


 そして少女は、その途上にまた、ディアム城まで亜空間を介して瞬間移動(テレポート)する、あまりにも不可思議な魔術を目の当たりにさせられた。


 さらに彼女は現在、魔王軍の歴史的聖域とも取れる場所──〝円の広間〟において、彼ら最高幹部たちのメンツに加わっているという事実が、嬉しくもあり(おそ)れ多くもあったのだ。


 一度に味わった様々な体験のせいでもあるのだろう。ルナは思わず〝円の広間〟のあちらこちらに目を向けてみたくなる衝動に()られ、それをどうにか(おさ)えている。


 しかし、やはり我慢ができずに、ちらりと魔王の方だけは盗み見てしまった。

 黒衣の男は腕を組み、静かに瞑目(めいもく)している。いかなる()(さく)にふけっているのか、その表情からは読み取ることができぬ。


 少女から見て魔王の左隣に入れ墨の大男ヴォロスが座り、右には水の精霊ディーネが座している。


 そのディーネとアカーシャの中間にルナは位置取り、向かってヴォロスとアカーシャの間に、ライガルとベテルギウスが存在していた。


 水晶玉に意識を集中するアカーシャの美貌が、暗がりの中、水晶のミステリアスな光に照らされて、より(きわ)()ったものになっている。

 それは同性のルナから見ても、チクリと胸が()けるほど美しい光景であった。


──やばい!よく見たらあの人、ディーネさんより()(れい)なんじゃん!?


 そう思ったルナの視線が、無意識にアカーシャの口元に()きつけられていく。


──すごい……()(わく)の唇だ……女の子でも誘惑する魔性の唇だ。


 吸い込まれそうになる(くち)(ぎわ)に心を奪われ、微妙な年頃の少女の中であらぬ妄想(もうそう)(ふく)らんでいき──そこまで思考を(めぐ)らせ〝ハッ〟と我に返るとルナは漆黒の魔少女から(あわ)てて目をらし、ぶんぶんと首を横に振った。


──だーっ!こんな時に、何を考えてんだあたしは!!


 そんなルナの思いも知らず、魔少女の薔薇(ばら)の唇が、(つや)っぽく(うごめ)いた。


「敵に、妙な動きがある」


 水晶玉を見つめるアカーシャの切れ長の目が、わずかに細まる。


 映し出される光景は、彼女の〝心眼(しんがん)〟を通じてランダムに()らえられる魔女王と配下の六魔導──そして彼らに率いられる大軍団の()(さい)であった。


 これは必ずしも、アカーシャの視点で自由に取り出せる幻像(ビジョン)ではない。敵も()(ほう)(たん)()(ぼう)(がい)する結界のごとき、強力な術を(あやつ)っている。


 並の魔道士ならば、到底(とうてい)魔女王軍に探りなど入れられぬ。

 それゆえ水晶の像はたびたび入り乱れ、大魔導士アカーシャといえども、鮮明(せんめい)で安定した映像を水晶内に送り出すことは困難であった。


 だが魔女王軍に対して最も造形(ぞうけい)の深い魔少女は、本来なら絶対に不可能であるはずの、魔女王側の奥底にまで(そう)()の目を広げることが可能だった。


 そして多少、(らん)()している映像からも、魔少女の(たぐい)まれなる判断力と洞察力は、他者には判別(はんべつ)のつかぬ限りなく正確な敵の現状を認識することができるのだ。


「二千程の軍隊を動かそうとしている気配があるわ。おそらく双頭守護神が(よみがえ)り、ルナたちがこちらに合流したことまで、すでに奴らは()(あく)していると見ていい」


 大水晶を(のぞ)くアカーシャの口元が、ふっと(ゆる)んだ。


「かと言って、すぐにでも総力を上げて、こちらに侵攻してくるという訳でもなさそうね」


 魔少女は一旦(いったん)、水晶玉から視線を外すと、しばらく考え深げに間を置いてから、ゆっくりと(かお)を上げた。


「我々は、主力戦で戦う」


 彼女は、はっきりと言い切った。


 その言葉に魔王の気配が(かす)かに揺れ、閉じられていた(まぶた)が開かれる。男は無言で腕を組んだまま、虚空を(にら)み続けた。


「我が軍の全戦力は二十万強。対して敵は四十万近くの兵力を誇っている──これだと、たとえ高度な(さく)をもって当たるにしても、総力戦ではこちらの形勢が極めて不利となる。そうでなくても、地上を(だい)(せん)()に巻き込む総力戦の選択は論外(ろんがい)だわ。でも……」


