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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第六章 戦士たちの集結
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サムエル法王

 エリュマンティスの中心地に、見上げる者を圧倒(あっとう)させる巨大な城がそびえ立つ。


 この世に(るい)を見ない、(そう)(ごん)()(れい)な建造物であった。


 大理石の中でも特に()(しょう)な石を用いて造られた外壁が燦爛(さんらん)とした輝きを放ち、内壁は磨き抜かれた黒曜石が堅牢(けんろう)な美を(かも)し出している。


 ディアム城──かつては魔王の住まう城であり、かの者の永劫(えいごう)の威光を象徴(しょうちょう)する不滅の巨城であった。


 だが、今は()みなる者は消え去り、神に選ばれた法王と正しき心を持つ司教たち──そして有能(ゆうのう)な大臣たちの住まう神聖な城として、アルゴス全体を(とう)()するために存在する。




 一夜明けた翌日。


 ルナは、予定よりも早く目を覚ましていた。


 昨夜はよく寝むれたおかげで、疲れはすっかり抜けている。そして、胸を焼くような哀しい気分もある程度には──。


 宿屋の小さな窓辺に立ってふと見上げれば、アルゴスの空が抜けるように青く()み切って、果てしなくどこまでも広がっている。


 同じ方向には目指すべき絶景なる巨城が、天空を背景に高々と屹立(きつりつ)している。


──すごい城だな……。


 ルナは、思わず息を()んだ。


 昨夜はしっかりと見ることができなかったが、陽光に照らされ、今始めて目の当たりにするその城は、世界に名だたるルスタリアの名城だった、クレティアル城より一回り以上の大きさはあろうか。


 それをしばらく(なが)めて、城の主に思いを()せ……。


「よし!」


 そこで思考を断ち切ると、少女は可愛らしく両手を握って気合を入れた。


 手早く朝の()(たく)を整え、食堂に向かう。


 すぐ後に降りてきたベテルギウスたちと一緒(いっしょ)に簡単な朝食を済ませ、約束されていた時間よりも少し早めに到着するよう宿を(しゅっ)(たつ)した。


 都の大路を小一時間ほど歩くと、ディアム城に到着した。


 正門前に立つふたりの守衛(しゅえい)に、ルナたちの身分と要件を告げると、彼らの表情に緊張感が(はし)った。

 やはり、通達がしっかりと行き届いているのであろう。


 守衛たちはすぐに城内と連絡を取り、ほどなくして現れた近衛兵に(てい)(ちょう)に迎えられ、三人は法王の下へ案内される。


 城内の謁見(えっけん)の間へと続く長い回廊は、(けん)(らん)(ごう)()さに満ち満ちていた。

 壁や床には所々に色とりどりの貴石がちりばめられ、見事な()り物や魔法文字が刻まれている。


「すごいね。ここまでくると物語のお城だね」


 どこまでも続く回廊と、星屑(ほしくず)のように無数に散乱する(ほう)(ぎょく)を見回しながらルナが小さくため息をつく。

 ルスタリアの王女として自分が住んでいたクレティアル城と、どうしても見比べてしまうのだ。


 すっきりとした性格の彼女は、基本的に(ねた)み・(そね)みという感情は持たない。

 それでも、さすがにこれほどの光景を()の当たりにすると、多少は胸がざわついてしまう。


「この部分にかけているお金だけで、普通のお城ひとつ買えるんじゃない?」


 心の乱れをごまかそうと目の前の回廊(かいろう)を指さして、明るい冗談を交えたルナの言葉に、似たような思いで辺りに目をやっていたベテルギウスが、感じ良く同意して(こた)えた。


「かつて魔王は、この世界の半分近くの富を占有していたと聞きます。その時の()(ごり)でしょうね」


「ふーん」


「ただ……それらの富はある日を(さかい)にして、すべてこの国の民に還元(かんげん)され、アルゴスは世界一豊かで幸せな国となりました。そして、歴史も大きく変わり今に(いた)るのです」


