表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第六章 戦士たちの集結
73/91

エストラーダ

 ディアム城の夜は、寂しげなほど静まり返っている。


 ほどよく豪華な食事でもてなされた後、来客用の居室をそれぞれにあてがわれた三人は、深夜になると申し合わせてそこを抜け出していた。


 目指すのは、城の北にあるという円塔である。


 広すぎる城内にしーんと響く夜のしじまは、それだけで()(たい)の知れぬ重みを感じさせる。

 神聖なはずのこの城のどこかに、やはり(ちょう)越的(えつてき)な魔性を(かん)する何者かが(ひそ)んでいるのだろうか。


 (とう)に向かおうとする途中、何人かの衛兵に出くわしたが、彼らは皆、頭を下げるのみで(とが)めてくる者は一人もいなかった。

 ディアム城の北へと続く通路も扉も開放されている。

 法王による特別なはからいがなされているのは明白だった。


 ルナたちは遠慮(えんりょ)なく城の北側の庭に出て、歩を進めていく。

 そこはよく整えられ、自然との調和が表現された土地であった。


 夜空からの淡い光に照らされ美しく()える庭園は、その部分だけで、ひとつの(まち)を造れるのではないかと思えるほど広大である。


 庭園をしばらく歩いて、ベテルギウスがふと足を止める。


 広漠(こうばく)たる庭の向こう側──大庭園(だいていえん)の片隅の目立たない場所にある、ささやかな違和感に気づいた賢者の眉が微かに(ひそ)められた。


 他のふたりも同様に感づいている。


 夜目の効く彼らの瞳が(とら)えたのは、木々の影で見え隠れする奇妙な建物であった。

 それは全体的に丸みを帯びていて、(あし)(こけ)(から)みつく、古びた(れん)()(づく)りの塔である。


「北の外れにある円塔……これですね」


 気配を探るようにそっと歩み寄り、ベテルギウスは確信をもって(つぶや)いた。


 ディアム城の特大スケールに比べれば、象の背に乗っかる(あり)のごとく貧弱な建造物であった。

 しかしそこには、静謐(せいひつ)だが神妙な雰囲気が(ただよ)っている。


 例えるなら、太古から(おそ)(うやま)われる神の(やしろ)に近い神的気配が──。


──これだ。間違いない……。


 ルナも(だま)って塔を見上げ、同意してうなずいた。


 円塔の入り口は(がん)(きょう)な杉の木の扉で閉ざされ、魔法的効果のある特殊な(じょう)がしっかりと掛けられていた。


 ベテルギウスはその錠を指で押さえ、もう一つの手で印を結ぶと、(ささや)くように呪を唱える。


 すると、カチッと金属的な音を立てて、(なめ)らかに扉が開いた。


 三人は、慎重に気配を(うかが)いながら中に入る。


 塔の中は、がらんどうのカビ臭い広間となっており、くらい静けさを含む闇に占められていた。

 まるで農家の納屋(なや)を思わせる、あまりに素っ気ない場所であった。


「……ヘンな所だね」


 中の様子に納得できない顔で、ルナが辺りを見回した。


 すると、突如(とつじょ)として扉が自動的に閉まる。


「!?」


 三人が振り返り、気が()れた瞬間──全ての景観が一変した。


 まるで気まぐれな創造主がルナたちを残し、空間そのものをすげ替えたかのような、奇跡の一瞬であった。


 気づけば彼らを取り囲む世界は、まばゆいばかりの異世界へと姿を変えていたのだ。


 それは、青々ときらめく水の世界。


 崩れかけた石の床は、まるで幻であったかのように跡形もなく消え失せ、足元には、遥かかなたまで見える静謐(せいひつ)な湖が広がっている。

 小波(さざなみ)ひとつ立たぬ湖面は、深く()んだ青を(たた)え、大自然そのものの()(ぶき)を映し出していた。


 さらに不可思議(ふかしぎ)なことに、戦士たちの足元は沈むことなく、水の上に静かに立っていた。

 靴の底からの淡い波紋だけが(いく)()にも広がり、まるで()(かがみ)に映る幻影のように、彼らの姿を揺らめかせている。


 空を仰げば、そこにもまた澄み渡る(あお)が広がっていた。

 限りなく透明で、どこまでも続く青空──それは、誰もの心の奥底にひそむ、美しき夢の()(げん)()だった。


「うわぁ」


 ルナは思わず空を見上げ、気持ちよさげに両手を広げた。


 何もかも忘れさせてくれる抜けるような(あお)い空の下、爽快(そうかい)な風に全身を(あお)られて、少女はしばし目を閉じる。


 清らかに注ぐ気流──それは天使の()(ぶき)となって、ルナの身も心も洗い流してくれるようだった。


 その()(なか)、なにげに彼女は前方に目を向ける。


 直後、そこにあった信じられない風景に(きょう)(がく)した。先に気づいていたふたりの(おとこ)たちも、すでにそちらを(ぎょう)()している。


 それは、天空へと昇る長大な()(せん)(じょう)の階段だった。


 白い謎めいた階段が(うず)を巻いて天の高みにまで続いていき、宙空(そら)に浮かぶ壮麗(そうれい)な城へと繋がっている。


 その()(せん)階段(かいだん)の表面には水が流れ続け、たもとでは湖に()え間なく流れ落ちていく水が、超自然的な虹と水蒸気を発生させている。

 いつからそこにいたのか、光と水のイルミネーションに包まれたその場所に、ひとりの女が立っていた。


 立ち姿が輝いている。

 体全体が淡い光に包まれている。

 彼女の存在が、その場の空気をさらに一変(いっぺん)させてしまう。


      挿絵(By みてみん)