 アカーシャはまた、絶妙に言葉を止めて、()()(しん)に微笑んだ。


「でも主力戦ならば……魔女王と六魔導に対して、今ここにいる私たちだけで(いど)む主力戦としての戦いならば、五分以上に渡り合うことが可能となる」


「ほお。つまりタイマン勝負という訳ね」


 ヴォロスが茶化すように、だが、奇妙な熱を含んだ口調で発した。

 聞き捨てならない発言に、沈黙を守っているライガルのオーラにも、小波(さざなみ)が立ってくる。


「そう。魔女王と六魔導は合わせて七人。()しくもここにいる私たちも合わせて七人。ひとりひとりがぶつかり合う、単独同士の対決に持ち込むの。奴らは個々それぞれが絶大な能力を秘めるがゆえに、自分たちの力に絶対の自信を持っている。だから、直接対決を(いど)まれて拒むことはできない。そこにつけこむのよ」


「で、最後にリュネシスとラドーシャ──大将同士の(いっ)()()ちだな。ストレートでいーんじゃねえの。メイン・イベントのチケットは、今のうちに予約しとかないとなあ」


 何かと目立つ大男が、皆を見回しながらユーモアたっぷりに笑いかけたので、ルナは思わず〝ぷっ〟と吹き出してしまった。


 ヴォロスはそんな少女にさり気なく目を向けて、(ひょう)(きん)に眉を(かか)げてみせた。先ほど自分のふざけた一言で彼女を泣かせてしまったことへの、ちょっとしたフォローのつもりなのだ。


 だが、ルナは冷たくそっぽを向く。


 ひゅー、と軽やかに息を吹いてみせ、ヴォロスは目線を元に戻した。

 そんな一幕をちらりと見てから、アカーシャは続けた。


「最強と言っていい双頭守護神とルナが加わり、こちらの主戦力が大幅に強化されたのは天啓(てんけい)だわ。このチャンスを逃す手はない。そして、六魔導たちの持つ六本の魔剣も、この戦いで確実に奪い取るのよ」


「六本の魔剣?」


 予備知識を持たないルナが、知らず疑問の声を出していた。


「そう。六本の魔剣──」


 ここでアカーシャが、ルナの赤い瞳の奥を(のぞ)くような視線を送る。含みのある笑みを浮かべる彼女の説明は次のようなものだった。


 六本の魔剣とは、六魔導それぞれが持つ六つの短剣である。

 (いにしえ)より魔界に伝えられる由緒(ゆいしょ)正しきその剣は、魔女王軍最強と認められた魔物──つまり六魔導の位に()いた者への(あかし)として、女王から直接授かるものであるが、一本一本の魔剣自体にさしたる力はない。


 だが、異次元の壁に(はば)まれた女王の国に渡るには、その短剣すべてを手に入れることにより、魔剣に封じられた未知の力を解読(かいどく)しなければならないのだ。


 魔少女が(ひと)(とお)り話し終えたタイミングを()(はか)らい、ベテルギウスが柔らかな口調で発言する。


「話は(わか)りました。私も六本の魔剣のことは耳にしたことはあります。そして、魔剣にはさらなる謎が隠されているとも……もし、それらが手に入れば、魔剣の謎を解明するために何らかのお(ちから)()えはできるかもしれません」


 そこまで言ってからルスタリアの賢者は、場を仕切る女頭目に神妙な表情を向けた。


「ですが、そもそも交渉など一切(いっさい)受け付けるはずもない魔女王に、こちらが望む主力戦の意思をどうやって伝えるのです?」


「それも、もう考えている」


 アカーシャの微笑みに一瞬わずかな影が宿ったことを、鋭敏(えいびん)なベテルギウスは感じ取った。


 ふたりの沈黙のやり取りを、(ゆう)()な美神のごときディーネが静かに見守りながら──ふと、厚いカーテンに遮光(しゃこう)された窓の向こうから、明けようとする朝の光に感づいた。

 

 それは(すき)()から差し込んで、くらい〝円の広間〟の空間をささやかに白く染め上げていく。


「とても綺麗な朝……」


 素敵なものを見つけたかのように隣で微笑んだディーネの言葉を受け、魔王も同じように外光の方をそっと見据(みす)える。

 そこで彼は、精悍(せいかん)な表情を和らげてから、密かにため息だけをついた。



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