 近衛兵には聞こえぬような小声で、ベテルギウスは(ささや)いた。


 賢者の()(づか)いに少女は納得したように(うなず)くと、もう余計なことは言わないよう口を閉ざす。


 やがて三人は回廊(かいろう)を抜け、広い謁見(えっけん)の間へと通された。そこは、城下を一望(いちぼう)できる高みに造られた大ホールである。


 それだけで、並の屋敷ほどの広さはあろうか──だが、中央には城全体の豪華さには似つかわしくない質素な席が(もう)けられていて、年寄りがひとり供もつけずに座っている。


 不思議な老人だった。


 体全体から透き通った善意がにじみ出ている。それは清らかな光のオーラとして、離れた場所にいるルナたちにも、ある種の神聖さとして伝わってくる。


 老人は三人の姿を見とめると、ゆっくりと立ち上がった。


「ルスタリアの王女ルナ姫と、双頭守護神のおふた方ですな」


「はい法王様」


 すでに目の前の老人を法王と(さと)っているルナは、王家の娘らしく精一杯かしこまって頭を下げる。


「私はルスタリア王国の王女ルナ・ユースティ・レミナレス。こちらは双頭守護神の異名をもつライガル・ゼクバ・レミナレスと、ベテルギウス・レムリアルです」


 紹介を受けて少女の後ろに控える(おとこ)たちも、(いん)(ぎん)(てい)(ちょう)に礼をした。


 そして、形式ばった(なが)(こう)(じょう)の苦手なルナに変わり、ベテルギウスが言を引き継ぐ。


「我々は極めて深刻な国難と信じ(がた)い事情により、ここに()せております。法王様におけましては、突然の我らの来訪に懇切(こんせつ)にお迎えいただき、そのご(こう)(じょう)深く感謝いたします」


「いえ。すでに話は聞いておりまするゆえ。ルナ姫──こたびのことを誠に(うれ)います」


 聖職者──サムエル法王は、心の底から思いやるような表情をルナに向ける。


 年齢だけでなく、身分としても法王の方が上であるのに、うやうやしい──そう見えるほど、うら若い王女に対する言葉遣いは丁寧(ていねい)であった。


「神の意思に従うことが私の(つと)め。ルスタリアのため──ひいてはこの世界のために、できることがあればこの年寄りになんなりとお申し付けください」


「では、恐縮ですが陛下──」


 ルナは小さく咳払(せきばら)いをすると、決意を()めて法王をみつめた。


「どうか私たちを、リュネシスに会わせて」


「リュネシス?」


 (いぶか)しむ老人に、ルナはもう一度同じことを繰り返した。


「魔王リュネシス。あたしたちは、彼に会いに来たの」


「──」


 法王の表情が、不自然に変化した。

 それに気づき、ベテルギウスがルナを()(くば)せで制して、彼女に変わって言葉をかぶせる。


「法王様のお立場は、我らなりに理解をしております。ですが時間がありませぬ。我らには、彼らの協力が必要なのです。それは我らのためだけでなく、この世界のためにも──」


 複雑な(おも)()ちに変えて沈黙する法王に、ベテルギウスが微笑みかけた。


「アルゴスは素晴らしい国ですね。この国を調べれば、そのことがよく分かります。ほんのささやかな()(ぜい)だけで、人々は幸せで安全な生活が約束される。国家そのものが戦いを放棄しているのに、けして悪しき者から侵略されることもない。たとえ魔の者たちの進撃を受けることがあっても、彼らは必ず大いなる力で退散させられる」


 ここでベテルギウスは、わずかに区切りを入れ──。


「それはなぜでしょう?」


 ()(さい)な変化も見逃さぬよう、法王を鋭く見据(みす)えた。


「我らはただ、神のご加護を受けているのです」


 おとなしやかな態度を(くず)さぬまま、法王は(こた)えた。


「まさか──無礼を承知ながら言わせていただきます」


 銀色の男は、ことさら言を強める。


「途方もない魔力を持つ何者かが(あやつ)る、風や炎の魔術──そして、レアメタルの巨神兵(ゴーレム)兵団によって、この国が(まも)られているからですね」


「え!?」


 話の見えないルナが、思わず声を上げていた。


 アルゴスの実情についてすでに色々と聞かされてはいたが、これは初耳であった。

 おそらく法王との対話を速やかに済ませるための切り札として、ベテルギウスがこの時まで、あえて伏せていたのであろう。


 彼は、構わずに語を()いだ。


「そもそも無敵のレアメタルの巨神兵(ゴーレム)を造り出した者は、この世でただひとり──そしてそれを()(どう)させることのできる者も、この世でただひとりかふたり──」