 ああ……これほどまでに美しい、()(わく)(てき)な女性がいるのだろうか。


 絶妙な透明感に()ける青い髪。紺碧(こんぺき)の澄んだ(ひとみ)。整った鼻筋はあらゆる女性の()(はん)となるべく造り上げられ、(ほう)(ぎょく)のような唇はこれ以上ないほどの気品が(ただよ)い、すべてが完璧な配置でもって、あるべき場所に存在している。


 その体型(スタイル)も素晴らしく、なめらかな曲線美を描く右肩だけを()(しゅつ)した水色のロングドレスを(まと)った姿は、見栄えの良い豊満な胸が大きく強調されてはいるが、(いん)()な印象は()(じん)も感じさせない。

 むしろその全身から放たれているのは、近寄りがたいまでの女神のオーラである。


 絶世の美女──これは、()(ちょう)ではない。


 事実、彼女を目の当たりにした三人は──あの双頭守護神と呼ばれ、何者をも(おそ)れさせた(おとこ)たちですら、束の間、我を忘れたかのように(たたず)んでいた。


「ようこそ。()(とく)せし我らの聖域エストラーダへ。ルスタリアの偉大なる三人の戦士様──ルナ様。ライガル様。そしてベテルギウス様ですね?」


 ()み切った美声を発して、女性が歩み寄ってきた。


 見積もって見える年齢は、少女と呼べるほど若々しい。

 だがその身に宿す気配は、やはり人の娘のものではない。気の弱い者ならば、近づかれるだけで膝を折ってしまいそうな、神々しい威圧感だった。


 さらに彼女を(ちょう)越的(えつてき)な存在として印象付けるのが、その手に握られた再生と変容の象徴(しょうちょう)たる杖──光の杖と呼ばれる神器──であった。


 杖の(いただ)きには蒼白(あおじろ)い月が浮かび上がり、その光は周囲に神聖な輪郭(りんかく)を描き出している。

 金色の枝が優美な()を描いて先端(せんたん)の月を包み込み、清浄な青玉(サファイア)が幾重にも重なり、青い光の宝玉となって(きら)めいている。


──うげえ、なにこの人。めっちゃかわいい。つか、()(れい)……それに、何なのあの杖?女神降臨?


 ルナは知らず、ドキドキと()(どう)を早めていた。


──やばい……マジやばい。


 彼女がまとう美神の存在感と圧に飲み込まれそうになってくる。まるで見えない重力のように、胸の奥を押し込めてくる。


 沈黙を守るライガルの眉も、ピクリと動く。


 だが、ベテルギウスだけは一瞬の動揺(どうよう)から立ち直り、薄く微笑んで女神の〝気〟を受け流すと、礼節をもって応じていた。


「はい。我らルスタリアの王家に連なる三人。(さだ)めに従い参りました。()(しつけ)な来訪、どうかお許しください」


 慇懃いんぎんに返答しながら、ベテルギウスは直感する。

 目の前にいる謎めいた女性が、これからの三人の運命に深く関わる重要人物であろうことを──。


「いえ。けして()(しつけ)などとは……我が主もあなた方をお待ちしておりました」


 女性の目に宿る紺碧(こんぺき)の瞳が、(いつわ)りのない(いつく)しみで三人を見つめた。


「申し遅れました。わたくしはディーネ……ディーネ・ラティス・アストレイア。我が(あるじ)リュネシス。そしてこの聖域〝エストラーダ〟を守護する水の精霊にございます」


 ディーネと名乗った女性は、(ゆう)()に一礼する。

 彼女の物腰はどこまでも柔らかく、ひとつひとつの動きに洗練(せんれん)された気品が宿っていた。


「どうぞこちらへ。我らが城──〝(せい)(てん)(ぐう)〟へとご案内いたします」


 (うた)うような美声でそう告げると、ディーネはゆるやかに背を向け歩き出した。その身のこなしは水の流れのようにしなやかで、されど見た目に(はん)して歩みは早い。


 (あわ)ててルナが後に続き、ライガルとベテルギウスも無言のまま彼女を追う。

 三人を引き連れるディーネは(すべ)るような足取りで進み、()(せん)階段(かいだん)のたもとにたどり着いた。


 そこで立ち止まり、女神は空へと顔を向ける。


 しばしのミステリアスな沈黙(ちんもく)が流れる。

 明らかに何かが起ころうとしていた。


 特別な気配を感じた三人は、(じゃ)()にならぬようわずかに距離を取り、静かにその場に(たたず)む。


 やがて、ディーネの両の手がたおやかに広がる。紺碧(こんぺき)の瞳が幻想的な光を(たた)え、同時に〝光の杖〟の先端(せんたん)も淡く放光した。


 その(せつ)()──ルナは、体内に流れる水がわずかに()れるのを感じた。


 次の瞬間、()(せん)階段(かいだん)を流れていた水が、流れを逆転させる。


 すべての水が、天に向かって駆け上がるように(さか)()き、城を目指して昇っていく。

 まるで、潮の満ち引きを手のひらで(たわむ)れに(あやつ)ってみせたような神秘の顕現(けんげん)だった。


 目の前の奇跡に、ルスタリアの三人は放心したように目を(みは)る。


「さあ、参りましょう〝聖天宮〟へ──リュネシス様がお待ちしております」


 何事もなかったように言うディーネが、しかしにっこりと振り返っている。


 その微笑みはやはり、神が造りたもうかけがえのない〝美〟そのものであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