 涼し気な男の目元が、ギラリと(するど)くなった。


「その巨神兵(ゴーレム)を一度に百体もの兵団として、意のままに(あやつ)ることのできる者は、()もれた伝説の中にしか存在しない魔王リュネシス。あの男以外に考えられませぬ」


 法王は黙したままだった。

 だが、しばらくの時をおいてから、老人は穏やかな顔を向ける。


「……(とっ)()な話ですな。魔王の存在だけでもあり()ませんが、それが、この国の平和を守っているなどと……」


「いえ。あの男ならばあり()るでしょう。私の知るあの男は、意外にも心ある側面を持っていましたよ。それゆえに魔女王と(たい)()していた。その魔王にはかつて、愛する人間の娘がいたのです」


 それを聞いて、ルナは〝ぎくり〟と固まった。


「彼は、ひとりのうら若き宮女と恋に落ちていた。その娘にだけは、一方(ひとかた)ならぬ愛情を注いでいた」


 ベテルギウスはまた、(ぜつ)(みょう)に言を止めてから発した。


「その娘の名はプシュケ。すでに帰らぬ人となっていますが……」


 探るように法王の反応をうかがう。


「法王様。あなたの孫娘ですね?」


 その言葉で、辺りに重苦しい(せい)(じゃく)が落ちた。

 ルナは大きく目を見張り、()(もく)なライガルはかすかに眉を曇らせていた。そして、法王と賢者の視線だけが、はっきりと宙を交わり合う。


 ややあって沈黙を破ったのは、やはりベテルギウスだった。


「自らの失態(しったい)により愛する娘を失い、哀しみに暮れていた魔王は、その祖父であるあなたの言葉を受け入れぬ訳にはいかなかった。それは、この国を守り、いずれは世界にも平和をもたらすこと──」


 ベテルギウスの口調に、思いやるような温度が()もる。


「およそ魔王の(こころざ)す事ではありませぬが、短い生涯を閉じてしまった恋人への、せめてもの(つぐな)いだと考えたのでしょう。あるいは彼女の死をきっかけに、おのれの天命に目覚めたか──」


 言い終えて、ベテルギウスは法王を無言で直視した。

 老人は天を(あお)ぎ見て、しばらく黙考(もっこう)していた。やがて──。


「やはり、すべてをご存知でしたか」


 法王はしみじみと(つぶや)いて、深いため息をついた。その目は、哀しく遠くに向けられている。


「あの()(かた)との……リュネシス様との約束でした。時が至るまでは、何があってもこの国の真実を()せているようにと……私がその禁を破れば、アルゴス全土にかけられた方術は解け、今の体制そのものが崩壊(ほうかい)することにもなりかねぬと……ですが、あなたがたの来訪(らいほう)もリュネシス様は予言されておりました。その時こそが、世界の(いしずえ)が崩れ去るときだと……あの方はそれ以上何もおっしゃらなかったが、今こそ悟りました。致し方なく隠し立てしてしまい申し訳ありませぬ。ですが、今こそあなたがたを受け入れましょう」


 法王は覚悟とともに、落ち着き払った視線を三人に向けた。


「今夜はここにお泊まりください。食事と寝所をご用意いたします。夜更(よふ)けの時間帯になると、ディアム城の北の外れにある円塔に行くといい。あなた方の求めるものがそこにある」


 淡々(たんたん)と語る法王の言葉に、ベテルギウスは変わらない(てい)(ちょう)な眼差しを向け続け、ライガルも礼を尽くす形に頭を下げて黙り込んでいた。

 ただ、その瞳の奥には、(たかぶ)りに近い濃い金色が重く(うず)()いていた。


 そして、ルナは──。

 色々と法王に問い詰めたくなる、(あふ)れ返りそうな気持ちを懸命(けんめい)に抑えつつ、ひとり密かな思考を(めぐ)らせていた。


──あいつ……人間の恋人がいたんだ……その子のために戦ってたんだ……。


 苦い想いがよぎる胸を、切ない()(どう)が圧迫していく──少女はひとり、手のひらで心臓の位置する所をそっと押さえていた。



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